ポケストップ

今日も口の中には砂利が散乱している。


「洋太、パス!パス!」

校庭で小学六年生くらいの男子達がサッカーをして遊んでいる。人数はまばらで日曜日に暇なメンツがとりあえず校庭に集まって遊んでいるのだろう。

キーパー役の子は、体格が他の男子と比べ物にならないくらい成長してしまいTシャツがピチピチだ。サッカーボールの行方などあまり興味なさそうに、ゴール付近でポケモンGOをやっている。

洋太と呼ばれていた僕と似ている名前の男の子はいかにもモテそうな、端正な顔立ちをしていた。見てるこっちが腹がたつ。将来ハゲて同窓会では女子達に悲鳴をあげられればいいのに。

そんな私怨を抱きながら、僕は鉄棒に手を掴み、くるりと回転した。今はもう小さく感じるこの逆上がり用の補助台を蹴り上げたのはいつぶりだろうか。

僕はあまり、いやかなり、小学校に良い思い出がない。出来るなら行きたくなかったし、燃やしてもいいと言われたら喜んで学校にガソリンを撒き、火を放っていただろう。ドラマにありがちな話だ。ありきたりな転校生で、そして学年全体でいじめられていた。

あの時も逆上がり台の近くだったかな。ハァとまた嫌な記憶を思い出してしまったとばかりにうなだれる。鉄棒の横の花壇のヘリにどかっと座り、砂利まみれになりながら先ほどのサッカー男子らを見つめる。ポケGOキーパー少年が本気を出して一点を回避した。咄嗟の事で手を離したスマホは一瞬宙を浮き、今はもう乾いた土まみれになっている。

秋風が冷たい。今日は酒が旨い日だ。焼き鳥も絶対に合う。合わない訳ない。

あの頃の教室は地獄を具現化したみたいな場所だった。インターネットも普及しておらず、Windows98が産声を上げていたあたりの頃。それはもう小学生の僕には現実という世界以外に僕の知りうる逃げ場がなかった。

「オイ、洋一。お前まだ学校これたんだな。」

朝、隣のクラスの山田が低学年の子分を従え、ひとり登校中の僕を半笑いで見て言った。コイツは僕のいじめの主犯格だった。塾でいつも同じグループで仲良くしていたから全く気づかなかった。

僕だってこんな糞みたいな教室に誰が好き好んで行くもんか。家の中にいる世間体モンスターズに行けと言われなかったらとっくに家の部屋の押入れの中だ。

「死にてぇよ。こんな生活。」

田中が嘲笑いながら通り過ぎたあとに思わず出てしまった。こんな生活になったのはまぎれもなく自分の幼い自尊心と見栄と幼稚な思考が原因。自業自得。小学校という小さい世界では多数決の裁判制度が鉄則なんだ。

知らない間に自分以外の人間の間でジャッジが下されていて排除しようとなったら切り捨てられる。田舎の小さい世界だったらそんなものだ。誰も助けてくれなかった、口を聞いてくれなかった。親までも。そんな親を憎んでいたし、周りの人間も信じられなかった。

みんな笑って生きながら人を殺す怪物。己もまた誰かを傷つけてしまい殺してしまう怪物。

今、25歳の僕が、過去の僕の隣に行けたのなら。

「責めるな、振り返るな。自分が死ぬんじゃねえぞ、前を見て生きろ」

「俺だけが味方だ。それだけでいいだろ」

「誰も信じなくていい、馬鹿みたいに笑わなくていい。ただお前の明日の輝かしい未来を考えろ。」

「自分を愛せ。自分だけを愛せ。」

僕は。あの、思い返すだけで苦しくて辛い。涙の止まらなくなる、気の重い階段を上った先にあるトイレの個室の横に立って毎日泣いている僕に向かって言ってやりたい。

大丈夫、なんだかんだ、人生は長い。
選択肢なんていくらでもある。失敗はいくらでもあるから。自分の居たい場所にいなよ。優しくて好きな居心地の良い最高な場所を見つけてそこに逃げなよ。待っててもだめだ。自分で見つけるんだそれは。苦しくても。わかるか?

誰も言ってくれなかった。誰も諭してくれなかった、エゴだらけの汚くてつまらない世界だった。誰も優しくしてくれない。そう自分で勝手に決めつけて。窮屈で孤独だったあの頃。

今ならわかる。今なら、強くなれる。
口の中はあの頃も今も砂利だらけだけど。

苦くてまずい。
吐き出しても吐き出しても残る。
口の中の異物感。

洋太がゴールを決めた。周りといえーいとハイタッチをしている。キーパーのTシャツピチ男が悔しそうな顔をしてうなだれている。

僕は、あの時。
周りに見せつけてやりたくて、悔しくて。周りの人間全員に復讐してやるとばかりに。鉄棒近くのフェンスを飛び越えて車に向かってダッシュをしなければ。未来は。もしかしたら、違っていたのかな。

たぶん変わっていたと思う。

ふと。なぜかこんな考えになった。
初めて、自分も人も愛せるような気がした。

「また、どこかで。こんな自分も僕は僕が好きだったよ。」

洋太が鉄棒の方を見た。

「あれ、誰かいたような気がしたけど」

「ずっと誰もいねぇよ気のせいだろ。」

「あるとしたら、そこ。ポケストップだぜ」


ポケGOTシャツピチ男がスマホを拾いながら言うと同時に、下校を知らせる17時の鐘が鳴った。




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