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国賠訴訟が起きたからって薬害じゃないことも――子宮頸がんワクチン国賠に思う

8月24日は「薬害根絶の日」だ。製造企業にも政府にも改めて気を引き締めてほしいと心から思う。しかし、本当の薬害とそうでないものがごちゃまぜになっていると「薬害を繰り返さない」という大切なメッセージは力を失ってしまう。そして、ほかの人の健康や命を損なう結果にもつながる。

2017年7月14日、WHO(世界保健機関)のワクチンの安全性に関する諮問委員会GACVSは、子宮頸がんワクチンの安全性に関する新たな声明を出し、日本の現状への懸念を示した。子宮頸がんワクチンが市場に出てから10年。世界約130ヶ国で安全に広く使用される、史上初のがん予防を目的としたワクチンだが、日本では定期接種導入直後の2013年6月から積極的接種勧奨が停止され、昨年7月には世界初の国家賠償請求訴訟まで起きた。WHOが声明で日本への懸念を示したのはこれで3度目となる。

声明では「ワクチンを適切に導入した国では若い女性の前がん病変が約50%減少したのとは対照的に」という文章に続いて日本の名前が挙がり、「1995年から2005年で3.4%増加した日本の子宮頸がんの死亡率は2005年から2015年には5.9%増加し、増加傾向は今後15歳から44歳で顕著となるだろう」と具体的な数字を挙げた。子宮頸がんワクチンは危ないと思っている人がまだまだ多いが、この数字を聞いた一般の日本人はどう思うのだろうか。

今回の声明の趣旨を一言でいうと「子宮頸がんワクチンの接種ゼロリスク」。前回の声明で唯一のリスクとして挙げられていた、フランスにおける200万人のデータから得た「ギランバレー症候群発症率が10万分の1程度上昇する可能性」について、イギリスで1040万接種、アメリカで6000万接種と副反応報告のあった270万接種を解析した結果、接種本数、メーカー、接種からの期間等を問わず「子宮頸がんワクチンとギランバレー症候群発症の因果関係は否定できる」と評価を改められた。

SNS上でよく見かける「子宮頸がんワクチンで不妊になる」という陰謀論への明快な答えも用意された。子宮頸がんワクチン不妊化説は「子宮」という言葉からの単純な連想によるもので、科学的根拠はない。若い女性に接種するワクチンだけに妊娠出産に関する安全性の担保が重要なことは言うまでもないが、デンマークの54万805例、アメリカの9万2000例の妊娠について行った解析結果は、いずれも「ワクチンと因果関係はなし」。妊娠に気づかず妊娠中に接種してしまった場合でも、母子共にリスクは認められなかった。

CRPS(複合性局所疼痛症候群)やPOTS(起立性頻脈症候群)といった耳慣れない症候群の”症例報告”が相次ぎ接種率が低迷している国として、前回の声明に引き続き日本が、新たにデンマークの名前が挙がった。WHOは前回の声明でも欧米のデータに基づき「CRPSやPOTSとワクチンとの間に因果関係はない」との結論を出していたが、今回は日本の全国疫学調査(厚労省指定、大阪大学・祖父江友孝教授らによる)の結果にも触れ、CRPSやPOTSに見られる疼痛や運動障害などの症状は、女子に多いが男子にも、ワクチン接種者にも見られるが非接種者にも見られたとして「因果関係なし」の結論を保持した。

「危険だ」はニュースでも「安全だ」はニュースにはならない。しかし、国民が「安全だ」を知らずに危険を信じこんでいる状況は、本当に危険でもニュースでもないのだろうか。筆者の知る限りでは今日までWHOの新しい声明について報じたメディアは無い。

WHOの声明から約10日後の7月25日、厚労省指定研究班の池田修一元教授のグループが、子宮頸がんワクチンによる副反応に関する英語論文を発表した。関連施設の子宮頚がんワクチン外来を受診した患者120人を対象とする、解析に耐える規模を持たない小集団での研究で、ワクチン接種から症状が出るまでの平均期間は319日と1年近い。ワクチン接種と患者の症状との因果関係を裏付ける科学的指標が存在しないとさっそく海外でも批判の声が上がっている。

今回のWHOの声明はこのように締めくくられた。

「2017年、GACVSはシステマティックレビュー(論文をくまなく検索すること)を行い、良質なコホートを用いた世界各国のランダム化比較試験(バイアスを排除した最も信頼性の高い研究)を対象とする73,697症例についての分析を行ったところ、すべての症状について子宮頸がんワクチンとの因果関係が認められないという結論を得た。しかし、科学的分析とは裏腹に、世界では症例観察に基づく誤った報告や根拠のない主張が注目を集めている。今後もモニタリングを続け、大規模データの解析を通じてワクチンへの信頼を維持していくことが大切だが、その過程で、科学的実体をもたないアーチファクト(二次的な事象)が観察されることがある。これこそが「挑戦」だ」

小さな危険のサインを見逃さないことも大切だが、解析に耐える規模のデータをもとにバイアスを排除した解析を行うのが科学。経験は限られていることを念頭に置き、逸話的症例に飛びついて誤った結論をださない謙虚さも科学には必要だ。

2017年8月4日、日本から約1年遅れで、世界2番目となる子宮頸がんワクチンの国家賠償請求訴訟が始まった。被害を訴える700人が、コロンビア政府とワクチン製造企業を訴えた。賠償請求額は4兆9億ペソ(約1460億円)と、日本を上回る規模となっている。

WHOの声明にあるとおり、国内外の科学的データから子宮頸がんワクチンの薬害は否定されている。にもかかわらず、3年以上も接種を停止し続けた挙句に国ごと訴えられ、それでもなお接種を停止し続ける日本という「負のロールモデル」を私たち日本人はどう考えたらよいのだろうか。

(参考)前回のWHOの声明(2015年12月17日)について書いた記事

「エビデンス弱い」と厚労省を一蹴した
WHOの子宮頸がんワクチン安全声明
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/5771


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