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【論文紹介】 ヤドリギのベタベタ成分

ヤドリギの実に含まれる接着物質「ビスシン」の接着特性,湿度応答性,および自己修復特性と,接着性および湿度応答性を担う糖類について調べた論文を紹介します.- "Structure, Function, and Application of Self-Healing Adhesives from Mistletoe Viscin"

※ 記事内で紹介している図は全て,参考文献の図を一部改変したものです.


0. ヤドリギ果実

映画ハリーポッターで,ハリーとチョウがキスするシーンに登場するヤドリギ.この演出は“Kissing under the mistletoe ”といわれるイギリスの風習の一つで「クリスマスの日はヤドギリの下では誰のキスを拒めない」という言い伝えがあるそうです.常緑樹であるヤドリギは,古くから信仰の対象になっていたようです.

映画ハリーポッター『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団』より

ヨーロッパヤドリギ(Viscum album)の果実には,ビスシン(viscin)と呼ばれる接着成分が含まれています.
果肉には粘着性があり,古くは鳥を捕まえるための天然の接着剤,とりもち(birdlime, ラテン語でviscum)として細いサオの先や枝に塗って,小鳥や昆虫の捕獲に使われてきました.
ヤドリギは宿主となる木の上に生息する「半寄生植物(aerial hemiparasitic plant)」であり,そもそも種子が宿主の枝に付着する必要があります.ヤドリギは甘い果実を鳥に食べてもらうことで,他の樹木に種子を付着させて種を保っています(鳥散布型).種子は,(1) 鳥の口ばしにくっついて運ばれるか,(2) 果実が鳥に飲み込まれ消化された後,種子と粘着性の繊維の塊として排泄されるか,いずれかの方法で宿主植物となる木の枝に付着し,発芽します.

ヤドリギの実

ヤドリギ果実の断面を見てみると,中心に緑色の種子(seed)があり,それが放射状に配向した毛状細胞(hairy cells)に囲まれ,その外側に白色のビスシン(viscin)と呼ばれる粘着組織があります.このビスシンは,種子の底部分から果実の上部に向かって弧を描くように配置しています.特に種子の底部分をビスシン細胞束(viscin cell bundles)と呼びます.
その外側は空胞細胞(vacuolated cells),外果皮(exocarp, pericarp)に守られています.

ヤドリギ果実の断面(写真と模式図)

実際に,ヤドリギの果実の外果皮を取り除き,果肉から種子を引き出すと,2 本の繊維が伸びてきます.種子に接続しているツノのような部分はビスシン細胞束(viscin cell bundles, VCB)で,引き伸ばされた部分をビスシン繊維(viscin fibers)と呼びます.最終的に果実も取り除くことができ,種子・ビスシン細胞束・ビスシン繊維の構造になります.

果実から種子とビスシンを引き出した様子

粘着性を持つビスシン細胞束(VCB)の断面は,巨大な細胞壁と小さな中央内腔を備えた不規則な形状で,細長いビスシン細胞が束になった構造をしていることがわかります.細胞は長さが1 mm,幅が10~50 μmのチューブ型をしており,湿度応答性のマトリックスの中に,コイル状に巻かれたセルロースミクロフィブリル(CMF)が細胞長軸に対して垂直方向に包まれています.

1) ビスシン細胞束(VCB)の光学顕微鏡像 細胞は細長いチューブ型をしている
2) ビスシン細胞束(VCB)のSEM像 細胞は長さが1 mm,幅が10~50 μm
3) ビスシン細胞束(VCB)断面のTEM像 断面に並行なセルロース繊維の束が見える


1. これまでの研究でわかっていたこと

1-1. ビスシン繊維の機械的性質

VCBは非常に機械反応性が高く,最小限の引張力で引き伸ばされて,わずか約5 mmから数メートルの長さまで延び,硬く強力な接着性の繊維となります.この繊維によって,種が木の枝に引っかかる可能性が高まると考えられます.

種子を囲むゼラチン状の層は,数時間はかなり粘着性を保ちますが,繊維はわずか数分間で乾燥して粘性と粘着性を失い,非常に硬くなります.繊維の性質は,繊維に含まれる水分量に関係しているようです.

引き延ばされたビスシン繊維

ビスシン繊維を,乾燥した条件(23 °C,相対湿度 20%RH)で引張試験すると,繊維は降伏点が観察されずに線形弾性変形を示し,最大ひずみ約2%で脆性破壊が起こりました.繊維の平均引張剛性(tensile stiffness, 線形領域におけるグラフの傾き)が10 GPa以上を示し,これはクモの糸に匹敵するほど高い値です.

ビスシン繊維の応力-ひずみ曲線

ここで,相対湿度(RH)を0%〜90%まで変化させて,引張試験を実施しました.繊維材料の剛性は湿度に大きく依存し,相対湿度30~60%の間で剛性が急激に低下することが明らかになりました.粘稠なヒドロゲルから硬い繊維への変化には,"脱水"が重要な役割を果たしていることを示しています.

相対湿度(RH)に対する,ビスシン繊維の平均引張剛性(tensile stiffness)

環境中の相対湿度に対する繊維含有水分量の変化を,繊維の膨潤と,熱重量分析(TGA)から得られた水分吸着等温線(water sorption isotherm)で調べました.
繊維の膨潤は,0〜45% RHまでは体積の変化がほとんどなく,その後45~90% RHで急激に増加し,最大体積膨潤は約23です.平均繊維直径も0〜90% RHまでの間に,36±4 μmから40±4 μmまで増加しています.
水分含量を見てみると,0~30% RHでは水分の取り込みがほとんどなく,その後急激に増加します.水分の吸着と脱着の関係を見てみると,互いに差が小さく,水分の取り込みと放出が可逆的であることがわかります.

つまり,環境の湿度が高くなると,繊維が水分を多く含み,低剛性で延びやすくなります.逆に乾燥状態(相対湿度45%未満)では,延伸された繊維は著しく硬く,強度が高くなりますが,柔軟性は維持されます.また,この変化は湿度に対して可逆的です.

相対湿度(RH)に対する,繊維の膨潤と水分含量

これは,ビスシン細胞内のセルロースミクロフィブリルと,それを取り囲むマトリックスが関わっていると考えられます.

相対湿度50%以上の初期状態で,細胞内のセルロースミクロフィブリルは,細胞の長軸方向に対して90°傾いた方向に揃って(配向して)いますが,細胞が引き伸ばされるとスライドし,力方向に整列することがわかりました.
この際,マトリックスは,粘性があり,刺激に応答するゲルのように機能していると考えられます.水和条件下では,繊維の伸長中にマトリックス内の非共有結合および,壊れやすく可逆的な犠牲結合(おそらく静電気)が切断・再形成され,繊維の構造的凝集性が維持されながらも液体状に流れることが可能になると考えられます.
WAXS 測定から,軸方向の凝集性を妨げられないように,マトリックスがCMFに結合していることが示されました.マトリックスがCMFの配列を補助していると考えられます.
このように,ビスシン細胞壁における,セルロースフィブリルが垂直に密集して並んだ独特の高次階層構造が,ビスシン繊維の200倍を超える延伸比を実現しています.

乾燥すると水分が失われ,静電結合間の相互作用が強くなり,マトリックスは強力なセメントのようにCMFを結合します.その結果,優れた引張剛性が得られます.
この際,セルロース間の平均中心間距離が,約7.8 nm(相対湿度約95%)から約5.5 nm(相対湿度約30%)まで可逆的に変化することが示されました.乾燥状態であっても,セルロースミクロフィブリル間は直接接触せず,常に最小距離を維持しすることがわかります.これは,マトリックスがCMFの凝集または融合を防ぐためと考えられます.
このように,非セルロース系マトリックスが,水和サイクルにおける可逆的な繊維の膨張と収縮を媒介しているようです.

ビスシン繊維の形成・強化モデル


1-2. ビスシン組織の接着特性

ビスシンは,セルロース繊維による繊維強化接着剤です.

自己接着特性の活性化
2本のビスシン繊維を,湿潤状態において引き延ばしの最中に接触させると,2本が融合して1本の繊維になります.この自己接着は水和状態でのみ発生し,乾燥した繊維を接触させた場合には観察されません.
RH が約40%を超えると,吸湿性繊維は空気中の水を吸収してわずかに膨潤し,2本の繊維を接触すると界面で接着して変形し始めます.
繊維端を飽和水蒸気(相対湿度約100%)まで湿度をさらに高めると,繊維間の界面に沿った変形を伴う繊維の急速かつ激しい膨張が起こります.
相対湿度を40%以下に戻すと,繊維は乾燥し始めますが,2本の繊維は互いに物理的に融着したままとなり,透明な界面の喪失が見られます.

この自己接着性を活かして,2Dメッシュ構造を積み重ねて3Dオブジェクトを構築,任意の3D形状に組み立てて,局所的な再水和によって溶接することができます.

また,繊維だけでなくフィルムも形成することがわかりました.
これは、新鮮な水和したビスシン組織を指の間でこすり,その後ゆっくりと指を離すことによって最も簡単に実証することができます.ビスシンは指先に粘着するため,二軸延伸してフィルムを形成します.さらに延伸すると,最終的にフィルムが潰れて繊維になります.

得られる透明なフィルムは,繊維と同様,吸湿性および機械反応性があり,濡れているときは負荷がかかると流動し,乾燥すると硬くなります.
フィルムの偏光顕微鏡(PLM)画像から,輪郭に沿ってCMFが配向していることが明らかになりました.この配向は広角X線散乱(WAXS)でも検証され,セルロースが見かけの応力場に沿って配向していることが示されました.対照的に,フィルムの中央では,ランダムに配向した延伸されていないビシン細胞が観察されました.これは,湿潤状態でフィルムのさらなる伸長性を提供し,乾燥条件下でのフィルムの破損を防ぐ役割が予想されます.
フィルムを引き延ばすと,局所的な多孔質構造になって破壊されます.細孔は,PLMで示されるように,細孔の輪郭に沿って高度に配向したセルロースマイクロフィラメントを有する細い繊維セグメントを介して接続されており,残りのフィルムの機械的完全性が確保されています.セルロースは,偏光色で示されるように,繊維の方向と細孔の輪郭に沿って高度に整列しています.

ビスシンの多用途接着
親水性,疎水性,合成,さらには生体材料(皮膚や軟骨など)などの異なる化学的性質を持つ幅広い表面への接着特性が示されました.具体的には,金属(真鍮,アルミニウム,ステンレス鋼),ガラス,マイカ,熱可塑性プラスチック(ポリテトラフルオロエチレン(PTFE),高密度ポリエチレン(HDPE),ポリカーボネート(PC),ポリアミド(PA),ポリプロピレン(PP)),木材,人間の皮膚や豚軟骨に使用可能でした.
新しいビスシンと1週間経過したビスシンの接着強度を,木材試験片で標準的な重ねせん断試験を使用して,30% RHで測定すると,2 MPaを超える値が得られましたが,60% RHで測定すると1 MPa未満に減少しました.観察された湿度依存力学は,45% RHを超えるとサンプルの剛性が大幅に低下することを示したビスシン繊維力学の以前の測定と完全に一致しています.

水和に依存してそれ自体やその他のさまざまな表面に無差別に接着することから,接着剤としてのビスシン組織は扱いが難しいのが問題です.とりもちの作り方を参考に,複数のベリーから機械的に分離したビスシンをクルミ油またはオリーブ油に数分間浸しました.
油処理されたビスシンは,天然ビスシンと比較して粘着性が低下し,繊維形成傾向が低下したため,扱いやすくなりました.依然として,人間の皮膚への顕著な接着力と機械的密着性の向上を示しました.オイル処理ビスシンは滑らかで絹のような感触で,生地のように練ることができ,簡単に伸ばして安定したフィルムを形成し,皮膚に貼り付けて,塗り広げることができます.

B) オイル処理ビスシン,C-F) 人の指にオイル処理ビスシンを塗り広げる様子


2. この論文でわかったこと

これまでの結果から,機械的特性と同様に,接着特性も湿度に応答して変化すると予想されます.また,吸湿性と接着性がビスシンのどの成分によるものか考察を深めたいと考えられました.

2-1. 接着力と湿度との関係

重ねせん断引張試験(single-lap shear test)
果実は採集後,液体窒素中で急速冷凍し,-20°Cで長期保存しました.実験の際には室温で解凍し,ピンセットとメスを使用して種子を抽出した後,粘組織を分離しました.ビスシンを試験面の間に挟み,ピンセットを使用して約15~20秒間押し付けて完全に接触させました.サンプルは引張試験前に少なくとも4時間,ある相対湿度下で保管されました.オーバーラップ領域を測定し,サンプルの接着層の平均的な乾燥質量は約4.8 mgでした.

重ねせん断引張試験の手法

さまざまな基材への接着強度を,湿度30~32%RHの条件下で測定しました.木材・ポリスチレン・アルミニウム・銅の中では,木材が1.17±0.28 MPaと他に比べて高い値を示し,植生から想定される結果になりました.

湿度が接着強度へ与える影響を調べました.
接着強度は湿度が増加するにつれて減少し,破壊モードも湿度に依存していることがわかりました.乾燥条件下では脆性破壊が見られ,湿潤条件(43, 49% RH)では低い力で明確な降伏点を示し,延性変形が見られました.以前の結果で,ビスシン繊維の引張剛性が相対湿度 30~45%の範囲において大幅に低下することからも説明できます.

湿度に対する接着強度と破壊モード,引張剛性

破断面のSEM像を観察したところ,乾燥したサンプルと湿ったサンプルの両方において,小さなフィブリルによって架橋された微小な隙間が見られました.これらのフィブリルは引張荷重の方向に沿って互いに平行に走り,より大きなメインフィブリルはより短いクロスフィブリル(直径150~200 nm) を介して互いに架橋されています.繊維間の距離は250~600 nmです.
この構造は,ポリマー複合材料の「ひび割れ効果(crazing effect)」に似ています.亀裂部分が,フィブリルと空隙が相互に結合した状態になっており,荷重がかかった時に材料全体での破壊を防いで,接着層を強化している可能性があります.

破断面のSEM像

吸湿に伴って,破損した接着面が自己修復できるかどうかを調べました.
重ねせん断試験を行った試験片を,コンプレッサーからの純水蒸気で10分間再水和させ,もう一度重ね合わせて,せん断引張試験を行いました.
被着材がPSと木材のサンプルどちらにおいても,接着強度は初回よりも大きくなりました.

再接着の手法

この接着強度増加メカニズムを知るために,スライドガラス間に接着したラップせん断サンプルの一連の偏光顕微鏡(PLM)画像を観察し,フォンミーゼス分布解析を行いました.
ここでは,画像の色が揃っているほど,角度分布の濃度または均一性の尺度であるカッパ値(κ)が高いほど,優先配向角度(loc)の標準偏差が小さいほど,接着層内セルロース繊維の配向性が高いことを示します.

1回目試験前のサンプルでは,カラフルなPLM画像が見られ,あらゆる角度にセルロース配向分布があることがわかりました.分析結果でも,低い優先配向(κ= 2.7±0.7)を示し,優先配向角度も巨大な標準偏差(loc=−15.0±74.8°)を示しています.
1回目試験後,同じ重ねせん断サンプルのPLM分析では,サンプルの接着層内のすべてのセルロース繊維が,機械的負荷の軸に沿って優先的に整列していることがわかります.水平荷重軸とほぼ一致した角度分布(loc = 0.4±3.9°)とともに,優先配向 (κ = 11.8±2.2)が大幅に増加していました.
これは,初回の負荷時の機械的力が,ビスシン組織内のセルロースミクロフィブリルの整列を引き起こすことを示唆しており,ビシン繊維の延伸に関する以前の研究と一致しています.
接着剤層内でセルロース繊維が整列すると,接着剤を機械的に強化し,再水和および硬化すると,荷重軸に沿って接着剤の強度が増加します.

再接着時の接着強度変化
1回目の接着前後での偏光顕微鏡(PLM)画像と解析結果

2-2. 非セルロース系マトリックスの性質

これまで示されたビスシンの接着特性について,分子的なメカニズムを明らかにしようとしました.異なる材料表面でそれぞれ異なる接着強度を示すことから,接着力はアンカー効果などだけではなく,化学的相互作用に依存していることが予想されます.

ビスシン組織を水ですすぐと粘着性を失うことが知られています.
ビシン組織を純水ですすぎ,重ねせん断引張試験したところ,接着強度が木材表面では80%以上,PSでは70%以上大幅に低下しました.同様に,接着試験後のサンプル表面を再接着前にすすぐと,再接着後のビスシンの自己修復効果が低下することも観察されました.
ここから,水溶性の接着成分がビスシン組織に存在し,この成分に含まれる特定の化学構造が組織接着と治癒に大きく寄与していることが予想されました.

ビスシンを水でゆすいだときの接着強度の低下

そこで,ビスシンをすすいだ純水を凍結乾燥することで,水に可溶した粘着成分を分離し,ヤドリギ接着剤抽出物(mistletoe adhesive extract, MAE)と呼ばれる白い粉末を得ました.

ヤドリギ接着剤抽出物の粉末

MAEのラマン分光分析から,AMEが,洗浄前後のビスシンのスペクトルを差し引いたスペクトルになっていることがわかりました.
動的水分吸着測定(DVS)による水蒸気の取り込み実験から,MAEがその重量の99%の水分を可逆的に取り込むことができることが示されました.これは対照サンプルのアラビアゴム(GA) およびアラビノガラクタン(AG)の約2倍です.また,MAEは相対湿度が約30~40%に達した後にのみ顕著な吸湿を示します.これは,以前の研究で明らかになった,ビスシン繊維の剛性,膨潤と湿度との関係とも一致しています.ここから,MAEがビスシンの吸湿応答性接着成分の有力な候補であることがわかりました.

動的水分吸着測定(DVS)の結果

MAEの接着試験を行いました.
MAEを接着剤として使用する際には,まずネブライザーを使用して湿度を局所的に短時間上昇させて,凍結乾燥残留物を活性化する必要がありました. 非常に少量の相対量の水を加えることでも同様の効果があることがわかっています.同様の方法で,アカシアの木からのアラビアゴム(Gum arabic),およびカラマツの木からのアラビノガラクタン((+)-Arabinogalactan)を調製しました.吸湿活性化されたMAEおよび比較サンプルを,低RH条件(20~23% RH)で木材試験片に塗布・乾燥させ,重ねせん断試験を行いました.
アラビアゴムとアラビノガラクタンの接着強度は,ビスシン組織と同等の平均1.4~1.8 MPaでしたが,MAEは2.85±0.61 MPaという著しく高い接着強度を示しました.この結果は,MAEがビスシンに接着機能を付与する仮説を裏付け,MAE単体で非常に効果的な生物由来の接着剤として使用できることを示しています.

引張せん断強度

2-3. マトリックスの組成

ビスシン細胞に含まれるマトリックスは,主に非定型アラビノガラクタンと糖アルコールからなることが明らかになりました.

まず,ラマンスペクトルをデータベースと照らし合わせることで,洗浄前ビスシン繊維,洗浄後ビスシン繊維,およびMAEの化学組成を調査しました.
洗浄前ビスシン繊維は,セルロース,アラビノガラクタン,1,3-グルカン,およびグルコースのピークが見られました.
洗浄後のビスシン繊維は,1122, 1095 cm-1のバンドを持つセルローススペクトルと一致し,アラビナンおよびペクチン性ガラクタン残基を微量含むことがわかりました.
AMEはアラビノガラクタンが主成分であることを示唆していますが,データベースと完全に一致させることができませんでした.MAEにはデータベースにはない追加の成分が含まれているか,データベースのアラビノガラクタン (カラマツ由来)とは根本的に異なる構造を持っていることを示しています.

ラマン測定結果とその分析

ガスクロマトグラフィー質量分析法(GC-MS),1Dおよび2D NMR分光法によるグリコシル分析を実施しました.
GC-MSはラマンの結果と一致し,未知の多糖が非典型的なアラビノガラクタンであることを示しました.
最初の組成分析で,洗浄前のビスシンで検出された最も豊富な単糖は,遊離単糖として存在するグルコースであることが示されました.グルコースとイノシトール異性体を除去するために透析が行われました.
透析後は,アラビノース(Ara)とガラクトース(Gal)がそれぞれMAEの51.6 mol%と36.4 mol%を構成していました.アラビノガラクタン側鎖を示します.サンプル透析後のメチル化およびガスクロマトグラフィーによる結合分析により,末端および5-結合Ara f,3,6-結合および6-結合Gal pが最も豊富な残基とわかりました.
2D NMRでも,α-アラビノフラノース(α-arabinofuranose)とβ-ガラクトピラノース(β-galactopyranose)が存在することが示されました.1H-13C HMBC分析においても残基単糖間の直接結合が示されました.
これらの結果は,3つのGal p骨格残基のうちの2つのO-3に結合した末端および5-α-Ara f残基を豊富に含む1,6-β-Gal p鎖を示しています.アラビノ-3,6-ガラクタンの構造には典型的ではありませんが,以前にV. albumで同定されたアラビノガラクタンの構造と一致しています.
MAE で見つかったこのアラビノガラクタンは,ごく最近「II 型関連AG(type II related AG)」として指定された,1,6 結合β-ガラクタン主鎖を持つあまり一般的ではない AG のカテゴリーに分類されます.
II型関連AGを含む他の植物は,抗酸化または免疫活性化を目的とした多糖類,関連タンパク質,芳香族の,食品および医薬品への応用に向けた研究が実施されています.

また,これらの結果は,アラビノガラクタンに加えて,他の成分の存在も示唆しています.ランダムに2-結合 α-Ara f側鎖を持つ1,5-結合α-Ara fのアラビナンは明らかですが,このアラビナンがアラビノガラクタンとの結合種として存在するのか,それとも別個の多糖として存在するのかは現時点では不明です.

AMEに含まれるアラビナンとアラビノガラクタン
α-アラビノフラノース(α-Araf)とβ-ガラクトピラノース(β-Galp)
アラビノガラクタン(II型関連AG)の構造式

植物アラビノガラクタン(AG)は,ガラクタンの基本構造に基づいてI 型,II 型,およびII型関連AG(type II related AGs)に分類されます.
II 型AGは,細胞膜や細胞壁に存在する特定の細胞外プロテオグリカン(糖タンパク質のこと),いわゆるアラビノガラクタンタンパク質(AGP)の炭水化物部分として一般に見られる非常に多様な種類の植物多糖です.基本構造は,1,3-β-D-ガラクタンの主鎖と 1,6-β-D-ガラクタンの側鎖です.側鎖はさらに,α-L-アラビノースやβ-D-グルクロン酸などの他の糖で修飾されています.
さらに,主鎖として1,6-β-D-ガラクタンを持つAGもいくつかの植物で見つかります.これを「II型関連AG」と呼んでいます.特徴が多様かつ不均一であるため,II型およびII型関連AGの糖質構造を決定することは容易ではありません.一方,これらの複雑なAGは科学的および商業的に魅力的な材料であり,その構造は特定の目的のために化学的および生化学的アプローチによって変更できます.

アラビノガラクタンの種類


2-4. 粘着剤としての応用例

  • MAEを利用して紙の封筒を密封し,水蒸気と乾燥のサイクルで10回以上,封筒を可逆的に密封および開封できる能力を実証しました.湿気を加えずに封筒を開こうとすると,紙が破れてしまい,粘着力の強さを示しています.

  • 化粧品および装飾用途に向けて,紙とプラスチックの両方の裏地が付いた物体を人間の皮膚に可逆的に接着できることも実証しました.

  • ポリジメチルシロキサン(PDMS)でキャストされたマイクロ流体デバイスの一部を皮膚に接着し,発汗量や心臓や脳によって生成される電気活動などのさまざまな臨床診断を測定するために現在使用されている最先端の表皮デバイスをシミュレートしました.

これらの物体は何時間も皮膚に付着したままで,あるケースでは最大 24 時間付着したままでしたが,必要に応じて,高湿度(>90%)条件や,流水で洗い流したりすることで,すべて簡単に除去できました.
大量の汗が接着力に及ぼす影響はテストしませんでしたが,通常の日常活動や皮膚の局所的な湿度によって接着力が失われることはありませんでした.

以上の例は,石油由来接着剤のさまざまな用途に対する植物由来MAEの可能性を強調しています.


自分が気になった項目です.

・MAE単体の接着力が,複合材料であるviscinよりも高いのが気になる
・viscinに含まれるマトリックスとセルロースの割合を知りたい
・viscinマトリクスの機械的特性
・接着特性を与えるのはアラビナンなのかアラビノガラクタンなのか,はたまた別成分なのか気になる.カラマツAGとヤドリギAGでは接着力が違っていたので,アラビノガラクタンの違いが効いているのだろうか
・viscin cellの内部にセルロースがあるのは驚き,細胞壁が変化したものと考えられるが,本当に細胞内にある理解で正しいのだろうか
・先に応力をかけて引き伸ばしたビスシンで接着強度を測定したら,結果はどうなるか


3. 参考文献

  1. Structure, Function, and Application of Self-Healing Adhesives from Mistletoe Viscin
    https://doi.org/10.1002/adfm.202307955

  2. Unraveling the Rapid Assembly Process of Stiff Cellulosic Fibers from Mistletoe Berries
    https://doi.org/10.1021/acs.biomac.9b00648

  3. The cellulose system in viscin from mistletoe berries
    https://link.springer.com/article/10.1023/A:1009223730317

  4. Mistletoe viscin: a hygro- and mechano-responsive cellulose-based adhesive for diverse material applications
    https://doi.org/10.1093/pnasnexus/pgac026

  5. Plant type II arabinogalactan: Structural features and modification to increase functionality
    https://doi.org/10.1016/j.carres.2023.108828

  6. Cellulosic Hydrocolloid System Present in Seed of Plants
    https://doi.org/10.4052/tigg.15.1

  7. Advances on the Visualization of the Internal Structures of the European Mistletoe: 3D Reconstruction Using Microtomography
    https://doi.org/10.3389/fpls.2021.715711

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