被害者にNGを出すNHKと日テレ―医療不信の来た道⑥

日本だけの健康指標「体力」とは何か?」の続きです。テレビや新聞で見る、医療系の集団訴訟の原告の服装や態度に、違和感を感じたことはありませんか?メディアと弁護士から「被害者」の演出を求められたという女性に取材しました。

医療が労働者の権利から国策となり、恩恵よりも弊害をあらわにしていく過程で無視できないのは、「弱者目線」の両論併記をモットーとし、社会人文系学部出身の記者で固められた正義心旺盛なメディアの役割だろう。

たとえば、「高度成長期、企業は収益を重視して環境対策を怠り、行政も見逃した。その結果、公害によって大勢の人の命や健康が奪われた」という一文で始まる2018年3月22日付の朝日新聞社説「公害病半世紀 患者の苦痛を忘れまい」に見るとおり、弱者目線と科学やテクノロジーがもたらした弊害に対する怒りは現在のメディアでも健在だ。

同社説は、1950年代から60年代にかけて水俣病、新潟水俣病、四日市ぜんそくといった、四大公害病が顕在化するなかで共通していたのは、「汚染源を指摘されながら、加害企業が住民らの起こした訴訟で敗訴するまで責任を認めない構図だ」と振り返り、大企業や国家などの体制(エスタブリッシュメント)を糾弾する。

そして「利益の追求を優先し、命や自然を軽視する風潮は、過去のものだと言い切れるだろうか」とする。

利益の追求と、命や自然の軽視は必ずしも同じではない。60年前後の公害や薬害の問題を反省し、進歩を続けた昨今の科学やテクノロジーは、命を救い、自然に与える悪影響を減らすよう働くものが圧倒的に多い。しかし、朝日新聞にとっての大企業や国家は、個別の事象に関わらず、今も昔も十把一絡げに「巨悪の根源」と捉えられてしまう傾向にありそうだ。

高度成長期を通じて、朝日新聞科学部は、公害薬害問題を追及する数々の優れた仕事をした。しかし、当時も今も記者の大半は科学や医学に関わる個別の問題に、評価をくだす能力を持たない。少し意地の悪い言い方をすれば、高度成長期には、体制に批判的であることがたまたま良質の仕事につながっていたにすぎないということもできる。

こうした姿勢は、朝日新聞に限った話ではない。

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被害者にNGを出すNHKと日テレ―医療不信の来た道⑥

村中璃子 Riko Muranaka

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