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酔って思ったことを連綿と書き残す49「ドス君がドスーン」

はしがき。

父が居酒屋でぶっ倒れた、彼氏のいびきがアレでドイツの耳栓を買ったなどなど、五月は話題が盛り盛りです。温水器が壊れて治りました。四年ぶりに風呂場の電気がつきました(ずっと壊れてました)。

「ドス君がドスーン」は、文豪ストレイドッグスの最新話のお話です。リボーン。鮮やかなテレポーテーション!
どうやったらこんなシナリオ思いつくんでしょう。
そして、太宰さんはどうする気でしょう? 太宰さんしかドス君をドスッ!って殺せないわけだ。でも、「殺さずのマフィア、か」なんて呟いたりしてたよね? 
太宰さんは、織田作とドス君、どちらを択ぶのでしょうね。
案外、織田作かも。意外と一途かも。そして世界は異能力者のいない世界になる、と。
あれ、ドス君は? 一人、異能力者が残っちゃいますね。
白紙の文学書使って、自らも死ぬ気ですかね?
太宰さんが自殺マニアなら、ドス君はさながら他殺マニアですね。

今回は前回の続き、『シン・死の媛』第二章、絢ちゃん回の続きです。
これを書くためにYouTubeで色々動画を見ていたのですが、先日付き合い始めたばかりの彼氏が我が家に来まして、YouTubeを開いたら、まあ、女子のYouTubeとは思えないトップ画面が、バーン!です。「陸自第一空挺団」「イギリス陸軍第十六空中強襲旅団」「ドイツ空軍ユンカースJu52輸送機」。
小説を書いてるのは相手も知ってるから、「うん、」って感じでしたが、えっちな写真をお見せするよりも恥ずかしかったです。ちなみに今日は、ヒグマの動画を見ておりました。

結局その日は、これを見ました。Y・O・K・O・K・O、横高!



 天気の崩れはないものの、初秋風はつあきかぜは夜の深まりとともに強まり、いささかの不安を私に覚えさせた。落下地点を一望できる森の蔭から、予定時刻を大幅に過ぎた上空を見つめるも、来訪者は一向に降りてこない。
 月またぎの未明。燦国さんごく南西部。
 煙草の産地でもある、芭木薗ばぎえんという街で車を降り、二時間かけて獣道を南下した。峠ではリントヴルム団が検問を行なっている。一般道は使えない。若月が天頂にあっても山中を明るく照らすことはない。随所に目印をつけ、打ち合わせ通りの落下地点に正しく到着したはずだった。暗号電文の読み違えもなかったはず。ツナギとも相互確認を行った。
 満天の星。
 その隙間から、緩やかな流れ星が現れるのを待ち伏せる。懐中時計は四時五十分。予定より一時間の超過。日の出まであと一時間。見つけられなければ、一旦引き上げるしかないか。そう、諦念を覚え始めた時だった。
 二個の真白な流れ星が、視界にちらついた。
 一つは、こちらへ。
 もう一つは、不器用に水楢みずならの森の方へ。
 はっきりと視認できた流れ星が、不器用な流れ星を指し示す。私は木陰から休耕地へ、緋熊ひぐまに追われた鹿の如く駆け出した。
「左!」
 この場所に敵兵がいたとしても致し方ない。お怪我だけはさせるわけにいかなかった。「左!」叫び、駆け寄る。流れ星が左に大きく旋回して、木立に絡まるのが見えた。
 位置は低い。
「カット、」
 言い終える間もなく、流れ星がするすると地面へと落下する。「慣れている」と直感した。いつの間に習得されたのか。
「陛下」
 駆け寄った木立の許には、煤色すすいろの更生服に身を包んだ、赤髪の女性。
「訓練通りにはいかないものだな」
 絡まった落下傘らっかさんを見上げ、歎息たんそくをつく。今は会話を交わす時間も惜しい。「失礼します」一言だけ交わし、水楢の幹を蹴り上げ、枝へと手を伸ばす。
「すまない」
 いえ、ご無事なだけ上出来です。
 そのお顔を失礼ながらも指で差し、手信号で森の奥へと誘導する。もう一つの流れ星も、今は己の落下傘をしまいこむまで無防備だ。こちらとも距離が離れている。今だけは御身おんみをご自身で守っていただかねばなりません。
 指し示した方角を確認し、小柄な御身が、一際大きな水楢の蔭へとお隠れになる。そして、お隠れになりながらも、もう一つの流れ星と私、無防備な側近たちへの迎撃を、短機関銃をさっと取り出し、警戒してくださっている。お会いできなかった半年の間に、随分とご鍛錬なされた様子が見て取れた。
 幸い、誰かに見つかる様子もなく、数分後には落下傘を地面へと振り落とすことができた。それを、もう一つの小さな流れ星が手際よく畳む。できれば日が昇る前に芭木薗へと戻りたかったけれど、地平線は明るさを取り戻しつつあった。致し仕方ない。
「陛下、こちらへ」
 水楢から降り立つとともに、外套を脱ぐ。秋の初めとはいえ、夜明け前の山風は肌をひやりとなぞる。
「走っても、よろしいでしょうか」
 軍足の音を密かに、忍び寄られた陛下へとお尋ねする。こちらを見上げる鳶色の目はより丸く、意外そうな面持ちだった。
「走れはするだろうが、危なくないか?」
 いいえ。
「ちょうど、夜明け前です」
 夜行性動物の動きが活発になる時間であれば、かえって好都合だ。手持ちのリュックサックに素早く外套を押し込む。陛下が誰を引率し燦国へ潜入するか報されてなかったが、この三人なら問題ないはずだ。
美柃みれい
 もう一つの流れ星の名を呼ぶと、褐色の姿がこちらを振り返る。
「問題ありません」
 まだ子どもの名残を残す声音が、落ち着き払った返辞をする。まだ齢十五だが、彼女が支持するならより安心だ。美柃の判断能力は、近衛師団の誰もが高く評価している。
 それにしても、随分と意外な人物をご引率されたものです。
「何故、彼女を?」
 近衛師団特殊部、最年少。まだ、学生だ。
「ご家族の安否を確認させたくてね」
 落下傘を手早くしまい終えたうら若き側近を振り返り、「ご無事であれば良いのだが」思案深げにそう仰られた。
 美柃の生家は燦国の占領下、芫州がんしゅうにある。燦国事変直後、嘉国かこくへの軍事侵攻により、多くの住民が落命したとの噂を伝え聞く。
「良い報せが届くことを願っています」
 大人たちの思いに、美柃は「ありがとうございます」と返しながらも、その表情からは何も見えてこなかった。約二年ぶりの再会だけれど、相変わらずのミステリアス。
 時刻は、五時を回る。
「こちらです」
 先頭を切り、水楢の森を駆け始める。二人の静かに草を蹴る音が、確かに私を追走する。振り返ることなく、しんがりを美柃に預け、ムササビの滑空のように、私たちは夜明け前の森をひたすらに駆けた。道中、何度かリントヴルム団兵士の姿や、緋熊を垣間見てひやりとさせられたものの、二時間後にはシトロエンの中で、朝日を燦々と浴びながら、陛下は夜食ならぬ朝食をお召しになられていた。
 芭木薗を出立した半刻前は、さすがにぐったり。リア・ウィンドウに御髪みぐしをくっつけ、息継ぎをなされていたが、お腹が減ったのでしょう。ステーク特製のパンケーキを、ちいさく一口。それからは堰を切ったように、上品に、パクパクとお召しになられている。甘いものがあまり得意ではない美柃も、さすがに疲れたのか、大人しくパンケーキにありついていた。私は運転しているので、そんなお二人がただ羨ましい。
 蜂蜜のいい匂いが、車内に立ち込めている。
「絢」
 陛下は、私の燦国潜入以来、本名ではお呼びにならなくなった。
「食べさせようか?」
 手信号で停止したタイミングで、私の分のランチボックスへとお手を伸ばす。背後を見遣ると、美柃が少し「しまった」という顔をしていた。
 パンケーキが口許へと迫ってくる。一口、ありがたく頂戴した。
「最高の朝食だ」
 陛下の表情は明るい。
「本当ですね」
 確かに今まで食べたパンケーキの中で、とびっきり美味しいパンケーキだった。生地に染み込んだ蜂蜜が、疲れを一気に取り払う。
「後で、運転を代わります」
 パンケーキで陛下に出し抜かれてしまった美柃が、少し焦りのある声でそう申し出る。意外な提案だった。
「運転できるようになったの?」
 美柃の代わりに、陛下がお答えになる。
「その代わり、荒いぞ」
 案外だと思った。
「まだ、不慣れなだけです」
 今度は少し恥ずかしげに、顔を背ける美柃。どうやら知らぬ間に、二人は随分と親睦を深めたようだった。二年前と、まるで違う。
 美柃はまだ十五歳。正式に陛下にお仕えする年齢にはまだ至っていない。
 家族の安否を気遣う陛下が美柃をご引率されたとのお話だったが、案外それだけでもないのかも知れない。
「みかどのカレーライスも絶品だ」
「それは、楽しみです」
 気さくに話し合う二人は、仲睦まじい姉妹にも見える。
「今回、どうしてお一人で『飛ぼう』と思われたのですか?」
 それ自体は、あまり違和感を持たなかった。陛下の、上空からの潜入は今回が四度目。その度に「自分一人で飛んでみたい」とは予々かねがね仰られていた。そのために鍛錬を積まれていらしたことは、未明の様子でもよく分かる。
「天候が良好とのことであったから」
 陛下は、朗らかな声を車内に響かせる。
「試してみたくなった」
 大きな違和感は、美柃の方だった。
「私も」
 彼女は、石橋を叩いて壊しかねないほど。安全第一。それが、美柃の信条のはずだった。
「私も、単独では初降下でした」
 美柃が、珍しくまなじりを綻ばせた。
「時を同じく訓練を受けておりましたので、陛下にお付き合いする所存で臨みました」
 つまり、一緒に飛びたかった、と。そういうことのようだ。
 お二人とも、勇猛果敢なのはお褒めしたく存じます。
 しかし次回からは従来通り、空挺隊員と一緒に飛んでください。心の臓によくありません。
「しかし、予定が大幅に遅れてしまったのは、」
 進行、良し。
 交通整理員の指示に従い、アクセルを踏む。
「大量の不詳の輸送機を見つけて、一旦退避したからだ」
 穏やかじゃない情報に、思わず運転を誤るところだった。
「え?」
 陛下たちは領域侵犯をせず、高度から降下しているはずだから、それは嘉国上空での話になる。
「前々からレーダーには引っかかっていたのだが、」
 陛下の声音も、穏やかではない。
「どうにもそれの帰着点は、燦国内のようだ」
「間違いなく、ユンカースの輸送機でした」
 車内が、しんと静まる。
 獨逸ドイツ
「それは、どういう、」
「それは、これから慎重に調べてもらえると非常にたすかる」
 ツナギの出番か。
 獨逸相手の無線傍受は、さすがの彼でも苦戦しそうです。仏頂面が目に浮かぶようだった。三食ハムライスでも、機嫌が治るかどうか。
 少し、憂鬱。
「にしても、着陸寸前で山風に煽られてしまったな」
 私に二口目のパンケーキを上手にお与えになりながら、未明の反省点をお述べになる。
「あれは、どう回避すべきだった?」
「あれはですね、」
 姉妹もどきの会話はとめどない。
 獨逸、か。
 私は一人、思案する。
 昨日、ツナギが或る通信を傍受している。暗号化されたそれを紐解くには至っていないようだったけれど、「どうも、言語が違うようだ」と、独り言をこぼしていた。もしかしてそれが、獨逸のものなのだろうか。
 あとは、以前よりずっと気になっている、中央党リントヴルム団の軍装備について。
 情報だけでも充実していることは明白。国境封鎖下の燦国。いかに鉱物に恵まれた土地といえども、兵器を量産する工場との比率は、まるで合致していない。占領地帯に秘密都市をいくつか建設していることは情報として掴んでいるものの、それらを大工場と仮定して、獨逸の供与もあり得ると考えれば、合致しないだろうか?
 大量の輸送機。ユンカース。
 二城に戻ったら、ツナギと少尉に仔細を探ってもらおう。東の燦国、西のナチス。二国が密かに手を組んでいるとなると、いかに永世中立国の嘉国といえども、安全だとは言い切れなくなってくる。
 陛下の仰る通り、慎重に調べを進めなくてはならないかも知れない。
「絢、」
 陛下が、三口目のパンケーキを私に与えてくださった。獨逸のことは、これから。一ずは、あの報告を致しましょう。
 乾いた喉に美味しいパンケーキをゆっくり流し込み、手許にない珈琲を夢見ながら。
「先日、先生とお会いすることが叶いました」
 陛下に、遅ればせながらのご報告です。
 天渺宮てんびょうのみや殿下が陛下との会話でも時折口にされていたという『先生』について。
「ご報告させていただいてよろしいでしょうか」
 陛下の御身が、助手席へと軽やかに乗り移られる。
「聞かせてくれ」
 かしこまりました。
「亡霊では、人は殺せないよ」
 先生のお言葉を、そのまま述べる。
「先生は、そう仰いました。言葉を返せば、『天渺宮は人を殺している』ということになります」
 ご存命であられる、ということ。
 彼が、死の媛である、ということ。
 私の酷な発言に、陛下は身動みじろぎすらされなかった。そのことはもう、嘉国枢機よりお耳に届いているのでしょう。横顔には、覚悟の二文字が見えるようでした。
「先生のお名前の由来は、色街の子どもに読み書きを教えていたからだそうです」
 以降は、先生と雨さまの出逢い、関係性、エピソード、先生のお人柄。あの日の先生、それをつまびらかに奏上した。雨さまがほんとうは『ふつう』であったこと。多くの書物を嗜んでいたこと。九つで娼妓となられた雨さまの倫理のこと。そして殊更にお伝えしたいのが、当時の燦州さんしゅう政財界と深い結びつきをお持ちになられていたこと。
 私見を申し上げます。
「雨さまは、不安定な燦州の治世を、よりよき未来へ導かんとしていた」
 個人的に、そう思えるのです。
 先生との逢瀬の後、密かに入手した彼の遊客ゆうかく人名簿には、当時の燦州の第一党『青の党』総裁をはじめ、野党、無所属派、あるいはかつて燦州を蹂躙した極右政党の残滓ざんしの名まで、満遍なく綴られて居りました。
 二重、三重、或いはそれ以上。
 伝説の名を冠した『雨』という娼妓は。
「最高のスパイだったのかも知れません」
 私見を述べ終えると、「なるほど」と、陛下が天を仰がれた。
「燦国事変、」
 一九三六年正月二十九日。
 先代嘉国女王陛下並びに天渺宮殿下は、燦州二城にじょう李宮りきゅう正門広場にて暗殺された。天渺宮創設の御披露目を兼ねた、嘉国巡幸の折のことだった。
「あの時、彼が頑なに燦州への巡幸に難色を示していたのは、内情に詳しかったからか」
 巡幸の三つ目の州に『燦州』が挙がった時、彼はいつにない非常の様相で、先代女王陛下、或いは参事会へと異議を申し立てられていた。
 しかしの地は、殿下の故郷。
 異議は通らず、その代わりに殿下は、間隙なき警護をお求めになられた。
「今なら、その理由は明確なのですけれどね」
 燦州への巡幸が、どれほど危険な行為だったのか。
 当時は、知る由もなかった。
 燦州第二党だった中道派、中央党の党員名簿に、極右政党『ユルング』の残滓が散見されていたことに。
 嘗て革命の名の下に内乱をもたらし、祖国によって阻まれた彼らは、私たちを決して許さない。巡幸は、彼らが嘉国女王陛下を暗殺する、格好の契機となった。
「我々がそれを正しく把握できていれば。或いは彼に、深く問い詰めてさえいれば」
 今日の悲劇は防げていたかも知れなかった。
 助手席に座る小柄な女性は、物憂げに虚空を眺め続ける。事変の数日後、同年二月朔日。『悲しみの戴冠式』と称される儀式を以て、あなたは嘉国女王陛下となられました。齢二十歳。あの日のことは忘れられそうにありません。
 そんなことをしている間にも、『燦国』に豹変した一地方は、嘉国の東方一帯を焼き野原にしてしまっていた。あなたは儀式の後、大礼服を脱ぎ捨て、総司令官として東方へと身を投じられました。
 伝説の娼妓、雨。その同一人物だけが、最悪のシナリオを予期できた。
「正直な話、」
 シトロエンは盆地を抜け、山道へと差し掛かる。体を直された陛下は身をよじり、美柃からランチボックスを受け取った。
「死の媛の奪還は難しいだろうな」
 同感です。
「死の回廊に現れる死の媛を、大勢の前で攫うことは不可能でしょうし、荒事にすれば再び燦国の侵攻を受けかねません」
 参事会は呑気に死の媛の幽閉地を模索して居られるようですが、やる気のない政務の一環です。口ではたすけると言っているけど、救ける気はさらさらない。
 しかし私たちは、そうではない。
「リントヴルム団の一隊を懐柔して、」
 美柃が発言する。
「死の媛さまを回収するのも、難しいのでしょうか」
 そうだな。陛下は、ランチボックスから二枚目のパンケーキを取り出す。
「せめて死の媛の日常がわかれば考えようもあるが、今は仔細の何も判然としない」
 彼女がどこで生活し、誰に警護されているか。
 恐ろしいほどに、情報がない。
「死の回廊の設計者とも接触しましたが、『どこに繋がっているか』の確認は取れませんでした」
 設計図も見せてもらった。しかし、通路らしきものは見当たらなかった。螺旋階段を確認することはできたが、そこでぴたりと途切れていた。
「李宮の平面図にも怪しい点は見受けられなかったし、」
 私にパンケーキをお与えになりながら、陛下も救出劇を画策する。
「案外、李宮の外か?」
 あり得る。
「前後の時間に、各門を見張ってみましょうか」
 李宮の門は五つ。五日間あれば、車列の出入りだけは確認ができる。死の媛がずっと李宮内にいるのか否かの憶測だけは立てられそうだ。
「ああ。よろしく頼む」
「御意」
 外であってほしい、と思う。外であれば、少々の荒事もせるかも知れない。
「思ったのですが、」
 美柃が身を乗り出してくる。
「死の回廊は、確か、施工期間三ヶ月ほどでしたよね?」
 私と陛下は、顔を見合わせる。
「あ。運転代わります」
 彼女が指差したのは待避所だった。
「この先、峠を避けるから複雑な道を通るけど、大丈夫?」
「道案内さえいただければ」
 安全第一が信条の美柃のことだから、大丈夫だろう。車を停め、入れ替わる。
「で、施工期間がどうした?」
 陛下が、隣の運転席に先ほどの発言の続きを促すと、美柃はまずアクセルを踏んだ。急発進。
 交代したのを少し後悔する。
「死の回廊をもちろん見たことはありませんが、三ヶ月あれば掘っ建て小屋の一つ二つ、こっそり作れそうじゃないですか?」
 地下に。
 私と陛下は、再び顔を見合わせた。
「確かに」
 陛下がしばしのご推量ののち、
「死の回廊がどのようなものなのかはわからないが、施工に三ヶ月もかかるのは不自然だな」
 そう仰せになられた。
 建築に関しては智識が乏しいので迂闊には頷けないが、もしそうだとしたら、するべきことが一つ増える。
「施工業者を探してみます」
 李宮の監視に、施工業者への諜報。
 しばらくは、美柃に陛下を預けることになりそうだ。
 運転が本当に荒いので、少々不安だけれど。
 それから程なくして、助手席が幽かな寝息を立て始めた。余程、お疲れになられていたのでしょう。こんな揺れでよく寝られるものだと感心します。シトロエンの悲鳴が聞こえてくるようだ。
「山を抜けたら運転を代わりましょう」
 美柃に提案すると「そうですね」と素直な返辞を聞くことができた。
 本人も自覚しているようで、
「どうしたら上手に運転できるようになりますか?」
 そう、尋ねてくる。
 運転は、歴にもよるけれど。
「性格もあるのよね」
 存外この子は、気性が荒いのかも知れない。留意事項の一つに加えておこう。
 私も目を瞑る。
 しかしやはり、少しも眠れなかった。

 

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