物言わぬ扉|短編シナリオ
舞台は都会の小さな部屋。
そこにスーツを着た男性が一人帰ってくる。
スーツを脱いで、男が座り込み、ビールを開ける。そして弁当を開き、一人で食べ始める。
とんとん、とんとん、と扉をたたく音。
男は扉にちらりと目をやり、弁当を食べ始める。
とんとん、とんとん。
男「・・・」
とんとん、とんとん。
男「帰れ」
とんとん、とんとん。
男「開けないっていってるだろ。帰れよ」
とんとん・・・。
男「・・・・帰ったか」
とん、とん・・・
男「! 帰れっていってるだろ」
とん・・・
男「謝れよ」
・・・
男「ごめんなさい、って謝ったら開けてやる」
・・・
男「謝る気はないってことか。帰れよ。お前が出ていったんだからな」
・・・
男「こうなるってわかってたよ。勝手に出て行って。いつか食い詰めて、俺のところに帰ってくるって。俺だって、別に鬼じゃない。お前が一言謝れば、扉を開ける。そしたら、前みたいに、二人でやり直すことだって考えてる」
・・・・
男「でも、お前が謝らないなら、それはできない」
・・・・トン
男「言葉で謝れないなら、帰れよ。俺だって暇じゃない。明日も仕事で早いんだ」
・・・・
男、静かになった扉に一瞥をくれ、そのドアノブをひねろうかと手を伸ばすが
途中で舌打ちをして、ドアの前を去る。
弁当とビールをゴミ箱に投げすて、舞台袖へ。シャワーを浴びている音。
男が舞台袖に下がると、扉が不定期にトン・トンと無機質に音を立てている。
シャワーを浴び終わった男が、着替えて現れる。冷蔵庫からビールを取り出し、部屋の真ん中に座り込む。
テレビの電源をつける。
※自動車事故で男女が乗った車が雪道で事故を起こしたニュース。
車に乗っていた男も女も死んでいるという内容。女性の死亡確認。女性の名は松井奈津子(仮)
男、扉を一瞥。
テレビを切って、リモコンを置く。
耐えがたき沈黙。
トントン
男「! まだ、いたのか」
トントン
男「・・・・」
トントン
男「・・・・・っ!!」
男「うるさい!!!」
トン
男、自分の声にはっとする。
それから、扉のほうを見つめている。
弱弱しく、トン。
男、扉の前に歩いていく。扉の向こうの何者かと対峙するように、立っている。
男「なんだよ。なんなんだよ。何か言えよ。俺はずっと言ってるだろ。謝れって、一言謝ったらもう一度やり直そうって。なのに、なのに。なんで何も言わないんだよ」
トン
男「俺に合わせる顔がないとでも思ってるのか。俺にかける言葉がないと思っているのか。それとも、お前は・・・」
男「お前はただ、別れの挨拶に来ただけ、なのか? なあ、何か答えろよ。なぁ」
・・・・・・
男「・・・わかった。あと1分だけ。お前が謝るまで1分だけ時間をやる。でも、それでもお前が何も言えなかったら、俺たちは終わりだ。お前は好きに生きていけ。俺も、そうする」
・・・・
男「お前、覚えてるか。去年の夏のこと。結婚しようって約束、したよな」
・・・トン
男「だけど、時期が悪いからって。だから、来年にしようって。そう、お前が言ったよな? 結婚式もあげたいし、新婚旅行にも行きたい。だから、来年結婚しようって、お前・・・俺に言ったよな」
トン
男「俺、ずっと楽しみにしてたんだよ」
・・・・・・
男「なのに、なんで、どこの誰ともわからない男と一緒に家を出ていったんだよ。なんでだよ。別れ話くらい・・・できなかったのかよ」
・・・・・
男「俺はお前がわかんないよ」
・・・・・・
男「やり直す気があったら、たった一言でいい。ごめんって謝ってくれたら、俺はそれでいい」
・・・・・・トン
男「ノックじゃなくて、言葉で俺に伝えてくれよ!」
・・・・・・
男「・・・・・」
男「時間だ。帰ってくれ」
・・・・・・
男、部屋に戻ってビールを飲もうとする。
が、落ち着かない。時計を何度も見て、立ち上がり、玄関の扉を開ける。
誰もいない。
男「・・・・帰った、か」
(暗転)
朝。ソファの上で眠っていた男が目を覚ます。足元にはビールの缶が転がっている。
ピンポーン
男、はっと目覚めて玄関に駆け出す。
扉を開けて奈津子と叫ぶ男。
扉の向こうには、警察官が立っている。
警察官声「朝早くにすみません。こちら、松井奈津子さんのご自宅ですか? 実は昨夜、事故がありまして・・・」
BGMが警察官の声をかき消していく。
男が崩れ落ちる背中を残し、溶暗。
連想:雪女の伝説、怪談、シチュエーション系
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