【まらしぃ】愛情に溢れる伝説を観た【幕張ワンマンライブレポート】


名古屋のピアノを弾く青年が、ニコニコ動画に演奏動画をあげてから11年。

まらしぃと名乗るその青年はピアニストとなり、幕張でワンマンライブを決行した。

2019年6月8日、幕張メッセで伝説を目撃した話。

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今日まらしぃが作り上げたものは、幸福感に満ち満ちた紛れもないエンターテインメントだ。

本編は、大きなスクリーンに映る動画で幕を開ける。
それは彼にとって初めての動画、ネイティブフェイスの演奏動画をアップロードする場面だった。

あれから11年、今でもことあるごとに原点であるネイティブフェイスの話をする彼だが、このオープニングにはピアノを再開したきっかけを決して忘れない、そんな信念が込められているような気がした。

11年前の演奏動画に応えるように登場したまらしぃは、ネイティブフェイス、PiaNoFace、うらめし太郎を力強く奏でていく。演奏からは意気込みが滲み出ていた。オリジナル曲であるPiaNoFaceとうらめし太郎のアドリブ部分は特にそうだ。溢れる衝動が凄まじい音の波として襲い、それでいてどこか落ち着いた指の動きがプレッシャーなどものともしないようだった。1人照明を受けてステージでピアノを奏でる彼はとても格好良かった。体に響く低音も、流れるように紡がれる高音も、全てが一台のピアノと彼の演奏から表現されるものだと思うと、その存在の大きさに鳥肌が立った。

私が今日のライブを伝説だと感じた理由は主に二つある。

まず、“いつも通り”であったこと。
そして、“革命的”であったこと。

いつも通りで革新的、とはなんだか変な話だが、でも本当にそうだったのだ。今日作り上げられたあの雰囲気がまらしぃライブ独特のリラックスしたものであったのは言うまでもないし、しかし驚きの回数が今まで行ったどのライブよりも圧倒的に多いのだ。

“いつも通り”というのは、まらしぃ自身の振る舞いのことだ。
数曲ごとに曲紹介などを挟むニコ生仕込みのMCはもちろんのこと、挨拶に対する観客の返答が小さいとやり直すのも恒例だ(散々遊んで満足したあとに「ごめんね、ありがとう」と悪戯っぽく言うのが彼の気遣いだと思う)。
曲中に手拍子を求めたかと思えば、敢えて溜めて手拍子のタイミングを狂わせたりするのも、いつも通りに自由に楽しんでるなあという印象を受けた。毎回だが、本当に彼は楽しそうにピアノに向き合う。今日も終始笑みを浮かべていたし、環境やスタッフ、ファンへの感謝とピアノや曲への愛情を絶やさなかった。

緊張して固くなるでもない、意気込みを加熱させるでもない、ニュートラルなその雰囲気が観客を安心させていたように思える。緊張で、ではなくワクワクして眠れなかったと語るのも、彼らしい。

そんないつも通り、肩の力を抜いてステージに立つまらしぃだったが、演出に関しては非常に革命的であった。
とにかくライブ中、驚きが絶えなかったのだ。

まず最初、よく花道が敷かれる場所、すなわちメインステージからセンターステージに繋がる場所がぽっかりと空いていたことだ。客席もない。
序盤、メインのグランドピアノの前を離れたまらしぃはキーボードへと移動した。そこで楓神を演奏するのだが、なんと、キーボードごとゆっくりと移動するのである。テーマパークのパレードさながらである。彼が移動したキーボードがある場所は車輪のついた小さなステージであり、ゆっくりと動いては右の観客に向いて止まり、また動いたかと思えば左の観客に向けて演奏をする。そんな具合だ。まらしぃ自身の希望で実現した演出だと言う。その斬新さに驚き唖然とする観客に向けて楽しそうに笑顔で演奏を続けるまらしぃは紛れもなくエンターテイナーだと思った。

演奏しながら小さなステージごと動いたまらしぃは少しずつ前進し、センターステージに辿り着く。
そこでDJのkors kが登場。ユニット、maras kでの演奏が繰り広げられる。
幕張メッセでのピアニストのワンマンライブのはずなのにセンターステージでDTMとピアノのコラボだ。kors kの登場は最初から発表されていたが、それにしても実際に体感すると自由だな、と思う。アンラッキーガールちゃんの日録からのメドレー形式で披露されたざざぶり大作戦ではピアノそっちのけで初音ミクのボーカルとkors kのトラックにあわせて飛んだり跳ねたり。こんなに自由なピアノライブがかつてあっただろうか。

ライブ中の驚きは止まらない。
まらしぃのライブでは、まらしぃの演奏する鍵盤とスクリーンの映像が連動する“ピアノプロジェクション”なるプログラムが採用されている。
前ツアーでも採用されたMessier、Milleに加えて新曲の風来にもピアノプロジェクションの映像が付いた。

個人的にだが、私は風来にクールなイメージを抱いていた。大陸に力強く根を張るような、風にも負けずに颯爽と生きるような、そんなイメージがあった。
だが、そんなイメージに反してプロジェクションの映像は非常に可愛らしいものだった。ピンクのサルが主人公のロールプレイングゲームのようで、中国から(3月に中国でツアーを回っている為。本公演はそのアジアツアーのファイナル。)海を渡って日本に戻ってくる、という設定だという。その可愛らしさと意外性に言葉を奪われた。
曲終盤、静寂の中メロディーだけが奏でられる部分がある。ライブ映えしそうなメロディーなので、静寂の会場で響かせるつもりかと思っていた。
だがその予想はあっさりと裏切られる。
可愛らしい映像を背景に、手拍子と一緒にリズミカルに奏でられたのだ。もうこうなればメインは映像である。
後に演奏されたアマツキツネも、歌詞とリンクした鏡音リンの可愛らしいアニメーションに気を取られて演奏に酔いしれるどころではないし、先ほど書いたパレードさながらの移動だってそうだ。
ピアノライブなのに、ある意味ピアノが後回しにされるという思い切りの良さとそれの所以となるボーカロイドやキャラクターへの愛。まらしぃらしいといえば非常にらしいが、ピアノライブとして常軌を逸している。


そしてもう一つ、驚いたことがある。
幕張レベルの大きな会場で、マイクをオフにして演奏したということだ。
去年のツアーなどでも、マイクの電源をオフにして1曲演奏、ということはあった。その時も随分感動したものだが、幕張サイズとなると衝撃的ですらある。
「正直やってみないとどうなるか分からないです、でも心を込めて演奏するので」という前置きをして生のピアノの音色だけで奏でたのはIris。
軽い羽のように儚く演奏された前ツアーのIrisとは表情を変えた、生ピアノの柔らかさと心のこもった凛々しい力強さを併せ持つIrisが優しく響く。
聴こえた。伝わった。やらないと分からないもんだ。


これがいつも通り且つ革命的なまらしぃのライブだ。
いつも通りの振る舞いが広い会場にまらしぃライブ特有の幸福感と解けた雰囲気を満ちさせた。
そして驚きに溢れた革命的な演出の数々。幕張メッセという会場では“いつも通り”も“新しい試み”も全てが未知のものに見えた。まらしぃそのものがエンターテインメントとして認められていいのではないかと思ったほどだった。

私はまらしぃのライブで、彼の演奏を受け取るだけでなく、会場で愛を共有するのがとても好きだ。アニメやゲームの愛を彼の演奏を通じて全員で共有する。もちろんまらしぃも含めて、である。
幕張メッセという規模の大きい会場で行われたライブは、広いからこそ、そしてまらしぃ自身の存在が大きくなったからこそ可能になった新しい演出とともに愛を全員で共有する空間になったのではないかと思う。そんな場所を作り上げたまらしぃの影響力は、ピアニストとしてだけに留まらないのだ。

ニコ動出身ピアニストが、幕張メッセでワンマンライブ。それだけで伝説として十分成り立つだろうと思っていたのに、愛情を原動力にここまでのエンターテインメントを完成させたピアニスト、まらしぃ。これは伝説だと言って差し支えないのではないだろうか。

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