メディアがもつ魔法の力

「note」に公開した小文「10万個の子宮」が、多くの人に読まれている。去る11月30日、私がジョン・マドックス賞を受賞した際に、ロンドンで行われた授賞式で披露した英語スピーチの日本語訳だ。

スピーチに書いた通り、2018年2月にはやっと同名の書籍『10万個の子宮――あの激しいけいれんは子宮頸がんワクチンの副反応なのか』も上梓することになった。「10万個」の理由は、スピーチにも書いた。

子宮頸がんワクチンは、私がかつて働いていた世界保健機関(WHO)からも強く推奨され、世界130カ国で使われている。しかし、日本では、けいれんや車いす姿の女の子たちの映像から「子宮頸がんワクチンは怖い」という印象と科学的根拠のないストーリーが社会を埋め尽くし、政府はこのワクチンを定期接種に定めたまま事実上停止するという決定をした。政府はこれを「一時的」な措置だとしていたが、「一時的」は何年も続き、昨年7月には世界初の国家賠償請求を求める集団訴訟まで起こされている。

今回の受賞に際して『ネイチャー』や海外メディアは、「国を挙げての反子宮頸がんワクチン運動」「反ワクチン運動が世論も政策も乗っ取った異常事態」と日本の状況を厳しく批判し、私の孤独な執筆活動を讃えてくれた。

しかし、同じ『ネイチャー』でも、2014年に小保方晴子さんがSTAP細胞の論文を発表したときとは異なり、私の受賞に対する日本のメディアの反応は消極的だった。多くのメディアにとって、私の受賞を報じることは今までの自分たちの主張を否定することになるからかもしれないし、反ワクチン運動家から攻撃されることを恐れてのことかもしれない。こちらは大メディアだぞ、というプライドの問題なのかもしれない。

それでも「10万個の子宮」は、びっくりするような勢いで読まれた。私のツイッターは「10万個の子宮」につけた、泣いているような青い花のアイコンで埋め尽くされた。

有名な漫画家や小説家の作品がたくさん並ぶ「note」で、この地味なスピーチは人気記事のトップにまでなった。「10万個の子宮」を読んで私の受賞を知ったジャーナリストや評論家は、日本のメディアが受賞を積極的に報じないことを問題にするいくつもの記事を書いている。

そして今日12月22日、今週に入って厚生労働省が急きょ開催を決めた、子宮頸がんワクチンの副反応について検討する会議が行われる。会議後には、子宮頸がんワクチンによる被害を訴える人たちによる記者会見も予定されている。

もちろん、被害を訴える人の声には迅速に応じた日本政府が、必ずしも国際社会からの批判にもすぐ応えるというわけではないだろう。私の受賞を素通りしたラージメディアは、また子宮頸がんワクチンの薬害をほのめかす報道を出すかもしれない。

でも私は、どんなに小さくてもメディアが持つ「魔法の力」を信じる。

2015年9月にメディアを賑わせた、波打ち際に横たわる、息はてたシリア難民の男の子の写真――。あの写真で、難民排斥に傾いていた欧州の世論が逆側に触れた。ツイッターで革命だって何度も起きている。メディアは人びとの対立を煽り、憎しみや不安や恐怖などの負の感情を広げる。けれども、黒優勢だったオセロの盤がたった一手で白優勢に変わってしまうように、メディアは、それが一片の写真であっても、社会の空気を一変させる「魔法の力」を持つ。

ネット社会では合理的根拠のない不安な情報に惑わされることも多い。しかし、自分の頭をつかって情報を見る習慣を持てば、科学と社会を正しくつなぐ情報を見極めることはできる。それを、広めることもできる。そうすれば、10万個の子宮が掘り出されるのを10年も待つ必要はないはずだ。

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