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モノローグでモノクロームな世界

第十部 第三章
二、
 この世界には他にも問題が多い。
安心安全の名のもとに集められた人々の個人情報。それらは、感情という極めてパーソナルな部分まで全てが数値化され判断される。
そして、そこにそぐわないと判断された人々は、壁の外へと追放される。意思も生まれも関係なく。
 壁の中の人々にしても、かつての西暦世界のような自由度は極めて低い。人々はこれら収集された個人の情報に基づき、将来の職業選択が適宜行われ、そこから人生を選択しなければならない。一部の富裕層を除き、多くの者は、政府から決められた居住地域に住み、仕事に勤しむだけの毎日を繰り返す。
 芸術一般や書物に関しては、その多くが感情を強く刺激する危険物とされ、発禁対象となり壁の中で公に取り扱われる事はない。それらの多くは、ネット空間の奥深くか、サカイの闇市でしか今や手に入らないデッド・メディア、貴重物とされ、高値で取引され、一般の人の目に触れる事は少ない。
 それでも、壁の中の多くの人々に、この暮らしは快適か、この世界が好きかと問えば、カランのように多くの者達が笑顔で、安心安全に暮らせればそれで良い、こんな楽園のような世界を嫌いな者等いないと返すだろう。
 彼らの多くは、自分達の生活に、自分達の全てが管理され決められた人生に、疑問を抱く事なく、ただ日々の生活を、ただ現在を生き続ける。
それを示すように、ナインヘルツの支持率は、機関発足以降、極めて百パーセントに近い数値を得続けている。

 彼らの目に映る世界が、本当は、偽りだらけの灰色の世界だと知ったならば、彼らは一体どうなってしまうのだろうか。
副島には、想像もつかない。
暴動が起こるのか、それとも、皆、希望を失くし、絶望に打ちひしがれるのか。
 この嘘をそのままつき通した方がよいのではないか。その方が皆、幸せなのではないか。それに、自分がやらなくても、いずれ誰かが気づき、彼を止めてくれるかもしれない。そうここに来る道すがらも、何度も思った。
もう引き返そうかと、足も止めた。
 だが、その度に思った。
もう嘘をつき通すことは、自分には出来ないと。
それに恐らく彼の事に気づているのは、この世界で副島ぐらいであろう。
自分はもしかしたら、この為にナインヘルツの検閲部隊に入ったのかもしれない。
そんな馬鹿げた考えを彼は自ら笑い飛ばすと、サカイとの壁のドアを開けた。

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