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「肩書:コンサル」が増えている今だから言おう。指導者になって痛感したタブー行動3選。

どもども。
スギタ(@coppe61318)です。

私が独立したのはギリギリ20代だった。
3年経って、今は30代になったけど、独立してすぐに「指導者」という立場に立たせていただき、今もそれが続いている。

さて。
自分がまさか何かを指導する立場になるとは思わなかったので、当時は人を教えるという事にとてもおっかなびっくりだったことを覚えている。

手探りでやってきたのだけど、今思い返して、これはダメだったなあと改めて思った行動パターンがあったので(しかもそれをうっかり繰り返してしまったので…)ここでシェアしてみる。

タブー行動① 生徒が年上で気を遣う

繰り返すけど、私が独立し指導者になったのは20代だった。
その時抱えた生徒は5名。
みんな私より年上だった。

私を指導者として送り出してくれた人は「この分野においてはスギちゃんが一番経験豊富で先輩なんだから、年齢の事は気にしたらダメ!」と言ってくれていたのに、やっぱり自分の中では年上の方々に指導をする事自体がハードルだった。

こんなこと言って良いのかな?
言い方きつくないかな?
生意気かな?
言葉遣い大丈夫かな?

常にこういう考えが頭をめぐっていて、びしっとした態度がナチュラルに取れなかった。
胃に穴が開きそうなくらいムリをして虚勢を張りつつも、気を遣いながら接していたのを覚えている。

本当に幸運なことに、当時の生徒さんはみんな優しくて聡明な方ばかりだったから、私のそういう状態も透けて見えていたと思う。
だから、「一緒に成長しましょー!」というアットホームな空気を作ってくれて、私が育ててもらった感があるんだ。

たまたまスタート時の生徒さんが良い方ばかりだったから、その空気にすっかり浸ってしまっていたのだけれど、その後もやっぱり年上の生徒さんを迎えることが多くて。
こちらがびしっと言わなければいけないことを飲み込んでしまって、トラブルに発展したことも幾度かある。

そういった経験から、指導者として立った場合、年齢の上下を気にして遠慮して接するのは絶対ダメだと痛感した。
人生の先輩として年上に敬意を払うのと、遠慮するのでは全然意味が違う。
そこをうまく理解していなかったように思うんだ。

タブー行動② 良い人であろうとする

2つ目は、良い人であろうとすること。
みんなで仲良くとか、嫌われたくないとか、そういう感情だね。

個人的な経験からいうと、これはもう最悪。

指導者は、指導をする人。
何かの成果を生むことをお手伝いする人。
好かれることが仕事ではなくて、結果に近づけることが仕事だよね。
だから、好かれなくても良いんだ。


学生時代運動部だった人は、部活の顧問を思い出してほしい。
そうでない人は、仕事の関係上の先輩や直属の上司でも良い。

その人たちは、自分が好かれる事に重きを置いて指導をしている?
そんなことないよね。
時には叱り飛ばして、怒鳴り散らして、昔だったら手が出ることもあったかもしれない。
「クソジジイ!死ねハゲ!」とか思いながらも、しぶしぶ言う事を聞いていたんじゃないかな。

彼ら彼女らは、わざとキツイ作業をさせることもあるし、わざと突き放すこともある。質問に対する答えを教えなかったり、わざと失敗を経験させることもあるんだよ。
それはなぜかっていうと、結果を出してほしいから指導側も本気なんだね。
つい熱くなる。

けど、私はこう考えた。
「指導者の立場で嫌われてしまったら、みんながついてきてくれなくなるんじゃないか?」
嫌われることが怖かったんだね。
だから、好かれようとした。

そうするとどうなったかっていうと…

人のビジネスなのに、私が作業を手伝い過ぎちゃうとか。
聞かれたことに全部答えてしまうとか。
そもそもサービス範囲外の事を無料で受けちゃうとか。

そういう事態を招いてしまった。

もー最悪だよこれは。
生徒が自分で育つ力を奪っている、最悪の指導者。
そして、指導者としての価値も落としてしまっている。

そこまでやったからと言って、結局全員に好かれるわけではないのにね。
点数稼ぎに必死なわけよ。
で、タブー行動①とかぶるんだけど、言いたい事や言わなきゃいけない事が言えなくなってしまったりするんだ。
負のスパイラル。

その経験から、今はどう思われようと、結果を出させるためにはということを一番に考え行動をしている。
そうすると、点数稼ぎをしていた時よりも生徒さんの反応が正直悪くなったりもするけれど(笑)指導期間が終りに近づくにつれ、「スギタさんのこの言動にはこういう意図があったんですね」と分かってくれる人も出てくるようになった。

全員に理解されなくて当たり前。
嫌われても構わない。
指導者としての仕事は、自発的に結果を得られるようになるためのお手伝いをする事なのだ。

タブー行動③ やらない人に手を掛け過ぎる

そして最後のタブー行動③は、指導をしてもしても行動に移してくれない人に、手を掛け過ぎてしまったこと。

指導者として立つと、どうしてもこういう気持ちを抱くと思う。
「どうか全員が結果を出してくれますように。」


全員が結果を出して成功してくれたら、これほどうれしい事はないよね。
だから、私は間違えた。
手をかけ目をかけるべきは、ちゃんと「やる人」だったのに、「やらない人」を気にかけまくった。

「やらない人」と「出来ない人」は違う。
「出来ない人」っていうのは「やる人」に分類される。
言われたことをしっかりやっているのに、なかなか芽が出ない人。

でも、「やらない人」は文字の通り。やらないんだ。
これをいついつまでにやってくださいね。
これだと結果が出にくいから、こうしてくださいね。
こういう指示に従わず、自分の判断を信じ我流を突き通す。

「やる人でできる人」と「やる人で出来ない人」には、きちんと時間を割いてしっかり道を示してあげるべきだと思っている。
やっているのに出来ないなら、指導者は渾身の力で引っ張り上げるよう努力を惜しんではだめだ。

でも、「やらない人」は何を言ったってやらない。
こちらがどれだけ労力を割いても、やらない。
やらないのは、自己責任であり自己判断。
だったら、本来そこに手を取られてはいけないよね。って話。


もちろん、全く100%放置というわけではないよ。
指導者として依頼をされたからには、最低限の指導はしなければならない。
けど、ノウハウを渡し行動を示しているのに「やらない」のであれば、その「やらない理由」がいかなる理由であっても必要以上に手を掛けてはいけない。
「やる人」に失礼なんだ。

コミュニティ方式で指導しているのであれば、コミュニティのバランスが崩れてしまう事にもなる。
そうなると、「やる人」も「やらない人」に転じてしまう可能性が出てきちゃうんだよね。

というように、指導のバランスを間違えたことにより、自分の疲弊が酷くコミュニティのバランスがうまく保てなかった時期もあった。

さてさて。
今回お話したことは、私が指導者として3年間やってきて、個人的に感じたタブー行動。
人によって感じ方は違うかもしれないけれど、もしも誰かを指導する立場になろうとしている人がいたら、少しでも参考になれば良いなと思ってお伝えしてみたよ。

そして現在指導される側にある人は、これを覚えておいてほしい。
指導者の考えや行動は、指導される側には当然わかるものではないよね。
だけど、びしっ!ばしっ!と言ってくれない指導者は、生徒さんに結果を出させることに重きを置いているのではなくて、自分が好かれる事に重きを置いている人である可能性が捨てきれない。
これは、知っておいてほしいんだ。

ファン作りに必死になっていたり、「良い人」を売りにしようとしていたりと、優先事項は自分のブランディングである可能性が高い。
(↑何を隠そう過去の自分がそうでした!ごめんなさい(>人<;))

だから、本当に結果を出したい場合は、結構ズバズバ言ってくれる人の方が良かったりする。
そういう人の方が逆に、あったかい心の持ち主で、人の事を本気で考えてくれている人が多いんだよ。

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