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掌編「庭師は地平に林檎の苗を」


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星語《ホシガタ》掌編集*9葉目

(2728字/読み切り/キャラデザ付)

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線原《せんのはら》地区は、その名の通り、延々と地平線が続く区域で、神の一筆。という通り名がついているぐらい、だだっ広く、単調だった。

わたしは小包を抱え、隣丘の大ペリカンのところまで、”お使い”にでているところだった。歩くたびローブの襟から三つ編みがぴょこぴょこと生き物みたいに反り、西日が弾けた。

もう少しちいさめのローブがあればいいのに、道具屋で安く買うと、いつもだぶだぶと裾を引きずってしまう。

歩数計を確認すると、やっと8分目あたりなようだった。宵の便までには間に合いそうだ。ここはどうしても日刻や歩いてる感覚が鈍る。気を抜いたら迷ってしまう。注意深く羅針盤をかざしながら、北西にひたすら向かう。

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────地平線の向こう、陽炎に霞んで、ニンゲンの姿。

ひょろりとした風貌のぼろぼろのマントの青年。進路はどうもこっちの方角だ。キョロキョロとどうしようか、思案しながらの行軍といった様相で、青林檎を一つ、手持無沙汰な感じで、携えていた。

無精ひげを引っこ抜いて「あいてー!」と少し目に涙を浮かべていた。線原《せんのはら》地区で人とすれ違うなんてなかなかないことだった。

ビュゥと大陸ごとさらうような風が吹き、旅人のマントがめくれた。

なんだろうこの装備…。どこからやって来たのか、初めて見るような服装だった。

立った襟、かつて白かったシャツらしき上着の首の辺りから、黒くてひらたいような布が結わえつけられ、はためいていた。

旅の青年はわたしと目が合うと、あからさまに鼻の下を伸ばし、

「こんなところで、こんな可愛らしいお嬢さんに熱視線を喰らうなんて」
と、ごしごしマントで手を拭いて、握手を求めてきた。

ちょっと待ってそんなのじゃない。

「気のせいです…」なかったことにして通り過ぎようとすると、旅人は「きびしーなぁ」と笑った。

砂で真っ白に曇った大きな眼鏡を拭いて、キリっとかけなおした。が、もさっとした雰囲気はあまり…いや、全然変わらなかった。

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空を覆うほどの大きさの金色《こんじき》がゆるゆると、地平線の上に浮かんでいた。

橙から薄紅へと美しいグラデーション、藤色にそまりかけの天蓋には、もう西極《さいはて》星が光っていた。

「もうこの辺でいいかァ」
「決めた、ここらでいい加減、植《か》こう」

「せっかくだしね」

フッと笑ってボキポキと首を鳴らし、旅人はそこら辺にしゃがんで背中にしょっていた大きな道具袋からスコップを取り出した。

指した先には線しかないような地平の彼方。どこで何を書くんだろう…。早く隣丘に向かいたいのに、何故だかこの儀式のような瞬間から、立ち去れないでいた。

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「次はどんな苗を植えようか…」
「心躍るような、ラブは欠かせない…」

???何の話だろう…。

「ヒロインはキミみたいな小柄な子が俺の得意ジャンルでね」
「決めた、三つ編みっこにしよう」

「?????」

「次こそドラゴンが出てくるような世界観にしたくってサァ!」

旅人はスコップで浅く穴を掘り、林檎を土に埋め、銀のじょうろを取り出した。

「俺は庭師《writer》」

じょうろに向かい、もそもそとナニカを唱え、天蓋の藤を仰ぎ、最後に

「キミの好みのタイプを教えて」
「せっかくだしね」「出そう」

と、じょうろに光を満たしながら、笑うので、頭にハテナマークを山ほどつけながらも

「……んーー…」




「お、夫かな」と返答した。


────刹那天が轟いた。

「ひ、人妻だとォオオオオォ!?」

萌え散らかしたような表情の旅人を、ハートの矢が貫いた。うっかりじょうろを取りこぼし、林檎の上に盛大に巻き散らした。

見る見る間に林檎のあたりから、空が生まれ、鳥が羽ばたき、コケコーがゲェーゲェーコケコケ叫びながら飛び出し、最後に無数のマッチョ…夫の姿が空に向かって放射された。オゥフ…。

「あ”あ”あ”…びっくりして”分量”ミスっちまった」

頭をかきむしりながら、がらがらと音を立て、道具入れをひっくり返す旅人。ガァコのお風呂おもちゃ。古い金火燈。バンダナを巻いたレオレオのぬいぐるみ。四つ葉のクローバーのカード…。

何故持ち歩いてるかいまいち分からないような、しかし本人はものすごく大切にしてそうな小物たちがどんどん出てくる。庭いじりの道具なんかほぼないみたいだった。

「あったあった」と苦労しながら、美しいオイルタイマーを取り出した。瓶をひっくり返すつど、青と翠の液体がぽたぽた行ったり来たりするタイプのもので、大きさ的には1沙分ぐらいしか測れなさそうだ。

なにやらごにょごにょとじょうろに光を注ぎなおしているみたいだった。

なんだか、この人を見ていたら、不思議な展開に慣れざるを得ない感じだ。何がなんだかさっぱりわからないけど、きっとなんとかするんだろう…。

「いやー驚いた、まだ15歳ぐらいかと思ってて…」

なにかごちゃごちゃ言ってるようだったけど、わたしは顔を赤らめながら夫だらけ、男いきれで、むんむんムキムキの空を仰いで、手を振り返したりするのにいっぱいいっぱいになっていた。

3人ぐらい持って帰れないだろうか。保存用観賞用使う用。いや、4人、使う用は2人欲しい…。いっそのこと、5人…。

「これでなんとか…」

じょうろから、さらさらと、青と翠、さっきのオイルタイマーと同じ配色の光る砂が、土に埋まった林檎に注がれた。

────林檎が翠をうけるつど、飛び出した鳥が戻ってきては、吹きだした空が収束していった。

────林檎が青をうけるつど、空の夫が一人ずつ煌めきながら消えて行った。さようなら夢のスペアたち…。またいつか…。

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全てが収束した後に、ぴょこんと、土から空色の芽が覗いた。

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「おっ、いいねェ!」

「こーゆーのが」
「トライ&エラーってヤツだ」


満面の笑顔で握手を求められた

「キミのお陰でいい冒頭になった」

────きっと悪い人じゃないのだろう。今度はスッとわたしも握り返した。

”庭師《writer》”と名乗る謎の旅人は、本《はな》が出《さい》たら送るよ、と言い残し、わたしの棲家の番地も聞かずに、またね。とマントをなびかせた。

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────結局、隣丘に着いた頃、大ペリカンは丘中を震わせるような規模のいびきを立てて、巣に戻ってしまっていた。明けの便が開くまで、野営して待機しないと…。

”安全圏”腕《カイナ》地区にテントを張らせてもらえたからよかったようなものの、もし定員オーバーだったら、と思うと、いつかまた庭師にあったら、文句をつけてやるのだ、と。

きっとまたどこかでフツーにばったり会うんだろう。何故そう思うのかは、わからないけど、

────その日をほんの少し楽しみにしながら、満月浮かぶ丘の下、焚火の前、マグを揺らしながら、今日の奇妙な出来事を思い、クスクスと、小さく笑った。

*了*

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「ミカダさんのあんまり不思議じゃない冒険」
の全ての作業工程を終えた記念で書いたもの。
&
フォロワさんからの小包へのanswer。ありがとう!

(c)mamisuke-ueki/2018

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多分うちのツイッターをフォローしてる方は「お前は何回ミカダさんを書き終ってんの」って思ってらっしゃる方もいるのではないかと思うので、簡単に説明すると、本編→3月上旬,了。エピローグ→4月下旬,了。挿絵やなんやらの最終調整がついこの間6月上旬,了で、計3回山を超えたのです。長かった。後は残りをUPしていくだけ…。

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キャラデザ表。

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*ヒロイン*(ユーノ)
おゆうさんをわたし風に(勝手に)変換したキャラです。小包ありがとうございました。わたしが描くならカニみたいな三つ編みさせよう…とか思いながら書きました。SS専用キャラです。

いただいたもの全てがきらきらと輝いて、わたしの心に灯りました。いつまでこういうことが出来るか分からないので、時間を割けるときぐらいは、力いっぱいanswerを。届いてくれていたら嬉しい。

*庭師*

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いささか先生みたいな位置のメタ発言キャラと思ってくだされば…。こいつの風貌はこの↓短編で出てきたこいつがイメージ近かったので、設定を軽く変えてそのまま使っています。あとクリスマスの短篇のラストに出てくる”物書き”もこいつかなぁ。


新しいお話描きます!