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だるまの嘘

朝、家に帰ると、家の前の道路の上に、黄色いだるまの置物が落ちていた。
昨年私の所属する合唱団が福島の演奏依頼に出演した日に、団員全員が報酬として頂いた、「金運だるま」の置物だ。
妙だな、と思う。
確かこいつは私が家の中の窓際に飾っていたやつで、外にあるはずはない。だが、彼は不自然にも道路の上に置かれていた。
不思議なこともあるもんだ。そう思いながらも家のドアを開ける。
特に変わることはない、いつもの家だった。寝不足で疲れていたのでとにかく早く風呂に入って少し寝て、大学に行こう。
そう思い、窓の内側にかけてあった服を取り込もうとした矢先、あることに気がついた。
ない。
窓際にかけてあった下着が、なくなっている。
五セットほどの下着といくつかの靴下をタコ足のハンガーに吊るしてあったのが、ハンガーごと、丸ごと消えていた。
慌てて箪笥の中や風呂場の物干し場を探す。しかし、ない。恐る恐る窓を確認すると、鍵が開けっ放しであった。この状態で丸一日家を空けていたことに、今、気がつく。そしてこの時点で、先ほど見たあの光景を思い出して、うわぁ、という声を漏らした。
だるまだ。
さらっと流していたが、そもそも家の中に飾ってあるだるまが外に出るなんてこと、人間が手を加えた以外にありえない。外に出てもう一度確認する。明らかに作為的に置かれただるまが、見る者をあざ笑うかのように混凝土の上に腰を下ろし、通行人の横顔を見つめていた。
下着泥棒である。
玄関にへたり込み、ひとまず警察に電話をした。

一人暮らしを始めて日は浅かったが、まさか泥棒に入られるとは思っていなかった。窓の鍵まで開けて、盗まれたことよりも自分の危機管理能力の低さに辟易する。
盗まれたことへのショックより、自己嫌悪と、下着を買い直すことへの金銭的負担が、哀れな私の体にのしかかってきた。

十分ほどすると、家に警察が数人やってきた。ひとり、イケメンがいた。生まれて初めて指紋とやらを採取されたが、初めての仕事だったのだろか、手にインクを付けてくる警察官の手はぷるぷる震えていて、額からは大量の汗が溢れている。さすがに緊張しすぎだろう。
被害届を出すつもりだったが、警察官が持ってくる書類を間違えたらしく、一時間半以上待たされてしまった。午後からの予定が総崩れである。
警察官たちを見送ったのち、睡眠をとる時間もないまま慌てて風呂に入り、大学へと向かうことにした。もはや書類を間違えた警察官を時間泥棒として訴えたい気持ちである。
下着は丸ごと失くなってしまったので、母親から大昔に貰ったどギツい緑色の下着に手をつけた。
まぁ、これから戸締りは気をつけなきゃな。そもそも鍵をかけ忘れてたのに、失ったのが下着だけだったのはもはやラッキーだったな。ひとり、イケメンがいたし。安上がりな勉強代だ。

そんなことをぐるぐると考えながら、誰もいなくなった部屋の中で、効果の全くなかった金運ダルマを握りしめていた。

オ…オ金……欲シイ……ケテ……助ケテ……