riponemu

言葉の雨がふる

結婚と死

永遠のような甘い1日がひとつ、またひとつと通りすぎて私は結婚しようとしている。出逢いは不可逆で、それがもたらすものを無かったことには決してできない。恋人が失われた人生など考えられない。あんなに他人との関わりを怖れ、孤独を好んでいたこの私が、愛とは何なのかも分からぬまま、赤の他人と一生添い遂げることを選んでしまった。それは私の根本を揺るがす決断であって、ひとつのアイデンティティの喪失であって……つま

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大人になるということ

博多駅前、信号が青に切り替わって、大人になったな、と呟いた。どういう意味、と恋人が尋ねる。どういう意味だろう。自分でも分からないけれど、3年前、友人と卒業旅行で博多にやってきたときの私とは違う、大人の私がそこにいた。それは恋する人ができたとか、定職に就いたとか、突然その職を投げ出しても暫し生き延びられる程度の蓄えができたとか、そういう外形的な事実を捉えてこぼれた感慨じゃない。価値観が、景色が変わっ

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21の私が書いた小説を、ふと再掲したくなりました。どうして消してしまったのか、よく思い出せません。あの頃のように言葉を紡ぐことが、今の私にはできません。しかしいつかまた、狂ったように書き始める日が来るのではないかという気がします。

シェル

暗闇に光る液晶画面を眺めながら、僕は首を傾げた。どのアカウントもとうとう黙り込んでしまったのだ。
 異変に気づいてあちこち見て回った時にはもう遅かった。すべてのサイトは更新が止まっていた。
 僕は何か月かぶりにカーテンを開けた。夏空には雲一つなく、世界は退屈な平和に包まれていた。アパートから見える裏庭に繋がれていた犬の気配もない。

 ああ僕は本当にひとりになってしまった。
 いや、生まれた時から

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裏道を歩く

目的地まで、いつもの道を歩いて行くか、遠回りして裏道を歩いて行くか、迷う時がある。大抵、裏道を選ぶ。そうして、初恋を思い出す。

 私が初めて恋というほろ苦い感情を自覚したのは、小学校3年生の頃だった。初恋の彼は、休み時間になるとよく漫画を描いていた。友だちもそれなりにいて、女子にちょっかいを出してはしゃぐこともあった。私にも冗談ばかり言って、笑わせてくれた。
 彼は、お人形さんのようにくっきり

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歯を磨く、生活を愛す

今日は歯医者に行った。美しく健康的な女性が、私の中を覗き込んだ。  
澄み切った土曜日の朝、この歯科衛生士は働いている。人々の口の中に、鋭く冷たい視線を送っている。彼女は、私の知らない世界を見ているのだ。どんなに綺麗に着飾った女性でも、その口内は淀んでいるかも知れない。この世はまだまだ深い。見えないモノばかりだ。
 帰り際、痛かったですねと声をかけられた。治療中に右腕を握りしめた左手を、

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