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『海獣の子供』後編:夏と波とモノローグ

アニメのモノローグ問題

前回提示した琉花の問題に加えて、もう1つ僕が気になったのはモノローグについてです。

マンガは絵と文字で表現するものなので、モノローグは登場人物の思考を表すためによく用いられます。一方でアニメは映像媒体なので、動きとセリフで見せるのが基本です。このような媒体の隔たりから、モノローグはマンガや小説原作をアニメ化する際に毎回難しい問題でもあります。

例えば、前期アニメ化したマンガ『約束のネバーランド』は、モノローグを多く活用して登場人物の思考合戦を演出しています。しかし、アニメ化にあたって神戸守監督はモノローグをすべて廃して、会話に反映させたり、ぬいぐるみに語りかけたり、言葉ではなく行動で示したりすることで原作通りの物語を達成しています。一方で、極端な例だと『3月のライオン』は、原作のポエムを採用するために、すべてのモノローグをアニメにも取り入れています。

この2つは極端ですが、どのモノローグを採用して、どれを採用しないのかは永遠の課題です。

さて、マンガ版『海獣の子供』もまた、かなりモノローグの多いマンガです。これは、作品が難解だからという理由もあるでしょうが、何よりも琉花の性格に所以します。琉花はアングラードと同じように「本来海獣として生まれるべきだった」存在で、人間とのコミュニケーションに難を抱えています。自分の思っていることを上手く言葉にできないので(あるいは言葉では自分の思いを十全に表現できないことを知っているので)、自然と心の声であるモノローグが多くなってしまいます。

また、「そうか私は誰かに見つけてほしかったんだ」や、先程も紹介した「待って! 私も! ずっと!」という叫びのように、削りにくいモノローグもたくさんあります。

実際の映画では、明らかに不要だろうモノローグを覗いて、基本的には残す方針を取っています。たとえば初めて空に出会うときの、「何の音?」「あれ? 海くん?」「空くん?」というモノローグは、省略しようと思えばできる部類だと僕は思いますが、このような説明も残しています。

モノローグの効果は一長一短です。本質的にはアニメは動きで見せるものですから、モノローグは邪道という考え方もあります。また、ただでさえ説明のセリフが多いのに、モノローグまであると冗長に感じてしまうのも事実でしょう。個人的には、声優の演技が冗長さを際立たせていると思います。

芦田愛菜は非常に演技が上手で、僕も実際に聞いたときはびっくりしましたし、今後も同じような役があったらぜひやってほしいとも思いました。しかし、それでも本職ではないので、本物の声優と比べると若干説明的です。たとえば驚いたときの反応が一辺倒だったりと、気になる部分がないわけではありません。

一方で、モノローグには長所もあります。まず挙げられる利点として、行動の意味が分かりやすくなるので、視聴者をふるいにかけなくて済みます。また、視聴者と主人公の距離が近くなるので、感情移入しやすくもなります。
恐らく本作では琉花の性格に加えて、琉花の視点を重視したかったことからこのようなメリットを評価したのでしょう。

先程挙げたような絶対に欠かせない部分を除いて、モノローグはすべて除くべきだという意見もあると思いますが、無表情な琉花の動作ですべてを表すのは難しいでしょうし、残ったモノローグが浮いてしまう問題も残ります。あとはクリエイター次第ですが、僕個人としては、モノローグの多投は悪くない選択だったのではと思います。


ヴィーナスの水しぶき

この映画の何よりの魅力は映像自体でした。宇多丸さんがスパイダーバースに対する日本の解答だと称していましたが、間違いなく『GHOST IN THE SHELL』のように日本を代表する映像作品になると思います。

ヴィーナス(鯨)のジャンプをはじめとした海洋生物は、基本CGを使っていますが、CG感をなくすためにかなり作画に寄せて、線を太く残しています。一見すると「あれ、これ手で描いてるのか?」と疑ってしまうほどで、僕はパンフレット見るまで制作方法まったく分かりませんでした。

このような手法は、「絵を動かす」という発想が無ければ生まれません。したがって例えば、PIXARは決して作ることができないでしょう。そういった意味では、世界を作るためではなく作画をサポートするためにCGを使うような、リミテッドアニメに拘った日本アニメーションの極致と称することもできると思います。

五十嵐さんの絵はまた恐ろしく密度が濃く、「密度が濃い絵」とは、端的に言えば線の量が多い絵ということです。ボールペンを使って描いているそうですが(!)、陰影や魚の模様をトーンに頼らず(あるいは省略せず)すべて線で表しています。それに加えて、輪郭がはっきりしておらず、こちらも線の量で調節していることが多いので、結果とてもアニメにしにくい絵になっています。

アニメでは、しっかりと輪郭をとって、ドット抜けなく色を塗るのが普通です。つまり、線を省略して表すミニマルな手法を取ることが多いので、まさに正反対に当たります。

同じように、「海」をはじめとした液体は、定まった形がないので作画でもっとも表しにくいものの1つです。基本的には海はCGを使いますが、波はキャラクターと一緒に動くので、その部分だけは作画を使います。

CGと作画の組み合わせが印象的なのはやはりヴィーナスのジャンプ。

このシーン、ヴィーナスはCGで(注1)、その動きに合わせて作画で水しぶきを描いていています。説明するのは簡単ですが、CGで動くものに、飛沫をこれほど躍動させる技術。液体は、常に形を変え続けるため、1カットも同じままで止めておくことができません。

当たり前ですが、アニメなのでこの水しぶきの飛び方も、作画監督がすべてデザインして生まれているわけです。ここまで絵画的に抽出したCGも神業ですが、そのCGの躍動感を何倍にも引き上げているのがこの水のエフェクトです。この1カットの水しぶきだけでも、どれほどの労力と技術が投資されているか想像もつきません。

さらには常に海が舞台であり、キャラクターが海周辺で行動する以上、飛沫だけでも無限通りの種類があります。クジラ、ボート、足踏み、クロール……さらには水族館、アザラシ、自転車を覆う水……ピックアップしていったらそれこそ6年はかかりそう。実際この記事書くために予告編みていたらジャンプのシーンだけで1日が終わりました。


夏の息吹き

キリがないので、最後に僕が好きなシーンを2つ紹介して終わろうと思います。

まず1つ目は琉花が泳ぐシーンの水しぶきです。上図のように、このシーンは水面はCG、背景はレイヤー分けされていて、そこに魚をCGで泳がせています。この後琉花がクロールで追ってくるカットになって、琉花が海面に接しているため海面も作画になります。

このときの、海面のゆれと、琉花の手が入るときの水飛沫がめちゃくちゃ美しかった。指の間から空気が漏れて海面に昇るまでがあまりに自然でした。ただでさえ難しい泳ぐキャラを正面から撮ったカットに、そこに海面と飛沫も重なって、めちゃくちゃ高度な要素を要求されているにもかかわらず、とても動いている、このカットで僕は心臓を思い切り掴まれました。

2つ目が夏の雰囲気を伝える演出です。木村真二さんの美術は誰もが知るところで、この映画でも最強の仕事をしているのですが、さらに夏の印象を強めているのが、光と埃だと僕は思います。

光は、屋外よりも屋内で効果的に作用していて、特に琉花の家のなかで、隙間から漏れる光、キャラが動くたびに微妙に揺れる光からはたしかに夏の温度が感じられます。そこに、きらきらと埃が舞うことで、より三次元の空間に錯覚させることができている。これらが序盤の映画の雰囲気づくりに大きく貢献し、視聴者を物語世界に引き込む手助けをしています。

終わりに

今年もっとも注目を集めたアニメは間違いなく『スパイダーバース』でしょう。制作費100億円という破格が注目されたこの作品は、PIXAR流の3DCGではなく、同じように「絵を動かす」という目的の基に作られた作品でした。公開当初は莫大な資金力を背景に制作できるハリウッドのパワーに対抗できるのかという心配が多くなされていました(注2)が、5,6月に公開されたアニメは、そんな心配などみじんも感じさせない圧巻の映像美を見せてくれました。

『プロメア』は制作側のリソースがもっとも影響するアクションアニメで真っ向から対抗し、僕たちの度肝を抜いてくれました。『Mr.インクレディブル』をはじめ、アクションの情報量を多くして、視聴者が追い付ける限界までスピードを上げることで、視覚への刺激を増やしているのは最近の流行の1つであり、その点で『プロメア』はTRIGGERの強みをさらに活かすことができています。

一方で、『海獣の子供』は監督の作家性を全面に押し出す点では主流ですが、作画とCGを組み合わせるリミテッド流の作り方で、従来のアニメが表現してこなかったフロンティアを拡張しました。

間違いなくSTUDIO 4℃にしか生み出せない、唯一無二の作品だと思います。

自分の価値観やアニメ観を大きく動かされる、一生モノの体験ができました。何かの拍子にこの映画で感じたことを毎年思い出して、懐かしいような、新鮮なような、言葉にならない感情に揺れるのでしょう。脳に刻み付いて離れない、僕の人生を左右する作品です。

とりあえずパンフとマンガは揃えましたが、映像自体も欲しいので、円盤も買うことになりそうだなぁ……あとアートブックもあれめちゃくちゃヤバいので欲しい。

ところで、僕の誕生日は8月13日です。

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※記事内の画像はすべてトレーラーとMVからのキャプチャ

注1:ヴィーナスの身体はCGですが、さらにその上から細かい線を作画で入れているように見えます……が、あまりに自然なので、僕ではCGの境目がどこなのか正確に判別できません……それくらい凄い映像……ドキドキする。

2:日本のスタジオだと、もっとも制作費を積むのはジブリで、『かぐや姫』は50億円かけたことで有名です。『スパイダーバース』と比べると見劣りしますが、全世界規模で売れる『スパイダーバース』の半分も制作費を投資しているのは明らかに異常です。回収できたのかは……

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