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患者様に、年齢を訊ねられた話

患者様に、年齢を訊ねられた話
「サイコロジー・メンタルヘルス&日々のあれこれ」

 昨年まで私は、精神科病院に心理士として勤めており、「精神科デイケア」という部署におりました。そこでは、精神疾患からの回復と生活の安定向上に向けた、リハビリテーションを行います。そのリハビリというのは、患者様がご自宅から週に数回通所し、スポーツやらレクリエーションやらさまざまな活動を、数人から十数人のグループで行う、という形式のものです。

 私たち治療者も、そのグループに混ざり、活動をご一緒しながら、患者様とともに長い時間をすごすので、治療者と患者様とは、一般の方が想像するよりも“強い絆”で結ばれることになるのです。

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 二十年以上も昔の話。強烈な強迫症状をお持ちの患者様が、デイケアに通われていました。強迫症状というのは、状況や本人の意図に関わらず、ある念慮や行動(確認や清潔など)に捕われてしまうことで、生活に大きな支障が出る、というものです。

 その患者様の症状は、トイレに入れば小一時間出て来ず、出られたら出られたで、液体せっけんをボトル半分ほども使って手洗いしなければならず、同じ内容の確認を何度も何度もしてしまうので他患には煙たがられ避けられてしまう、という、大変なものだったのです。

 それでも、その患者様の、他に表現する言葉のない“一途な”言動は、私たち治療者には好ましく感じられる側面があったのも事実で、私たちは、時にうんざりしつつも、丁寧に関わっていました。

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 その日は、何がきっかけだったのか分かりませんが、私の「年齢」が気になってしまったようで、患者様は私に何度も何度も訊ねてきました。

 治療者が患者様から、「年齢」や「未婚か既婚か」、「学歴」などを尋ねられることは、よくあります。そして治療者は原則として、そのような個人情報を患者様にお教えすることはありません。例えば「学歴」であれば、対人援助職の資格というものは、心理士のように大学院(修士課程)を出ないと取得できないものから、高卒で専門学校に通えば取得できるものまで、資格要件はさまざまです。患者様が治療者の学歴を知ることで、無意識に治療者の序列を作ってしまう怖れがあります。そのような事態を未然に防ぐために、治療者は自身の個人情報を明かさないものなのです。

 それにしてもその日は、すれ違うたびに私に年齢を訊ねてきます。これは症状なので仕方がないので、自分の個人情報は明かさない旨その都度丁寧にご説明したのですが、それでも続く”質問攻撃”に対して、まだ若く未熟だった私は、我慢できずに、軽くキレ気味に言ってしまったのです。

「もう!個人情報はお伝えしないと言っているじゃありませんか!私の年齢を聞いて、いったいどうするつもりなんですか!!」と。

 そうしたら、患者様は何と答えたか…。

 …

「…年上だったらお兄さんだと思うし、年下だったら弟だと思う!」

ですって。

 うわ、やられましたね。私は笑ってしまい、その後どのように言葉を継いだのか憶えていません。患者様も笑っていらしたように思います。

 あれから時は流れ、既に私はアラフィフ(実はアラでもなく、オーバー寄り)で、もともときょうだいはおりません。病院を退職して日が経つので、もう秘密にしなくてもよいでしょう。

 私はあなたの、お兄さんでしたか、弟でしたか?それを知って、どう思いましたか?改めて、こちらから訊ねてみたい気もします。

※6月6日は「きょうだいの日」、と知ったのですが、これは公のものではなく、noteのユーザーさんの、プライベートなお題企画のようですね。お題に乗っかって書いてみました。

※対人援助職には、守秘義務が課されています。記事に記す事例は、具体的な日時や固有名詞を明かさず、事例性を損なわない程度の脚色を施すなど、個人の特定を避けるための配慮をしていることを申し添えます。

(おわり)

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