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悔しがらない。

春学期を終えてみて、この半期の学びはボリュームたっぷりだったなと思う。春学期のわたしのテーマだったのは、「できないことがあったときに悔しがらない。」ということだった。ゼミが始まって4月から1ヶ月ほどは、「4年生になったし頑張らなきゃ。」とどっかで肩に力が入っていてこんな気持ちがあった。そして「ゼミ生同士コミュニケーションが活発になったらいいな。」そんな想いもあった。張り切っていたんだろう。しかし実際始まってみると、4年生らしからぬ準備不足があからさまだった。でもそんなとき2、3年生のどんどんアイディアを出して意見を言う姿に救われた。その時に「できなくて悔しい。」って思った。でもそうじゃないと今学期に気づいた。悔しがってもなにも生まれない。2、3年生をリスペクトする心を素直に持って、わたし自身できないところは弱さを語って、もっとプレイフルに学んでいこうという風に心持ちが変わっていった。そうすると毎週緊張してた木曜日が楽しみになっていた。ゼミが終わった次の週の木曜日はゼミがないのがなんだか落ち着かないくらいにわたしの日常に木曜日のあの時間が溶け込んでいた。

ボリュームたっぷりと言ったけれど春学期に具体的に学んだことが3つある。1つ目は、「振り返りツイート」について。去年も言われていたけれど、どうしても日記みたいになってしまったり、先生の言っていたことの繰り返しになってしまうことばかりだった。しかし今学期14回のゼミ全てその日のうちに3つ必ず振り返りをすることを徹底した。そしてその中で先生から厳しいフィードバックを受けることもあった。でもその失敗から徐々にだが、問いを呟けるようになっていき、ゼミ生同士のリプも増えていった。変化が感じられたのはすごく嬉しかった。後期も振り返りツイート欠かさずに続けたいと思う。2つ目は、「問いを持ち続ける」ということ。今までのわたしは何かわからないことがあったらすぐに答えを求めようとしていた。誰かに正解という方法を示してほしいと心のどこかで思っていたところがあった。でも今学期にふと気づいた。これは「自発的に考えることを放棄していて、受け身だったんだ」と。このことに気づけたことで1年半かけてやっと問題解決症候群脱却できた。そして3つ目は「なんでもすぐにできようとしない」ということ。弱さを語る。他人を頼る。今まではすぐに目先の成果を求めていた自分がいたけれども、ゼミでは漢方薬のように少しずつ学んでいくんだということを1年半かけて実感していった。

そしてもう一つ。F&Nのインタビューで気づいたことがある。それは対話をする際に、AとBという意見があったらお互い話合ってCという合意がゴールだと思い込んでいたことだ。しかしみんな違う人同士なのだから意見が違って当然という気持ちを持って、「違いを楽しむ」「違いを受け入れる」ことが大切だということ。そしてお互いを否定することなく、共感や相違を伝え合うことを繰り返す。AかBか正しい答えを出すのではなくて、「納得感が持てる」のが大切ということを学んだ。必ずしも合意がゴールではなく、時には周りの賛同が得られないこともある。対話のマインドになってない人もいる。けれども感情的になってしまっている人や否定から入る人を対話のモードに引き出すことはできる。「強い信念を持った人とは対話ができないのではないか。 」というモヤモヤした想いを最近の日常生活で感じたことがあった。しかしそれは、ある種自分の中で納得感のいく合意を出すべき!というエゴがあったことや、共感・傾聴・承認が足りてなかったことや、対話のゴール=必ずしも折り合いをつけなきゃいけないと思い込んでいた勘違いや、相手の言葉をそのまま受け止めてしまい、相手のシグナルを読み取れていなかったことなどが考えられる。まだまだ対話発展途上なんだなと実感した。「分かり合えることが奇跡」というマインドを持ってこれからもこの気づきを意識して対話をしていきたい。まだまだわたしが見ている世界は狭い。このことを悔しがるのではなく、しっかりと今いる自分を見つめなおして、夏休み越境をもっとしたい。広い世界にもっと踏み出したい。そして読書をしていい文章とは何かを考えたい。後期はいよいよ卒論。今年の目標はアウトプット。文系卒業したからにはいい文章が書けるようになって卒業したい。夏休みにただ越境して感じたことを発信していくだけじゃなくて、越境先で自分なりの問いを持ち発信していきたいと思う。そしてソーシャルなテーマを1つ世の中に発信できるくらいにコミットできる越境先を見つけたいと思う。

#MELCブログ #春学期の終わりに_mb

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