2021年に読んで良かった『The Transgender Issue: Argument for Justice』(Shon Faye)

ザ・ベスト・オブ2021

気が付いたらひな祭り!そしてもうすぐ国際女性デーですね。

…と下書きを書いていたのですが、なんともう3月も終わります!

本題に。

2021年は本を自分が読みたい本を読む時間が取れました。
中でも、2021年9月にPenguin booksから出版された
『The Transgender Issue: Argument for Justice』(Shon Faye著)がとても収穫のある読書となりました。

著者 & この本を知った経緯

著者: ショーン・フェイ(Shon Faye)
英国ブリストル出身。英ガーディアン紙、Pink Newsなどに寄稿するライターとして活躍。
オックスフォード大学卒。現在はロンドン在住。
Twitter(@shonfaye)*, Instagram(@shon.faye) で発信。
*1月中はツイッターはお休みしていました。Dry January(クリスマス休暇のあと、しばらく禁酒する)にかけて、1月はソーシャルメディアをお休みしようかなとインスタで投稿していたので、2月に復帰しているかと思っていました。しかしながら3月7日(ロンドン時間)の時点でもTwitterは停止中です。

そもそも著者のことを知ったきっかけというのは、イギリス人のコメディアンヌ、Suzi Ruffell のポッドキャスト『Out with Suzi Ruffell 』の Season 3 Episode 11 (2021年5月9日配信)のゲストがショーンだったことです。そこで9月に出版される本の宣伝をしていたので、これは!と思い発売前に予約しました。

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(このポッドキャストについては、また別の投稿で語りたいと思ってます!)

「シスジェンダー」「トランスジェンダー」どちらもフェミニズム

恥ずかしながら…トランスジェンダーに関するトピックは「当事者じゃない」という意識が邪魔をして、知識が圧倒的に足りてなかったし、積極的に学ぶ姿勢が欠けていました。

私自身は「シスジェンダー」の「女性」としてジェンダーに関するトピックを捉えがちです。しかし、トランスジェンダーたちが抱えている問題はシス・トランスジェンダー関わらず、個人の尊厳に関わる問題であることがソーシャリストの視点を持つ著者の言葉を読んで改めて実感できました。

著者のショーンはトランス女性*ということで、本書では主に女性、フェミニストの視点で多くの問題が考察されています。

家父長制と資本主義という社会システムがミソジニーを正当化してきた歴史があり、それが様々な問題 - 女性たちの分裂を招いていると指摘しています。もちろん女性だけでなく、家父長制は男性にとっても「過剰な」「男らしさ」を求めてしまうことに繫がり、成熟した社会を形成する上では良いことがないと言えると思います。

* 分かりやすさを重視して、こういった表現にしました。著者は本の中では「Trans women」 という表現をよく使ってます。

読み応えバッチリ -  読みやすくはない。

トランスジェンダー達が抱えている問題を単なる個人的なストーリーとして集約するのではなく、トランス達にとって生きずらい社会 が存在しているが故に起きている問題が存在していること、それはトランスジェンダー達の責任ではないこと、それをこの本は気づかせてくれます。

トランスジェンダーに関する本というと、これまでは「当事者」の幼少時代を振り返るエピソードだったり、個人的なストーリーを語った「メモワール」、感情的な呼びかけをする、共感を呼び起こす要素が強い本が多い印象がある方が多いのではないでしょうか。この本はそうではない。著者ショーンもこの意向をはっきりと序章で述べています。トランスジェンダーの身体を巡る議論、第2章『Rights and Wrong Bodies』でも、性別移行する際に医療側が抱えてるシステムの欠陥や問題点を個人のエピソードを交えて考察・指摘してはいますが、彼女自身の具体的な手術内容を語るようなことはあえてしていません。

(トランスである)私をサポートするのに、私のプライベートライフについて事細かく知る必要はない。「どうして?」ではなく、「なに」に注意を向けて。「なに」がトランス達を苦しめているのか、トランスフォビックな社会で生きるって「どんなこと」なのか。今の時点では、暴力、そして偏見の目を向けられて差別に合っているのがトランスの現状。

-本書 序章の15項より抜粋、拙訳

と読者に呼び掛けています。

この箇所が。おそらく、最も私に響いた言葉です。

「共感」に頼りすぎて、大事なことを見落としてしまう危険性に気づきました。襟を締め直す気持ち。

マジョリティがシスジェンダーであるこの社会で、トランス達が大変な思いをしていることに気づかない。そればかりか、大手メディアはトランスジェンダーが「脅威」であるかのように扱っていることが多い。トランスジェンダー達本人の声は置いてけぼり。

第3章の『Class Struggle』では大手メディアが仕立て上げてしまったトランスのイメージ像、というものを覆すリアリティを突き付けています。新たな学びを得ました。

トランスジェンダーという概念がいつから現れたのか、イギリス社会でどのように扱われてきたの興味のある方は第6章の『Kissing Cousins: The T in LGBT』が楽しめると思います。個人的にはとても興味深く読み込んだ章です。
BBCドラマのタイトルにもなった『ジェントルマン・ジャック』として知られていたヨークシャーの地主アン・リスターの例は面白かった。彼女の恋愛関係を現代と同じ感覚で単に「レズビアン」と呼ぶ/呼ばないことは正しいのか?という議論もあるけれど、「近代最初のレズビアン」と呼ばれ、コミュニティのアイコン的存在となっています。

本書によると、彼女と彼女のパートナーであるアン・ウォーカーが誓いを立てた教会の記念碑の記載を巡り、ひと騒動あったそうです。記念碑を飾ったThe York Civic Societyはアン・リスタートのことを「レズビアン」ではなく「ジェンダー・ノン・コンフォーミング」と記載したのです。しかし、オンラインで2,500もの署名が集まったことがきっかけで、2019年1月には「レズビアン」と記載した記念碑を新しく設置しています。

もちろん、彼女本人が自身のジェンダー及びセクシュアリティを現代の言葉でどう気表現するだろうかは分からない。日記など記録から推測することしか出来ません…それでも。今、この時代にレズビアンとして生きている人々にとって、アン・リスターがどういう存在であるか、その存在感、意義…彼女がレズビアンであると社会に認知されることが彼女たちの尊厳にも繋がる…単に歴史上の問題ではないことを学びました。

その他には、「ミスジェンダリング」の例として男性軍医としてクリミア戦争で活躍したジェームス・バリー氏のエピソードが紹介されていました。当時の解釈と現代の解釈のズレをどう反映するのか。
現代でいう「トランス男性」という呼び名は適切なのかという議論があることが知れて、とっても勉強になりました。


本書の肝とも言えるのはやはり第7章の『The Ugly Sister: Trans People in Feminism』。
トランスジェンダーを巡り、分極化するフェミニズムに焦点を当てた第7章。70年代から存在していた急進派フェミニスト達のトランス排除運動は少数派であると著者は分析するも、近年では自らをジェンダー・クリティカル(Gender Critical )フェミニストと名乗り、彼女達は反トランスの正当性を主張している。この傾向はイギリス特有だと語る著者。「XY染色体を持って生まれた」という理由で著者のようなトランス女性がフェミニズムの場に入ることを許さないのは、なぜなのか。

発売前後のリアクション

イギリスでは、発売直前に英ガーディアン紙がオンラインで本書の一部を無料で公開しました。今でも読めます。リンク

発売後の反応ですが…特に若い世代の間では好意的な取り扱いをされている印象です。UK版ヴォーグでは著者ショーンのインタビューも公開されており、この秋に読むべき24冊の一冊として紹介されています。

その一方で、9月に発売された後にサセックス大学で教鞭を取っていたキャスリーン・ストックが出版した『Material Girl : Why Reality Matters for Feminists 』という本がトランスフォビックであると、学生たちから抗議を受けたというニュースを耳にしました。

個人的な感触なのですが、本書で議論されていたトピックに対する意見は、世代によって感じ方が異なる印象です。私を含むミレニアム世代〜は概ねトランスジェンダーの権利をサポートしている傾向があると思われます。一方で、40代以降になると、高等教育を受けているか、アカデミックに属しているか関わらずトランスジェンダーを全面的にサポートしている人は稀で、厳しい見方をしている人が多い印象。これはやはり1990年代以降にQueer 理論がアカデミックで広まったことが大きいのでしょうか?

オーディオブックと合わせて読むのがオススメ

明石書店から日本語訳の出版が決まっています。
(2021年10月に著者ショーンがソーシャルメディアで発表) 

内容がかなり濃く、読み切るのに時間がかかりました。オーディオブックも購入し合わせて聞いてましたが、コレがなかなか良かった!スピードも調節できるからリスニングに自信がない箇所は再生スピードを落としてじっくり聴く、こともできます。私は早く読み終わりたかったので少し早めに再生して聴いていましたが、何より著者自身の声で聴けるのも嬉しかったです。


日本語の翻訳が出たら、そちらも読んでみたいなぁ。

長い内容にも関わらず、読んでくださった方、どうもありがとう。この本を読んでいる、または読んだ方がいましたから、是非連絡ください。語りたいことがたくさんです。

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