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あなたのやさしさを

窓を開けると菜の花の香りが飛び込んできた。黄色いじゅうたんは目に鮮やかすぎてまぶしすぎる。はじける春の空気に溺れそうな私。
 私の側で車のハンドルを握っていた人も、溺れているはずだ。この圧倒的な春の空気に。

 10年ぶりに会った人は、何にかはわからないけど寂しい目をしていた。私にすがるように連絡してくるから、どうしてもスルーすることができなくて会う約束をしてしまった。かつて私が好きだった人。いや。お互いに好きだった時期もあったけど、色んなタイミングが合わなくて、結局友達以上恋人未満のまんまだった人。かつては、2人で映画を見に行ったり、ライブに行ったり、祭りを見に行ったり。どちらかと言えば夜に遊びに行くことが多かったけれど、久しぶりに太陽の下で合ったら何だか照れくさい。
 やけに滑舌のよい話し方も、恋人か?と思う位に私との距離が近いことも、私の名前を呼ぶそのイントネーションも、結局10年前と全く変わらない。青春が戻ったか?と勘違いする位に何だかくすぐったくて、流れる空気が甘い。唯一違うのは、私もその人もちゃんと相手がいて、そしてこのまま行けば多分今の相手と結婚するであろうと言うこと。そんなタイミングでなぜ私に連絡してくるんだよっ。と言いたくなってしまうが、結局断りきれず来てる私は何なんだ。そして、行くアテも決めずドライブして、昔話をしたり今の話をしたりして辿り着いたのが菜の花畑。

 圧倒的にあかるい春がそこにあった。目が覚める程に。
 「めちゃくちゃ綺麗やな。まさかこの場所にお前と来るとは思わんかったけどな。」
苦笑いしながらその人はいう。今の彼女とも絶対来てるようなメジャーなスポット。
「確かにね。私もだよ。」

菜の花畑を二人で歩く。10年前はまだ学生で車も持っていなくて、ドライブにでかけたことはなかったから、初めてのドライブデートだ。おそらく最初で最後の。
 「何にそんなに悩んでるのよ。暗い顔して。」
黄色いじゅうたんの中で、隣をひょいひょいと歩く人に聞いてみる。
「さぁーね。色々ね。」

私を呼び出すということは、きっととてつもなく悩んでることがあるんだろう。感情の浮き沈みがとても激しいその人の涙は学生時代に何度も見てるし、どうしてお前には何でも話せてしまうんだろうな。なんてフレーズは何度も聞いてる。確か、大好きな彼女に振られた時も。内定を蹴って違う会社に行くという決断した時も一緒にいた。10代後半から20代前半の多感な時期に思い悩むとメールがきて、長電話して、そして向こうから誘われては遊びに行って。目まぐるしく状況が変わる中にあって、わかりやすくぶつかって悩んでたその人。

 10年ぶりに会ったその日。結局大した話はしなくて。菜の花を見てドライブしてご飯を食べて帰った。詳しいことは話していないけれど、私はもう1年後には結婚する。だから多分もう会うのは最後。夜、私の未来の旦那さんとメールをやりとりしたあとに、その人からのメールが届いた。
 簡単な今日の感想の後。
「俺達の関係は、他から見たら不思議な関係なんだろうけど、相変わらず君は優しいな。突然誘ってごめんな。けどあえて良かった。ありがとう。」

「私も会えてよかったよ。次会うときがあるかはわからないけど、多分私は苗字が変わってるわ。まさか自分達が結婚する年齢になるとはね。お互いにいい年になったね。元気でね。」

送信した後で、その人の連絡先を消去した。多分もう返信もないし会わないと思ったから。そしたら携帯が鳴った。
「結婚おめでとう」
まだ1年後だよ!とそのメールにツッコミを入れながら、その一文を消そうかと悩んで。結局消すことが出来なかった。

君も近い先に結婚おめでとうだけどね。と思いながら携帯を閉じた。携帯の画面には、今日撮った菜の花を。黄色が眩しすぎて、目に滲みる。エレカシの曲が浮かんだ。俺にとっての君。といつだか言われた曲。

あなたのやさしさをオレは何に例えよう。

この曲を聞くたびに、その人とすごした懐かしい日々と、今日の菜の花をこれから先も思い出すんだろうな。

#小説 #別れの風景




 




 


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