180528_鳩目町仕様ネイビーモデル67_へっだ

掌編「鳩目町仕様ネイビーモデル67」



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星語《ホシガタ》掌編集*8葉目

(2662字/読み切り/挿絵付)

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陽炎の中、ゆらり、青い屋根連なる白ばんだちいさな町、霞んで揺れた。

──ここはどこだ?

これは残像?それとも────

ふと気づくと、わたしは、光の爆発の中、坂の上から遠く水平線が見渡せる、どこかの町の只中に突っ立って、ノースリーブのワンピースをなびかせ、眼下に広がる青を見ていた。

照りつける午後の強い日差しは、盛夏のそれだった。屋根だか海だか、青の境界線は定かではなかった。

(この町は前に来たことがある…)

一回ではなく、何度も来たような気がするのに靄がかかったように、記憶を阻まれてる感じだ。

そこかしこの街路樹からジーワジーワ…ミンミン…と蝉の声が響いていたことに気づく。どこかの家庭から、ピアノのレッスンだろうか。たどたどしいようなトロイメライが流れていた。

まるでわたしは聴くことを思い出した風鈴の子どものように、しばらく蝉時雨に身を預けた。

手には何故か靴箱がひとつ。
「どこのメーカーの靴箱だろ…?」

藍色の箱に黄緑のちいさなちいさな、星…いや、花?を一面にちらしたみたいなしゃれた模様がついていた。

────振ってみるとパラパラ…といったような何かが弾けるような音が聴こえた。が、不思議とそれ以上は中身を確かめる気が起こらなかった。

がたがたと曲がりくねった石畳の向こう、野良猫というより、外猫が、鈴をちりんと鳴らして、通い先の家に“出勤”しているなんでもない日常が広がる。

────うっすらと思い出してきた。多分わたしはこの靴箱をどこかに運ぶ用事があって、この町に来たのだ。

でも、どこへ…。

坂のてっぺんを仰ぐと、ねじれたように大きなケヤキの緑の上に、和洋折衷。といったような大正時代辺りの建築物とおぼしき洋館の頭が覗いていた。

この洋館もかつてどこかで見た気がした。わたしは、石畳にくっきりと落ちる木陰を選びつつ、あてどなく坂の上を目指し始めた。

そこかしこから吹いてくる湿気を帯びた夏の匂いで、ガードレールの向こう側、入道雲が湧きたつようだった。

靴箱を抱えながら、蝉たちの合唱の中歩いてると、わたしはこの町の造作が、少し…いや、だいぶ変わっていることに気づいた。

───この町のあちこち、塀や側溝にどう見ても“ハトメ”※のようなものが打ちつけられているのだ。

(※衣類や紙、靴なんかに紐を通すための、丸い金属のこと)

こんな側溝の蓋あるんだ…。雨仕舞いはどうするんだろう…。この町では雨ではなく、紐でも通すんだろうか…。

よく見たらぼろぼろに錆びてかすれた街区表示板には「鳩目《ハトメ》町‐67丁目‐N番地‐0.2」とあった。

横からチリンと黒猫が一言。

≪そこ、見晴らしよくて、お薦めだよ≫と片目を瞑り、覗くジェスチャー。どうやら塀のハトメを覗いてみろ。ということらしかった。

恐る恐る覗き込むと、

「…あ」

ハトメの金具の向こう側、ぐりんと360度の夜が咲いた。───これは多分、鳩目町、ある日の夏の夜を仰いだ風景。海に映る大輪の花火。灯す黄緑、赤青白。

パァン、バラバラバラ…ドン…どこかのテーマパークの夜会のような光景が広がっていた。

目を疑って、何回も覗きこんだが、何回でも観れた。この塀の向こうには、ほんとは民家があるはずなのに、ハトメの向こうはまるで秘密の花園だった。

首をかしげながら覗き込んでるうちに、蝉の声が一斉にやみ、静寂が走った。

何故だかこんなキーワードが頭の中響いた。

(ドアをこじ開ける夢は、誰かがあなたの弱点を探ろうとしている暗示です…)

ドキンと心臓をつかまれたみたいになった。

次の瞬間、わたしはどこかの洋館、埃がうっすら積もった軋む階段、焼けた踊り場にいた。真鍮の六角形のはめ殺し窓から西日が容赦なく照りつける中。薄いガラスの向こう側、どこかで見たケヤキの大木の樹冠。

ここはどうやらさっき坂のてっぺんに建っていた洋館の内部なようだった。

ギシ…。ギ…。

「…お姉ちゃんだよね?」

誰かが、わたしを探しながら階段を上がってくる音がした。

見つかってはいけない気がして、息を殺し、靴箱を抱きかかえ、そろりそろりと上の階。三階の展望室のような狭い部屋に逃げ込み、鍵をかけた。

見晴らしのいい窓の外は、何故か藍色の夜だった。坂の上から遠い海、バァン…パラパラ…ドドン…花火が上がっていた。塀に打ちつけてあったハトメから覗き込んだ様子とまったく同じだった。

────きっとこのドアは破られる、そんな気がしたのでドアを押さえておける、何か…ないか…と焦りながら見渡した。

パァン…ドド…バァン…パラパラ…ドドン。どうやらお祭りも終盤といった様相で、空に別れを告げるかのように、大輪の花が次々と連弾を奏で、わたしの頬を逆光で彩り、産毛を染めた。

つい気をとられてると

「いるんでしょ」がりがりとドアをこじ開ける音。

気づかれた…!

わたしは必死でノブを掴んで、全身の体重をかけて防いだ。緊張で喉が乾いた。もう一度さっきと同じキーワードが頭の中走った。

(ドアをこじ開ける夢は、誰かがあなたの秘密を探ろうとしている暗示です…)

───この町は前に来たことがある…。しかも一回ではなく、何度も。

ドンドド…パァン。綺羅星のように記憶を遮っていた靄が爆ぜた。

───そうだ、ここは何度も視た……。
───何度も来た夢…。夢の扉の、何番目かの向こう側。

うつつのセカイの方で、わたしは、夢占いが、気になって調べた…。

───この夢の終わりは…。
こんなに体重をかけてるのに、ギギガゴ…と虚しく鍵は破られた。

隙間から空っぽみたいな顔をした、青い顔の少年が入ってきた。ぎょろりと隈《くま》の目立つ顔立ちで、呆然と指差し

「お姉ちゃん、約束の”それ”を」

指された先には、藍地に黄緑の花、名前のない靴箱。おそるおそる手渡すと、箱の中身をあらため始めた。

少年の手には、クタクタになるまで丁寧に履いたと思しき、ハイカットの青コンバース。

ドォン…パラパラ…。空が爆ぜる音圧が体全体を包んだ。

少年は、これが欲しかった。といわんばかりに丁寧に紐を抜いて、ポケットに畳んで入れてから

「これが、この町」

ほら。と目の前に紐の抜けたコンバースを差し出した。

わたしと少年の横顔に窓の外の藍と黄緑、夏の夜空が映り込む。

このコンバースのハトメをあらためて覗きこまなくても、もうわたしにはわかってしまった。

きっとこのハトメの向こうにも───どこかのテーマパークの夜会のような大輪の花火が海に映ってるんだろう。

「またきてね」

空っぽの少年は内緒だよ。と、シッと指で合図をし、そのまま履き古した”町”を一足、わたしにくれた。

*了*


何度も見た夢をもとに物語として構成しなおしたもの。書きおろし

(c)mamisuke-ueki/2018

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ツイッターでこのわたしの呟きを読んだ方は、今回のお話は元ネタこれか!と思って読み進めたかと思います。


これを呟いた時、多分我慢できずに書くんじゃないかなと思ってたので、靴箱のキーワードは伏せていました。ほんとの夢は、冒頭で自分が手にもった靴箱に何が入ってるか分かった状態で進行するんですが、順序をひっくり返せば読み物になるかも…と思いついたので、書いてみました。

それにしても今世紀最大にハトメハトメ書いた気がする。ハイカットのコンバースってなにげにハトメの量が多くて、脇についてる2つのハトメは通称「コンバースの謎の穴」という呼ばれ方をされてる、紐の長さ調節用の穴なんですが、それも合わせると両足合わせて36個ぐらい空いてるようなタイプのものもあるので、鳩目町役としては、ちょっとだけ覗けるところが多くて丁度いいシューズかなぁと思います。

今回挿絵描きたすぎて、つい色まで塗ってしまいました。靴紐ほんとは外さないといけなかったんですが、A4サイズで靴しか描かなくていいのに靴紐が描けないとか、耐えられなかったので…!

靴が出てくるのに、嫌な夢でした!


*お詫び*

コンバースのエンブレムって靴の内側に入るやつなんで、この角度でエンブレムが見えるのは左足のはずなんですが、右足で描いてしまってます。コンバースマニアの方申し訳ありませんです。