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アニイの恋人(1)

アニイがいつもその少しガチャついた歯を見せて笑う時、目線が決して僕に向かうことはなかった。

それは僕であろうと、隣に住む老夫婦が飼っているロダンという名のシベリアンハスキーと戯れている時でさえも、同じだった。

彼女の中では恐らく笑うという行為はその場に漂う空気を滑らかにするための潤滑油に他ならない。

その瞳の奥ではあるべき自分が、観客にあるべき自分として映って欲しいと願いながら、常にそうではない自分に映ってしまう恐怖に怯えている幼い少女が見て取れた。

彼女は、つまり、【完璧な瞬間】を求めている。

その歪んだ歯は美しさの象徴として愛でられ、ワインで酔った頬の赤みも、そこに生まれる色情さえも、全てが完璧に予定調和的に(だがその必然が偶然の様相を呈している必要があるのだが。)行われる必要があった。


可逆的な時間の中に自らを住まわせたい。死してなお、永遠に鳴り止むことのないスタンディングオベーションを夢見て彼女は生きているのだ。





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