PEZY 関連会社 ExaScaler によるスーパーコンピュータ開発課題の中止理由に関する報道と未達成目標


ExaScaler (広報は4月5日現在まで返答なし)への疑問点

科学技術振興機構 (JST) が公表した情報を読む限りでは,ExaScaler が JST との信頼関係を壊すような行動を取っていないとするには,以下の10点について疑問があります.

これらに関する疑問(のうちいくつか)を持っている報道機関の取材を受けないのは不誠実ではあるものの ExaScaler の自由です.しかし,返答のない現在では,「ExaScaler は契約を守らない,技術力が不足している企業を示す不利な情報だから返答しないのではないか」と疑問に思う人もいるでしょう.特に,最初の3つの疑問に関する情報が公開されないことは,ExaScaler のスーパーコンピュータの性能に大きな疑問を残すことになります(ExaScaler の主要技術に関する情報なので,調査した JST はその情報を持っていても公表することはできないため,JST から言質を取っても疑問は解消されません).

1. JST の課題に含まれる,グラフ処理性能を表す Graph500 は,当初期限の6月までに何 TEPS (Traversed Edges Per Second) になることを見込んでいるのか.

2. JST の課題に含まれるかどうか明確でないが Top500, Green500, Graph500 と並ぶ性能の指標である,疎行列計算のベンチマーク HPCG に取り組んでいるのか.取り組んでいないなら,取り組まない理由は何なのか.取り組んでいるなら,現在何 FLOPS なのか.

3. 密行列計算のベンチマーク HPL 以外の成績を公表していないが,HPL では測れないバンド幅・レイテンシに関する性能を,今後どうやって示していくのか.

4. 応募時の計画における予算配分は,DRAM との間の磁界結合インタフェースの開発とスーパーコンピュータの実機作成でそれぞれいくらだったのか.実際の開発における,DRAM との間の磁界結合インタフェースの開発とスーパーコンピュータ(DDR4メモリーを含む)の実機作成の予算配分はいくらだったのか.

5. JST に通達することなく応募時の計画を変更して開発を実行していたのは事実かどうか.事実なら計画の何を変更して実施していたのか.

6. 調査後,JST に開発期間延長を申し出たのは事実かどうか.事実ならその延長期間はいつまでなのか.

7. 調査後,JST に規模縮小を申し出たのは事実かどうか.事実なら計画から外れたものは何なのか.

8. 疑問 6. 7. が事実ならば,JST に開発期間延長,規模縮小を申し出た理由である社内の都合とは何なのか.

9. DRAM との間の磁界結合インタフェースは当初期限の今年6月までに完成する見込みなのか.完成するなら,その性能はどのくらいか.

10. 昨年12月時点で 28.19 Peta FLOPS だった理論性能は,当初期限の今年6月までに何 Peta FLOPS になることを見込んでいるのか.

科学技術振興機構 (JST) の公表内容

科学技術振興機構 (JST) が昨年採択していた ExaScaler 社によるスーパーコンピュータの開発について,JST が開発中止を通知し,ExaScaler 社に概算で支払った開発費(約52億円)の全額返還を求めていることを公表しました

JST は、その調査の過程において提出された書類等を検討した結果、採択時のものから大幅な計画変更となっており、本課題を採択した前提を欠くに至ったものと判断せざるを得ないことなどから、第三者による評価をも踏まえ、本開発を中止すべき相当の理由があり、本開発の継続が適切でないと判断するに至りました。そのため、JST は、本開発の中止を決定し、その旨 Exa 社に通知しました。

JST によれば,課題の開発が応募時の計画から大幅に変更されていた,ということです.そして,調査されるまでその変更は JST に報告されていませんでした.

報道における開発中止理由

詐取関係会社、融資金の52億円返還請求へ:毎日新聞によれば,

しかしエクサ社は昨年12月から複数回、大幅な期間の延長と性能の縮小をする申し出をした。「社内の都合」としか理由を説明していないといい、JST は「事業採択の前提を欠き、継続は認められない」と判断した。

とあります.また,JST、エクサ社への融資中止 52億円返還請求:日本経済新聞

エクサ社によるスパコン開発は17年1月時点の当初計画に比べて大幅に遅れており、JSTは開発事業を中止し、融資を引き揚げることを決めた。(略)融資総額60億円のうち52億円が支払われたが、ヒアリングの結果、計画の遅れに加えて、性能も目標に大きく届かないことがわかったという。

と伝えています.

これらの報道によれば,昨年12月から複数回,ExaScaler が大幅な期間の延長と性能の縮小を JST に申し出たが,その変更の明確な理由を ExaScaler が示さなかったことを,JST は開発中止の理由としています.JST の理解では,ExaScaler による開発に次の6点の問題がありました.
信頼関係の毀損 JST に通知することなく,開発計画を大きく変更した.
開発の遅延 開発は計画より大幅に遅れていた.
不十分な性能 開発したスーパーコンピュータの性能は目標より大きく劣る.
達成不可能な計画による応募 調査後に,開発するスーパーコンピュータの性能縮小を申し出た.
期間内に開発できない技術力不足 性能縮小にもかかわらず,さらに大幅な期間延長を申し出た.
説明の事実上拒否 大幅な性能縮小,大幅な期間延長を申し出た理由を社内の都合としか説明できない.
開発資金の提供先として必要な,採択された計画を期間内に実行するという役目を ExaScaler はまったく果たしませんでした.

JST が開発中止の理由をこれ以上公に説明することは不可能です.なぜなら,ExaScaler のスーパーコンピュータの性能が目標に大きく届かないという ExaScaler にとって社外秘の開発状況を説明することが避けられないからです.不可能なので, JST は第三者の評価を参考にして公平性を保ちました.このため,JST による開発中止が不適切だといえるのは,ExaScaler が自ら開発状況を示し,本課題のすべての目標について,開発状況との違いが大きくないことを示したときに限られます.しかし,目標と現在の状況が大きく違うために,ExaScaler は大幅な計画変更と期間延長を申し出たので,現在の開発状況が目標に近いと示すことは非常に困難でしょう.

PEZY 社員によれば,助成金詐欺にかかわる騒動は開発に影響しませんでした.そうならば,融資を受けていた期間に支障なく開発に取り組んだ結果,性能が目標に大きく届かなかったということになり,PEZY Computing, ExaScaler の技術力が本質的に欠けている以外の理由がなくなります.これは,PEZY に高い技術力があるという主張が正しくないことを示しています.

JST を情報源とする報道に基づく事象の時系列

JST ExaScaler の課題を採択する
ExaScaler 応募時の計画を大幅に変更して開発する
ExaScaler PEZY 前社長,ExaScaler 前代表取締役 齊藤元章氏が逮捕される
JST ExaScaler の開発状況を調査する
JST ExaScaler による開発計画の大幅な変更が調査から判明する
ExaScaler 開発期間の大幅延長と性能の縮小を複数回 JST に申し出る
JST 第三者に ExaScaler の開発状況の評価を依頼する
JST 開発中止を ExaScaler に通知し,開発費(約52億円)の全額返還を求める

課題応募時の計画と未達成と思われる項目

JST によれば,ExaScaler による課題応募時の計画は次の通りです.

本開発は、新しい高効率メニーコア・プロセッサに、DRAM との間の超広帯域伝送が可能な磁界結合インタフェースを組み合わせ、更にユニット全体の液浸冷却を行うことで、小型、低消費電力、かつ、世界トップレベルの計算性能を持つスーパーコンピュータを開発するものである。
最終的には、理論性能30Peta FLOPS級の高性能スーパーコンピュータを開発し、世界トップレベルの絶対性能、消費電力当たりの性能、グラフ処理能力について、高い面積計算効率の実現を目指すものである。

項目と開発状況は次の通り.太字が未達成項目です.

メニーコア・プロセッサ → PEZY-SC2 開発済
DRAM との間の磁界結合インタフェース → 2017年12月時点で開発中 (*)
ユニット全体の液浸冷却 → (開発期間前にほとんどを)開発済
理論性能 30 Peta FLOPS → 28.19 Peta FLOPS(2017年12月 プレスリリース PDF
世界トップレベルの絶対性能 → Top500 3位相当 (2017年12月プレスリリース),HPCG 測定値なし(これまでの対応から以下では ExaScaler は絶対性能に HPCG を含まないと仮定します) 
世界トップレベルの消費電力当たりの性能 → Green500 4位相当(2017年12月プレスリリース
世界トップレベルのグラフ処理能力Graph500 測定値なし

(*) 2017年12月 「スパコン開発を粛々と進める」、創業者不在のPEZYグループ から引用.

ただし事業名称にある「磁界結合DRAM」については、現時点で暁光に組み込まれていない。磁界結合DRAMの開発はPEZYグループのウルトラメモリが担当しているが、「データ通信はできているが、量産して実戦投入するには、まだ時期尚早」(鳥居CTO)。2018年中に磁界結合DRAMを搭載したボードを暁光に組み込むことを目指している。

理論性能については,目標に十分近い値であり,6月までに達成できる可能性はあるでしょう.DRAM との間の磁界結合インタフェースは,上に引用したように,開発中でした(おそらく現在も開発中でしょう).

これらより深刻なのは,スーパーコンピュータの性能を測るグラフ処理能力も未達成だと思われることです.グラフ処理能力のベンチマークである Graph500 は,参加が少ないことからその指標の有効性を疑問視する声もありますが,課題として挙げた結果,応募が採択され,52億円が融資されたので仕方ありません.

Graph500 の順位が発表されるのは毎年6月なので,2018年6月を前にして ExaScaler から順位が公表されていないのは当然かもしれません.しかし,
順位発表の時期にかかわらず,ベンチマークを実施した時点で「Top500 国内1位,Green500 1位(2017年10月)」,「Top500 3位相当(2017年12月)」とプレスリリースを出していました.前例にならえば,Graph500 の結果に関するプレスリリースが出ていないことから,現在のところ公表できるベンチマーク結果がまだ得られていない可能性は十分高いでしょう.

以上から,どの程度かは明らかではありませんが,グラフ処理能力,DRAM との間の磁界結合インタフェース,理論性能の3点について,現在では(いずれか1つ以上が)目標に大きく届かない未達成であると考えられます.

これら3つのうち,スーパーコンピュータの性能に直結するグラフ処理能力について,まったく成績が不明であり,目標に大きく届かない可能性があることは,ExaScaler のスーパーコンピュータそのものの性能に疑問を残すことになります.近いうちに Graph500 の成績がプレスリリースで公表されるでしょう.

採択課題とベンチマーク

この課題の採択に関して,PEZY Computing 社員による

というツイートがありますが,この課題応募時の計画ではすべてベンチマークの性能だけを対象にしていたのが印象的です.ベンチマーク以外についてのツイートとして次があります.

どのようなアプリケーションなのでしょうか.楽しみです.

また,グラフ処理性能 (Graph500) を課題に含むスーパーコンピュータを開発している時期,特に ExaScaler が大幅な期間の延長と性能の縮小を JST に申し出たと報道されている時期に,Graph500 を含まない Linpack の単一評価だけで世の中にアピールできるとしているツイートもあり,Graph500 も重要だとする JST の課題設定との関係が不明確です.

一社員の感想でしかないのかもしれませんが,その時期に Graph500 に取り組んでいた同僚の仕事の重要性が低いと公言していることになり,その同僚への気遣いはないのかな,大変な職場だな,と思います.

報道記事へのリンク(順不同)

詐取関係会社、融資金の52億円返還請求へ:毎日新聞

JST、エクサ社への融資中止 52億円返還請求:日本経済新聞

科学技術振興機構 融資金52億円の返還請求:FNN

JSTによると、関連会社から、採択当初に比べて、大幅な期間延長や規模・内容変更の申請があり、事業中止を決定したという。

「開発中止すべき」 JST、スパコンベンチャー「ExaScaler」に52億円返還求める - ITmedia NEWS

スパコン開発委託費52億円の返還請求 助成金詐欺事件受け:NHK

助成金52億円を返還請求 スパコン詐欺で関連会社に:テレビ朝日

スパコン助成金詐欺、無利子融資の52億円の返還求める:TBS

スパコン詐欺事件、開発会社に52億円返還請求へ:朝日新聞

参考 朝日新聞記者「騒動後、技術開発に影響出ていた」⇨PEZY関係者「当事者ですが影響出ていないけどもソースは?」 - Togetter

参考 ExaScaler は4月3日現在,現状コメントを出すことができない.

参考 「磁界結合技術に係る開発内容の大幅な縮小と磁界結合技術に係る開発期間の大幅な延長がございます」と JST からのメールの返答


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