小説*ミカダさんのあんまり不思議じゃない冒険*38

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38話-「”生き物”」

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チカイチカイ山の頂。白い息軽くはずむ、金色の二日月《ふつかづき》の夜だった。

細い月灯りを懸命に加勢するかのように、銀熱鉱のカンテラの火花たちと松明の灯りが、野営地の山吹色の木の葉たちを揺らした。何かの拍子に、簡単に吹き飛びそうな灯の結界だった。

遠くから、オーオーと何かの遠吠え。俺はここだと、月に向かって訴え、風に渡って響いていた。

わたしとチロタも何故か、月に向かって、訴え…いや…………大ゲンカになっていた。

「ダメだ!」

髭を剃り、人狼のようだった髪を水で清め、前髪もナイフで軽く切り。ざんばらの髪を軽く編んで後ろで高く束ね、破けた肌付きを変え、体中を拭き終り、だいぶ小ざっぱりしたようなチロタが、顔を真っ赤にして、何故かわたしの腕をつかんで離さない。

——明日は智慧のカシの神域に入る。わたしたちは、神に会う前に、澄んだ水で汚れた体を”禊《みそぎ》”しなくてはならなかった。これはこの星のどの儀式の時も同じで、神界の住人たちに失礼のないよう、必ず身ぎれいにしなくてはならない。

「…離してよ」「ちょっと遠くの方でささっと拭いてくるだけじゃない…」

わたしは、いい加減イライラしながら、ため息をついた。この押し問答でもう2沙《さ》は無駄にしてしまった。

「こんな山奥で、一人で装備を外すだと!?」顔から湯気のようなものまであがっている。何故か視線を合わせてこない。

禊《みそぎ》とはいえここは山頂。湖の水を桶に汲んできて、布で簡単に清拭するだけだった——。ので、別に全部脱ぐわけでもないし、この無駄にした2沙でさっと拭いて、もう寝る準備も出来たはずだ。

チロタは始終慌てたような様子でこう続けた。

「や、や、藪の影から悪漢とかが飛び出して…」
「そ、そのぅ…あ、あ、危ねぇかもしれねぇだろうが!

この巨体全部響かせるような大声で、わたしは怖くて耳を塞いでしゃがみたいような気持ちを、ぐっとこらえながら、言い返した。

「櫂は装備したまま拭くから大丈夫です!」

チロタは耳まで真っ赤になりながらぼそぼそと「…そういう問題じゃねぇ」だの「あ”~もうこれだから」だの呟いていた。

「明日早いんだから、早く清拭させてよ!」

溜まりかねたようにチロタは叫ぶ。

「お前は女の子なんだよ!この、バカたれ!」
「俺がすぐに助けに入れるとこで拭け!」




月がわたし達のやりとりを聞いてるかのように、天高くニィと笑っていた。——結局3沙ほど言い争ったろうか。

押し問答の末、≪命を賭けてそっちを向かない≫という約束で、わたしが体を拭いてる間中、チロタはすぐ近くでずっと後ろを向いて、番をすることになった。こうなると、もうチロタに従うしかなかった。

この体格差で勝つには、急所の中心に一発当てるとか、そのぐらい極端な対応になってしまう。これ以上、沙《ジカン》が下がるのは、避けなくてはならない。

わたしは少々ぐったりしながら、野営地の落葉樹の陰に隠れ、桶に汲んだ小さな湖の水に、清拭用の布を浸して、ポンチョのリボンをほどいた。

「……ほんとに見ないでよ」
「当たり前だ!!」

困ったことに…どうしても顔が赤くなる。

(……わたしだって)

この三日ポンチョの中に着込んだままになっていた舟守のベストを外す。中には軽量な胸当てを装備していた。

(…ちょっと恥ずかしいから)
(…遠くで拭こうとしたのに)

ボーダーのニットをどうにか脱がずに拭けないか、あれこれ試しかけたけど、途中でめんどくさくなって、ばさっと脱いだ。

途端に山頂の張りつめた空気が肌中刺した。けど、それよりも思ったより服を置く音が大きく感じて、そっちに気を取られてしまった。ついチロタの方を見てしまう。

小さな焚火の少し向こう岸、隆々と盛り上がる肩、戦争で負ったであろう大きな傷跡が首元からはみ出していた。

わたしはその後姿で、やっと自分が、今、非常に頼りない布きれだけで”男”のすぐそばに立っていることを実感した。

チロタの後姿は、少し力んでるように感じた。まるでごつごつとした岩山だった。

(…もしかしたら)

この人はとんでもなく純情なのだろうか。

傭兵なんてやってたぐらいだし、女慣れしてるだろうと思ってた。いや、でも女慣れって言ってもわたしは一切れも女っぽくないしな…。

——「お前は女の子なんだよ!」——

頭の中、残響。チロタのやぶれかぶれみたいな声が、さっきから何度も何度も繰り返していた。思い出すたび、カァと血が逆流し、体中、珊瑚朱《さんごしゅ》色に染まった。

(……男だったら楽だった…)

今までこの世界に何度となくかけられ続けてきた、呪いだった。わたしは…自分の性別が、まるで穢れたもののように感じて嫌だった。

祭壇の風景が頭をよぎりそうになるのを、胸の小瓶をぎゅっと握って死ぬ気でこらえた。今倒れてしまったら、チロタはきっと助け起こしに…。

——そんなことになったら、死んだ方がましだった。

(…わたしは……)

嫌悪感とともに、もう一つ、いままで感じたことのない感情が、わたしの心をとりまきはじめているのを、もう一人のわたしが、軽蔑しながら、どこかで眺めているのを感じた。

渦の中、心の奥底に不浄な化け物でも埋まってるかのようだ。自分が分からない。どんどん体温が上がっていく。だめだだめだ、違うことを考えよう。

ジキジキリューリュー…トートーピョウルル…今まで聴いたことのないような鳥や虫の音。トートー…の方はもしかしたらヤマセンドウの亜種かもしれない。学者がいうようにやはり山頂は少しだけ生態系が違うのだろう。

わたしは気まずさを吹き飛ばしたくて、なんとはなしに話しかけた。

「…"旦那”は元気かな」
「今頃ヨメと飯でもくってんじゃねぇかな!!?」

やたら声が大きかった。赤くなった耳も特に隠さず、後ろを向き続けるチロタを横目で見ながら、体を拭いていく。

(不思議な人だな…)

多分この人は本当に命を賭けて、こっちを向かないのだろう。

ふと、自分の体を見る。ほそっこい体。もう17歳なのに、未だかすかにしか膨らんでいない胸。まるっきり少年のよう。

わたしはこんなでどうして女なんだろう…。この成りなのに、凹か凸か、それだけでわたしは、生まれてから死ぬまで、ずっと”女”なのだ。胸の奥がずくんと痛む。 悔しい思いは数えきれないほどだった。

「…きゃ」着替えを落としそうになって、少し声を出してしまう。
「大丈夫か!?」

チロタは眼の端に映らないようにしてるのか、後ろを向いたまま、大きなフライパンのような手で片方の横顔を覆いながら、剣の柄を握った。

——気を抜くとすぐに高い声が出るのが、直せないのが、嫌だった。

「………心配しすぎ」

ヤバかったら大声を出すんだぞ。もしもの時のゴヌ笛はちゃんとつけてるか?いつものおせっかいを浴びせられながら、何故か投げやりな気持ちで、体を拭き終った。

(チロタは…)
(どうしてこんなにしてくれるんだろう?)

ふとよぎった思いつきをわたしは、慌てて頭から追い出した。

(まぁ…)
(妹さんの…)
(代わり…)

装備をつけ直し「終わったよ」と呼ぶ頃、羽ペン座が東の空にささやくように輝いた。チロタは視線を合わさないまま「顔を洗ってくる」といって湖の方に消えてしまった。わたしも少しだけ前髪を切った。

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月に向かって、オーオーと何かの遠吠え。白い息が赤い鼻、撫ぜた。

体を拭くだけで、どっと疲れてしまった。お茶でも淹れようか…。でも神域のすぐ近くで、あんまり煮炊きは…。と、ほんの小さな焚火を眺めている間に、決まりが悪そうな顔をしながら、チロタが戻ってきた。

「えっと…」「その…」

顔がびしょびしょでつい笑いそうになってしまった。

「さっきは怒鳴ってしまって…」

わたしも、途端にすまなかったような気持ちになって、
「…いいよ」「わたしも、意地張りすぎた」と。

いろいろと話したいことがあったのに、寝るまでずっと気まずいまま、黙りこくって過ごした。結局寝袋に入ってから、水筒に入れてきたモーヌの果実茶のあまりを、二人で几帳面に半分こにした。

「…うめぇな」
「………ん」

仰いだ空、二日月と藍の空、風に紡がれ、ピィと鳴いた。

銀砂糖が星一杯に降るような藍の下、二人ともへとへとで、いつしか墜落するように眠りに就いた。

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  *

夢に沈む頃、わたしは、もう一人のわたしに、闇の中、責め、苛まれているようだった。責める声は次第次第大きく、はっきりとこちらへ近づいてきた。

「気持ち悪い」
「恥じを知れ」
「汚らしい」

まるで何かの粘液をどろりと浴びせられるような痛罵。体が濡れてべたべただ。脱いで拭かなきゃ…。

——「お前は女の子なんだよ!」

チロタの声が何度も木霊して、わたしはいよいよ混乱した。

夢の中、もう一人の”わたし”は、訳が分からなくなってる”ワタシ”の方を、クコの実ジャムの瓶に詰めて、土をかぶせて封をしようとした。瓶の中は狭くって、わたしは瓶の内側で蓋をたたいてたたいて「息が苦しい」と叫んだ。

わたしは…。わたしは…。

チロタに、”女”扱いされて——

(…………死にたい…)

心のどこか、”嬉しい”と思っていて———。

"男"は皆、ケダモノで、気持ちの悪い生き物としか思ってなかったはずなのに…。

———わたしは、多分。
———ほんの少し、ほんの少しだけ

(チ…チロタだったらって)

狭い瓶の中、わたしは力なく座り込んで、もう何も見ないように顔を伏せた。体の芯がつきんつきんと揺さぶられ、虫でも這いまわってるようだった。

(…わたしは…)

恥ずかしくて、恥ずかしくて、涙が出てきた。

≪大丈夫、だいじょうぶ≫

ふいに、どこかで聞いた、暖かな手のような声が聴こえた。

……チカチカチカ

伏せた顔、耳の横に感じる翠の点滅。

≪元気だった?≫

まるで、南南西の風のように吹いてきた光は、チカチカとわたしの頭に止まって、いいんだよと、撫でてくれた。

「ジルバ…」

気づくと辺りは、どこかで視た。暖かな象牙色の空間に様子を変えていた。わたしは泡に包まれ、ゆっくり、くるくると、浮かんでいた。

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