「クリップスタジオ」のアートスパークHDの業績が急激に伸びている件

Noteのアカウント作ったとき今後個別銘柄の分析でもやっていきたいですねーとか書いてたんだけど、すっかり忘れていたので久々にやっていきます。
今日はイラストソフトの「クリップスタジオ」を作っているアートスパークホールディングス(3663)についてです。

1.事業概要

アートスパークHDの事業は大きく分けて2つの事業により成り立っています。
クリップスタジオを中心としたクリエイターサポート事業、車載ソフト「CGI STUDIO」等を開発するUI/UX事業の2本柱が会社運営の中核となっています。「CGI STUDIO」というのはHMI(Human Machine Interface)ソリューション、つまり車や家電等の計器の色んな情報を統合してデジタル表示するようなソフトのことですね。
特に絵師さんには認知度の高いクリップスタジオですが、一方のUI/UXの方はあまり知名度としては高くない事業ですね。

2.決算からみる収支推移とセグメント内訳

早速決算から収支を見ていきましょう。足元での過去4年間の収支推移をまとめるとこんな感じ。

画像1

直近2年で売上が突如急増するとともに、2019/12期から2020/12期にかけて営業利益が約3倍と急増しています。また、直近期では7.7億円の営業黒字にも関わらず当期純損失▲4.8億円を計上しています。

一体これはなぜに…?という話をここからしていきます。

ここで、アートスパークは2つの事業セグメントで成り立っていることを思い出してほしいのですが、この収支をクリエイターサポート事業とUI/UX事業の部門に分解してみます。

画像2

画像3

クリエイターサポート事業すごい。ここまで右肩上がりの業績続けてるの、事業単位ではなく、これが一つの会社だとするとピカピカオブピカピカの会社ですね。一方でUI/UX事業を見ると、凄まじい赤字を吐き出している状況です。「もうやめたら?」と思わず言いたくなる。

なんと問題点のわかりやすい…。ここまで事業単位で業績がパカッとわかれてる会社そうそうないですよ。
バフェットコードさんのグラフを利用して、同一グラフ上に表現するとこんな感じ。

画像4

ここまでのデータから言えることは

 ①アートスパークHDの業績は急激に伸びている
 ②伸びている理由はクリエイターサポート事業の業績伸長による
 ③一方でUI/UX事業は毎年赤字で業績は不芳と明暗分かれている

というところでしょうか。

③について先に話すと、UI/UX事業は、2019年にオーストリアにあるカンデラ社(旧社名:Socionext Europe GmbH)という会社を約20億円で買収し、同社が開発した「CGI STUDIO」等をサービス提供しているものです。

2019年に買収を実行した際、行使価格修正条項付新株予約権、いわゆるMSワラントを発行して資金調達したため株価が暴落しています。要は現在の株価よりも安く新株発行して資金集めしたわけですね。

ただ、ご覧いただいたとおり買収後もカンデラ社の業績は芳しく無く、アートスパークのお荷物となっています。UI/UX事業の業績が改善されればアートスパークの業績は更に万々歳といったところですが、個人的には当面改善はないと見ています。当社が2020年に発表した中期経営計画においても、UI/UX事業の黒字化は2024年以降とされています。

なので、買収時約20億円計上されていたカンデラ社の「のれん代」は2020年に11億円減損処理されています。それが、2020年12月決算の「営業利益7.7億、当期純損失▲4.8億円」につながっているわけですね。
買収から2年で全額現存するのれん代ってそれM&Aの判断自体どうなのよというほかありませんが、ともあれ膿は出し切った形となっています。M&Aしまくって多額の「のれん代」を計上している会社、いつ減損処理が降ってくるかわからなくて怖すぎますからね。

画像5

ちなみに買収時点でも、「今後3事業年度の税引前利益(初年度は当期純利益)が一定額(計画値)を超過した場合、その超過金額をSocionext Europe GmbHへ追加で支払います」という特約付きの買収となっており、多分ハナから当面利益は出ないと踏んでの買収なのだと思います。

ともあれ、UI/UX事業について個人的な判断は保留です。数年後に花開くための投資なのだろうと思いますが、HMI(Human Machine Interface)ソリューションの未来の姿がハッキリ捉えられる人は現時点でいないのではないかと。こういうのは判断保留なのです。ほどほど程度の赤字くらいで収まるのであればそれでよし!

とりあえず分かる部分を分析し、わからんところはリスクファクターとして注視して悪い動きがないか観察し続けるのがリソースのかけ方として一番良いと思ってるんですよね。わからんところを永遠に考えていても絶対わかりませんて。

というわけで、現在絶好調のクリップスタジオの動向を見ていきます。

3.クリップスタジオの出荷ペース

アートスパークHDでは、今年の3月から月次進捗レポートが公開されるようになっており、その中で業績動向を最も左右するクリップスタジオの累計出荷本数も月次で公開されることとなりました。

画像6

わぁ右肩上がり!!すごい!!

……当たり前ですね。「累計」なんですから。
アートスパークに限った話ではありませんが、IRで公開されるグラフは「ユーザー登録○○万人達成!」等の累計データが多く、右肩上がりのビジュアルを見せたくてしょうがないのがミエミエなのがつらい。
こっちが知りたいのは、サービスとして伸びているかどうかなんだよなぁ。なので、本当は期間データの方がありがたいんですよね。

というわけで自分で単月推移に変換してみたグラフがこちら。

画像7

ありゃこれは本当にすごい。
2020年12月から出荷本数が激増している理由は、Android版の提供が開始されたからと思われます。クリップスタジオは、パッケージ版の場合2万3千円程度で買い切りもありますが、モバイル版は月額課金のサブスク制なので今後の売上の底支えになることが予想されます。

画像8

5月7日に発表された2021年度第1四半期決算では、売上は17.8億円と昨年同期比23.3%増加しており、営業利益は4.2億と昨年同期比193.8%の大幅増となっています。
なお、当社による通期予想だと売上は67.3億円、営業利益は9.2億円となっていますが、モバイル版クリップスタジオのようなサブスク売上(底堅い売上)が増加していることも考えると予想を超過してくるのはほぼ確実なのではないでしょうか。

4.特に海外が伸びている

アートスパークは2018年度までクリップスタジオの国内と海外の出荷内訳を出してくれてたんですよね(なぜか今はやめてしまいましたが)。
それがこちら。

画像9

なんと海外の方が多いんですよね。2013年から英語、中国語版、2014年からフランス語、スペイン語版、2016年から韓国語版、2017年からドイツ語版がリリースされており、ワールドワイドに展開しているソフトとなっています。

若干ニッチ分野とはいえ、日本初のソフトがこれだけ世界で売れているの珍しいんじゃないですかね。Windows、Officeに始まり、Salesforce、Slack、twitter、AWSとちょっと見渡しても米製ソフト・サービスばかり。
デジタル化って進めれば進めるほどアメリカに利益を流す構造になってんじゃないかと思うこともあるのですが、その中でクリップスタジオは世界に冠たる日本製として外貨獲得頑張って欲しいと思えるソフトです。

ちなみにグラフはありませんが、2020年時点においては海外出荷比率は60%と更に高まっているようです。

5.今後について、市場成長から考えてみる

「アートスパークの業績が急激に伸びてるのは、クリップスタジオが売れてるからというのはわかった。だが、これからどうなんだ」というのが次の問題です。
それを予想するには「クリエイターの数が増える≒クリップスタジオのユーザーが増える」という方向からアプローチできるかと思います。
ゴールドラッシュでジーンズが売れたのは炭坑夫が増えたからであり、逆に言えば炭鉱を掘る人がいなければ道具も売れないんですよね。

しかし、クリエイターの数の増加なんて予想できるのか?という問題があります。だいたい、今世界に何人クリエイターがいるのかすらわかりませんからね。それでも、類似のデータを使って推測することは可能です。

例えば、KDDI総合研究所の2018年が発表した「オタクのコンテンツ消費の行動と心理調査(リンク先PDF)」によるとこのようなデータがあります。

画像10

これはKDDI総研が日本のオタク1000人相手に調査したデータなんですが、それによると、創作活動をするオタクは、男性約10%、女性約18%となっており、それらの約半数強が「イラストを描く」という創作活動を行っています(特に女性にその傾向が強い)。
掛け合わせれば「オタクが10人いれば、1人は絵を描く」ということになります。

正直この数字が何%でも良いのですが、言いたかったのは「合計のオタク市場規模が拡大すれば、ある割合のオタクはイラストを描くので、イラストを描くオタクの絶対数は増加する」ということです。

それならば、合計としてのオタク市場規模は拡大するのか?ということが次の問題です。
ここで、特にクリップスタジオが主戦場とする海外市場について考えてみます。海外のオタク市場はどうなのか? 人口は増えるのだから拡大するのではないかと推測するのが自然なことかもしれないが本当にそうか? というか海外のオタク市場の規模とかわかるのか?

これには一般社団法人日本動画協会が公開している「アニメ産業レポート2020(リンク先PDF)」が参考になります。

画像11

ちょっと見づらいかも知れませんが、海外のアニメ市場は拡大傾向にあり、足元では2018年の1.0兆円から2019年には1.2兆円と急増しています。

アニメ市場=オタク市場とするのはオタクの実情感覚からすると少し雑かも知れませんが、アニメを見る人が増えれば、その中からイラストを描く人が増えるであろうというのはある程度自然なように思います。特に日本のイラスト制作ソフトであるクリップスタジオにとっては、日本のコンテンツが強力なアニメが海外向けに伸びるのは追い風に働くのではないでしょうか。
なので、アニメや漫画の海外市場規模の推移は、ある程度クリップスタジオの出荷動向を予想する指標になり得るのではないかと考えています。

で、結論なんですけど、海外のアニメ市場の動向を見るに海外のオタクも一定程度増加するのではないかと思われ、したがって海外向けに強力なクリップスタジオの売上は当面堅調に推移し、アートスパークHD全体としての業績は今後も引き続き伸びていくのではないかとするのが私の目算です。

上でも言いましたけど、数少ない世界に通用する和製ソフトウェアなんで頑張ってほしいという気持ちがありますね。


というわけで今回はこんなところで。ではまた次回~。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?