未来のだんなさん
小学4年生のときに見た夢を、今でも鮮明に覚えていて、思い出す度に、なんだか泣いてしまいそうになる。見知らぬ、あの男性への愛おしさに。
夢の中で、わたしはリビング(今実際に住んでいる家ではない間取りの)にいて、あたたかな外の光がいっぱいに注いだテーブルに向かって座っている。そうしてパソコンを開き、静かにキーボードを叩いている。
すると後方から「ただいまー」と男性の声が聞こえる。
わたしは振り返らないままに「おかえりー」と声だけで迎える。
突然、後ろからがばりと覆いかぶさるように、帰宅したその男性がわたしを抱きしめてくる。
「びっくりした」とわたしは笑い、
「疲れた」と相手も愉快そうに笑う。
肩から上を覆っている男性の身体に触れながら、
「試合、どうだった?」とわたしは尋ねる。
会話には出てこないけれど、わたしはなぜだか、
その男性が、その日、友人らの趣味だか付き合いだかで、ちょっとしたテニスの試合をしてきたことを知っている。
男性は依然としてわたしを抱きしめながら
「ん?負けた!(笑)」と言った。
「負けたのかよ〜!(笑)」とわたしも言って、二人して大笑いする。
夢はそれで終わる。
だけど、わたしはこの夢から目覚めたあと、大泣きしていた。
夢の中のわたしは大人な風で、目覚めたわたしは小学4年生で、もちろんまったく経験などしたことのない、大人な世界を見た感じがしたのだけど、
それなのに、不思議と胸いっぱいに、あの男性が大好きだ、という気持ちで満ち満ちていた。
顔も見えないし、声しか聞こえない男性との、あの他愛のないやりとりの、幸福さ。なんてあたたかいんだろう、どうしてこんなに嬉しいんだろう。
そうして、恥ずかしながら、
「ああ、今のはきっと、未来のわたしで、あの人は未来のだんなさんなんだ」
と確信に近い気持ちで思ったのだった。
その当時、
確かに本も漫画もよく読み、ドラマも両親とたまに見てはいて、映画はドラえもんやクレヨンしんちゃんではなく、一丁前に字幕ものを好んで観ていたけれど、
夢の中のようなシーンのある作品や、大泣きするほどに感情移入した物語は特に思い出されなかった。
とはいえそれらの吸収した物語から勝手に脳内が生み出したのかもしれないし、まさか本当に未来の自分なのかもしれないし、あるいは、前世の記憶だったりするのかもしれない。
同じ夢を見ることはそれ以来ないけれど、今でも、鮮明に覚えている。一度嗅いだら忘れられない香りのように、甘やかに鼻をくすぐっている。
あの夢の中の男性にもしも近い未来、本当に出会うことができたら、わたしは、夢の人だと分かるのだろうか。いやどうか分かってほしい。
だって声も、体つきも、雰囲気も、笑顔も、なぜだかわたしはよく知っている気がするのだ。
なぜだかとても、愛おしい人なのだ。
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