180906_8月31日切符を拾った__ヘッダ003

【短編】8月31日、切符を拾った。02



≪*午後編*≫



***sideちいさな”ワタシ”***


───大人だからって道をしってると思ったワタシがバカだった。


「ご、ごめんね…」
「……いいよ、もう…」

ワタシとめがヌ。2人ともヘトヘトでいしだたみの細い道。古いかいだんのとちゅうで座りこんでいた。きっとこういうのを”徒歩《とほー》がくれる”というのだ。もさもさの木々の向こう、とおくにやねと海が見えた。

あれからめがヌは「任せといて!」となんとなく左よりに丘をおりて、とにかく左に進んだ。どうして左なの?と質問したら「西は左にあるんだ~」とじしんまんまんで笑ってみせた。

へぇー勉強になる……と思ってついて行ったらなぜか迷った。なんだよ~もう~~またけーさつかぁ…。

ひらあやまりしながらジュースをおごってくれて、しばらく休んだあと、言い出しにくそうに

「ね…ケータイとかって…」
「まおたちの周りじゃ…」
「今どんな感じのカタチなん…」

どんなのってどういえばいいのってしばらく聞いたあと、カタチがとにかく知りたいというので

「ん~」
「今ぱこんぱこん折るやつ以外なんかあるっけ?」

と答えた。

「プ、プリキュアって今何人いる…?」
「…??ふたりかな?」

「…ぐああ…」

その他に今はやってるTVやおんがく、まんがなんかを聞かれた。

聞くたびに青くなって「どうしよう…」とうなだれ、ずっと大切そうに持ってる、顔が描いてる、空っぽの鉢をおやゆびでかるくなでた。なにか大人のじじょうとかいうのがあるのかもしれない。
(めがヌも植物が好きなのかな…)

「とりあえずまおから帰ろうか」
「明日から学校でしょ」

「・・・───」

───その一言が、とたんにワタシの心をぎゅうっとさせた。

「…どうでもいいよ」
「学校なんか…」


そうだ、あんなくだらないやつら、どうだっていい。リュックの中には、きっと3日分ぐらいはしょくりょうもある。めがヌが水も買ってくれた。帰らないっていうせんたくしも、あるのだ。


***sideおおきな”わたし”***

(朝顔の宿題は…)
(わたしが、小学校4年生の時だったはずだから…)


プリキュアの数とだいたいあってる。多分2006年ぐらいだと思う。

───やっぱりわたしの子ども時代の時間軸に戻って来てるみたいだった。

(どこから不思議な展開に足突っ込んだ…)

拾った切符みたいな葉っぱ…。───あやしい…。
通り道にあった大鳥居…───あやしい…。
8月31日…───あやしい…。
ファンタジー小説家志望…───あやしい…。
頭の左だけ激しい寝癖…───あやしい…。


全部全部要因みたいな気がする。

ごちゃごちゃと戻る方法を考えてみようとしたけど分からない。まぁ分かるわけないのだけど…。とにかく道を覚えてるところだけでも、同じ道を通りなおしてみるしかない。

(とりあえず大鳥居か…)

左じゃないのだとしたら、どっちなんだろう。右か…。道を聞けば早そうだけど、こちらから意図的に現地の人と接触するのは、なるべく避けておきたい。謎作用で時空の扉が閉まったりするかもしれない。

(う~~ん)
(…まぁ)
(何とかなるかァ!)

しばらく悩んだ末、持前のO型らしい謎のポジティブで抑え込んだ。

さて、大人の務めとして…。

 +.。゜

「とりあえずまおから帰ろうか」
「明日から学校でしょ」


やってない宿題もまだあるはずだった。

ねっ!?と顔をのぞきこんだ。まおの顔色が明らかに変わった。

 +.
 。゜

「…どうでもいいよ」
「学校なんか…」

(………あ…)

まおは途端に、ムスっと険しい表情を見せ、

「別にどうもない」
「いかないってせんたくしだってあるし」
「めがヌから先に帰んなよ」
とそっぽを向いた。

しばらく黙った後、はぁ…とこの世の闇全てを纏ったような溜息をついた。

(…そうだった)
(…学校…)

8月31日、心にどんより立ち込める、暗雲。


───わたしは学校で、浮いていた。



西日に照らされ、ありありと蘇る。封印していた、学校でのあれこれ。

≪はーい注目~≫

教師という名の産業廃棄物が手を叩き、半笑いでこう言った。

≪けしごろうって名前が書かれた消しゴムが忘れ物で届けられていまーす≫

先生の呼びかけでドッと教室中が湧いた。今もそうだけど、わたしは昔から道具にも全部名前をつけて、可愛がっていた。

≪まおだろww≫
≪恥ずかしwww≫
≪先生ーぼっちをいじるのは可哀想だと思いまーす≫

≪こんなだから、まおは成績が悪いんで、皆さんは気をつけてくださーい≫

はーいという笑い声。遠巻きに(ひどくない…?)とかいって、見てるだけ。いい人ぶりたいだけの傍観者ども。

先生は、わかっててわざと皆の前で言ったのだ。けしごろうは3日前いつの間にか筆箱からいなくなっていた。わたしはトモダチを袋にしまう時、かならず点呼しながらおさめる。無くしてたらしまう前にわかるはずだった。

───誰かが嫌がらせで盗ったのだ。

───わたしは、トモダチをバカにされたのが、許せなくて…。

つかつかと教壇まで歩いて行き、会釈をして、けしごろうをひったくって奪還したあと────

ガシャーン

────先生とその取り巻きめがけ、本棚を引き倒し、バケツを雑巾水ごと投げ付けた。

「こンのくそがきィイ」わぁわぁと叫び声が5限目の廊下に木霊した。

押さえつけられても齧った。頭突きした。唾を吐きかけた。暴れに暴れた。

───幸い、皆、軽傷で済んだ。お母さんが、わたしの代わりに謝って回ってくれたけど、きっとよっぽどのことだったのだ、と。暴れた意味はわかってなかったろうけど、特に咎めもしなかった。

おかげで気軽にいじってくるヤツはいなくなった。

けれど、

───わたしはいよいよ孤立してしまった。

 +.
 。゜

それでも良かった。

だって、わたしには、ニンゲン以外のトモダチが沢山いた。

≪朝顔の観察日記を9月1日に提出してもらいます〜≫

───あさたろうは、初めてわたしがもらった、植物の…トモダチの種で…お花が咲くって話を聞いて、天にも昇る気持ちだった。

───クラスのヤツらは、コソコソとわたしの鉢に書かれた名前を見に来て、

≪あさたろうだってww≫と笑った。





橙色の風に乗って、もう、ゆうさりが迎えに来る時刻。まおは、すっかり、黙り込んでしまった。

「そっか」
「そうだよねぇ」

わたしはどう言葉をかければいいかわからなくて、

「そうだなぁ」
「よーし」
「わたしも、明日バイト休んじゃおう」と

まおの頭を撫でた。子ども扱いしてるわけじゃなかったけど。撫でてしまった。

「いかなくったって、死なないもんね」
「サボってどこに行こうかなぁ」
「服買いに行きたいんだけど、お金がなくってさ」

どんどんうつむいていく…。どうしよう…ぐしゃぐしゃと撫でる、撫でまくる…。いいんだよ、いいんだよ…。

まおは散々黙りこくった後。
ぼそりと

「枯らしちゃった。なんて…」と肩とこぶしを震わせていた。

そうだ、だから尚更───

───枯らしてしまった。だなんて、

言えるわけがなかった。




***sideちいさな”ワタシ”***

ゆうやけが辺り一面、おかえりなさい、ただいまなさいとみんなにいってるみたいな空だった。めがヌはしばらくだまった後。そうだよねぇ、と、

「よーし、わたしも明日バイト休んじゃおう」

ちらとめがヌの顔を見てみた。少し目が合ってにこっとやったので、したをむいてしまった。

西にしずむみかんみたいな太陽をみながら、ずっとぐしゃぐしゃと頭をなで続けてくれた。

(あれ…あれれ…)

急に辺り一面ぶわーってゆれた、ゆらゆらゆうやけのぞうりょうサービスというかんじだった。

目の中からごぼごぼと音を立て、海があふれた。

「枯らしちゃった。なんて…」
「言える…わけ…」

あれれ、こんなさっきあったばっかりの大人に、ワタシはなんでこんなたいせつなことを急に話してるんだろう…。

”みじめ”ってやつが山ほどおしよせて、どんどん空いっぱいにひろがっていく。風が少しすずしくなってきた。

「ひ、ひりょうをあげたら…もっとお花が咲くって…」

「そし…たら、逆で…」めがヌは頭をなでながら、うん、うんって、聞いてくれた。

「な、夏休みの、後半の、えにっきも」

8月7日*たくさんお花が咲きました。

8月11日*かみかざりにしておでかけしました。

8月16日*屋根までのびました。


「うそばっ…かり、描い、ちゃっ…」

これ以上泣くのをがまんしてゴシゴシ顔をぬぐってたら、めがヌが、

「…その日記はそれでいいんだよ~~」と膝に乗せてぎゅうとだっこして、気にすんな気にすんなとティッシュを出してきて、鼻をぬぐってくれた。

ワーーーーーッ

はりさけそうな声が出た。もう止め切れなかった。なんでかめがヌも目が真っ赤っかだった。

そろそろツクツクボーシがひぐらしとかいうきれいな夜のなき声のとこうたいする時間だ…。もうすこし、ツクツクボーシはさわいでてほしい。カナカナカナ…なんてよわっちかったら、ワタシの泣き声が、みんなに聞こえてしまう。

「日記の中でいっぱい伸びて、お花も咲かせて貰ってさ」
「それって、物語みたいで、すてきだよ~」

大人からいいこいいこされるような年じゃないとおもってたのに、頭をなでられて、ぎゅうとだっこされるたびに涙がごんごんわいてくる。

めがヌは、なんだかどこかで見たような顔をしてるってだけじゃなくって、他の人じゃないみたいだった。

ひくひくといきができない中、お母さんのひざのうえとはすこしちがう「ほっ」があった。

いきなりだいこうずいだった、もしノアがワタシの目に住んでたらなら、牛とか馬を舟につむのがおくれて、流されちゃってるところだ。

めがヌはワタシを、よいしょ…とかかえ直して。しばらくだまった後

「まおは、そのカナシイを…」
「す…捨てちゃ…だめだ」

とつぶやいた。

ふと顔を上げると、めがヌはうるうると目に涙をためていた。

「あのね、まお」
「わたしもね…」
「トモダチ…」

ひとつひとつの言葉を、みじかく切りながら、ゆっくりいい終わった後、スゥ…としんこきゅうの音がきこえた。

「と、トモダチ…」
「か、か、か」
「枯らしたばっかなんだけど…」

手には今日ずっとつれて歩いていた、───空っぽのちいさな鉢。

「わかんないんだァアアアアア」
ワァアーーーーーーッ


(た…たいへんだ!)


ワタシより派手に泣き始めた。


***sideおおきな”わたし”***

まおはわたしが急に泣き始めたので、一瞬びっくりしたような顔をした後、お姉ちゃんみたいな顔をして、背伸びしてわたしの頭を撫で始めた。まおの、昔のわたしのやさしさが、沁みた。

「わたしね、なんでか、わかんないんだけど」
「いっぱい悲しくないの」
「トモダチが枯れたのに」
「悲しいかどうか分かんないの」

ワァアーーーーーーッ

ごちゃごちゃ悩んでパンパンに腫れた”わからない”が、膿になって目から絞り出されていく、もう止まらなかった。

「めがヌいっぱい泣いてるじゃんーー」
「これは”カナシイ”がわかんないから、悲しいのォオオ!」

ワァアーーーーーーッ

一応、体面というか、まおの方がつらいはずだから、泣かないでいよう…と思っていたんだけど、無理だった。

────遠き、山に、日は落ちて…。

+.
 。゜

どこか遠くのスピーカーから家路の唄が流れ始める時刻だった。


「〆切りで…いっぱいいっぱいで…」
「…お…金も、なくって…」

「こ、こんなの…言い訳で」
「に、にくのすけは…」
「あなたなら責任持って可愛がってくれそうだから」とかいって…園芸店のお姉さんから……託されたのに…」

「こんな無責任な…」

おおきなわたしとちいさなワタシ。べそをかきながらふたり石畳の階段で頭をなであいこする…。今朝バイトを休む電話を入れた時、想像出来る範囲を遥かに超えた出来事。

「色々考えてたら…」
「わからなくなって…」

 +.
 。゜

まおはリュックからフェリックスくんガムを出してきて、

「急にわからなくったって、よくない?…それ」
「だって絶対めがヌは今悲しいじゃん……」と、はい、とガムをくれた。

ガムをかんだら、甘くって、お花みたいないい匂いがして、子供のころの味がした。

かんでたら、また泣けてきて、まおに抱きついて泣きじゃくってしまった。情けない…。

 +.
 。゜

───にくのすけは何度も何度も園芸店に担ぎ込まれた。心配で、心配で…。過保護すぎるのはよくないよ。とか、うちの多肉はもりもり増えてるよ、だとか、外野からテキトーにあれこれ言われた。

それでもにくのすけの体が弱いなんて口が裂けてもいいたくなかった。植物だって、人の話を聞いてるのだ、そんなことを言われたら、にくのすけが気にするに決まっていた。

バイトを首になって、3か月まともな収入もなく、それでもわたしは、文筆業にしがみついていた。

そんな折、舞いこんだ破格の案件だった。

(ここでにくのすけのことでへこんでたら…)

原稿が間に合わない。と思った。

───わたしはたかだか十数万円の仕事を優先して、魂を売り渡してしまった。

 +.
 。゜

「こんなに悲しいなら、”カナシイ”なんかいらないって」
「どこかに捨てちゃって」
「そしたら、風景が、ヘンなんだ」
「モノたちが、”物”なんだ…」
「喋らないんだ…」

ワァアーーーーーーッ

高い空の天蓋に、薄紫のカーテンが少しずつ降りて、もう秋だ、家に帰ろう。と風が吹く。どうやって帰ればいいかもわからないわたしの髪をさらり、撫でて吹く。

「まおは、ぜったいぜったい」
「無くしちゃダメだよォオオ」

この涙は何だろう?どうしてわたしは泣いてるんだろう…?どこにやっちゃったんだろう、どうしていらないなんて、思ってしまったんだろう?

どうすればよかったんだろう?わからない、わからない…。ぽつんと孤独が木霊した。

まおの話をしてる途中だったのに、ほんとに情けない…。こういうのを会話泥棒って言うんだ。


***sideちいさな”ワタシ”***

手をのばして、何回も、めがヌの頭をなでた。

(おとなも泣くんだなぁ…)

なんだか、おとなになってもトモダチが植物で、いっしょうけんめい育ててるようなひとにはじめてあったから、ワタシの方はカナシイが半分に減った感じだ。ワタシは悲しくっていいんだって思ったら、逆にラクになった。

それにしてもあんまりにも泣く。めがヌは”カナシイ”がわかんないっていってるけど、もしめがヌがあとの時間ぜんぶわらってたとしても、こんなのぜったいカナシイでいいとおもう。

「あ、あの…」

ふと、後ろからおどおどしたような声がきこえた。

「だいじょうぶ…ですか?」

おとなしそうな感じのおんなのひとだった。まえがみが長くてかおがよくわからなかったけど、長い髪を後ろでしゅっとくくって、会社帰りっぽかった。

しばらく泣きじゃくるめがヌをワタシと一緒になだめた後。めがヌが連れていた”顔が描いてある空っぽの鉢”に気づいて、

「植物、お好きなんですか?」

ウワァアァアアアアーッ

お姉さんは、なだめるのがふりだしにもどってしまった。ワタシもなんかまた泣き始めてしまった。

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