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結婚と死

永遠のような甘い1日がひとつ、またひとつと通りすぎて私は結婚しようとしている。出逢いは不可逆で、それがもたらすものを無かったことには決してできない。恋人が失われた人生など考えられない。あんなに他人との関わりを怖れ、孤独を好んでいたこの私が、愛とは何なのかも分からぬまま、赤の他人と一生添い遂げることを選んでしまった。それは私の根本を揺るがす決断であって、ひとつのアイデンティティの喪失であって……つまり私は今、途方に暮れているのだ。かといって、たった独りで暮らしてゆくことが、何かを生み出すことに繋がるとはもはや思えない。
私は子どもを持たないつもりでいた。その代わりに、死んだあとの世界に少しだけ傷をつけたいと――私がこの世に存在した痕跡を残したいと考えて、無我夢中で、創作や表現に明け暮れていたのだった。けれども、愛する人と未来を創っていく以上、もうその他に、私に与えられた仕事はないのではないかとすら思ってしまう。生活という、平凡で美しい営みに私も埋没してゆくのだろう。それは私が最も怖れていたことであり、本能的に求めていたことでもある。
水の泡が水面に溶けて消えるような――それは、死ぬことに似ている。大きな河の流れに身を任せ、個を失うことは、深い眠りと安らぎをもたらすものなのだと思う。私は眠る。落ちてゆく。