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囲碁界に最も欠けている認識はこれですよ、という話

こんにちは、碁バンジェリスト・羅王です。世紀末覇者の観点から、これからの囲碁界について、独断と偏見に基づいた話をしていきます。

今日は、囲碁歴たかが2年、棋力で言うと棋院認定四段(というインフレした段位)に過ぎないわたくしめが、それでも囲碁界をビジネス的な視点で見てきた結果として、

ああ、囲碁界にはこれが決定的、かつ致命的に足りないな

と思った点について述べていきたいと思います。なお、愛ゆえに破壊に走った世紀末覇者・ラオウ御大同様に、愛ゆえに「それ言っちゃおしまいだよ」的なことも言っちゃいますので、囲碁原理主義者の皆様方におかれましては、お怒りになられませぬよう、お願いいたします。


崩壊したコダック、飛躍した富士フィルム

本日の主張を理解しやすくするために、類似のケーススタディについて少し触れておきます。

今の20代以下の人はもしかしたら知らないかもしれませんが、かつて写真はカメラにフィルムを入れて撮るものでした。アメリカで言えばフィルム界の帝王・コダック、そして日本で言えば「写ルンです」で有名な富士フィルムが、業界の雄としてしのぎを削っていました。1990年当時、アメリカ市場のシェアの90%を誇り、自社の1.5倍の売上をたたき出していた米コダックに対し、富士フィルムは追いつき追い越せの精神で2000年にはついに売上高で並ぶに至りました。

両雄が「ライバル」の間柄になった2000年は、奇しくもちょうどカラーフィルムの市場規模が最大であった時期に重なります。この時を境に、ここからのち、たったの10年で世界のフィルム市場は10分の1になり、猛烈な勢いでデジタルに置換されていきます。その後両社の経営劇は全く別の結末を迎えます。主力のフィルム事業から離れられなかったコダックは、飛ぶ鳥が堕ちる勢いで業績を落とし、2012年にはついに倒産するに至ります。一方の富士フィルムは、フィルム事業をそこそこに苛烈な方向転換を施し、医療、半導体、化粧品などの分野に進出。飛ぶ鳥を落とす勢いで売上高を倍に伸ばし、今も日本を代表する会社として君臨しています。

この現象は「イノベーションのジレンマ」として有名で、MBAの教材などにもよく出てくると言われている経営学の鉄板ネタになっています。今後の衰退が予想される、しかし当時の売上の6割をも占めた主力事業をどのようにして捨て、方向転換することが出来たのか。変革の当事者である富士フィルム・古森会長のインタビューについて詳述したこちらのnoteも、ご参照ください。


これらの分析はあくまで歴史の一時期における途中経過であり、もしかしたらいずれ富士フィルムが倒産するかもしれないし、復活したコダックが再び世界の帝王として君臨する日が来るかもしれません。

名著・「ビジョナリーカンパニー」で紹介されてる会社の半分は、もう存在しないか、がっつり業績落としてるよね

というジョークがあるぐらい、ビジネスの世界は日進月歩であり、明日明後日に何が起きるのかすらわかりません。最近で言えば、宇宙旅行大好きなあのお方が、自身が起業したZOZOを手放し、それをYahooが買収し、そこにLINEもジョイントする、なんてことになりましたね。私が子供の頃には、ファイナル・ファンタジーシリーズのスクウェアと、ドラクエシリーズのエニックスが一緒になるなんて、考えられませんでした。


経営学的に様々な角度から分析をされている本件に関して、過度な簡素化がよろしくないのは承知しています。コダックが愚かで、富士フィルムが賢かった、というほど、単純な話ではありません。しかし、囲碁界の将来を考える上では極めて重要なインサイトを与えてくれるケースであることは間違いなく、敢えてその愚に挑戦したいと思います。コダックと富士フィルムの未来を分けたもの。それは、

「フィルムは、世の中にとって必要不可欠なものではない」と本気で考えられていたかどうか

に尽きるのではないか、私はそう考えています。デジタルの可能性は、コダックが倒産する数十年前から有望視されており、事実それなり以上の勢いでデジタルカメラが普及し始めていた1990年代。しかし依然、デジタルカメラの性能は低く、フィルムの需要はまだまだ高く、その気になればこの世の春をあと数十年謳歌することも可能と両社が考えることを許されていた時期です。この頃に、「いや、まだまだイケるで、フィルム!」と左団扇で考えていたコダックと、「あかん、フィルムあかんやん!」と本気で喘いでいた富士フィルムの姿勢の差が、上記のような経営結果として表れました。


確かに、技術革新に伴って生活水準の上がっていた人々にとって、写真を撮ることは外せない娯楽の一つになっており、必要不可欠の水準にまで昇華していたのかもしれません。しかし、あくまで人々にとって大事だったのは、「写真を撮り、残すこと」であり、「それをフィルムを通じて行うこと」ではありませんでした。写真さえ残れば、手段はなんでもよい。フィルムでしかできなかった時代には、手間暇かけてフィルム交換を行ったとしても、わざわざそれをせずに済むならその方が良い、と考えるのは、一般の人にとって自然なことでした。

今度は、デジタルカメラがスマホに猛烈な勢いで置き換えられつつありますが、これも同じことです。わざわざカメラを別建てで持たなくて良いなら、私程度のこだわりしか持たない人間には、その方がずっと良い。当たり前のことです。コダックと富士フィルムのその後に関しては歴史の審判を待つこととして、この「それが世の中にとって必要不可欠なものかどうか」という視点は、業界に変化・変革を引き起こす上で、非常に重要な考え方になります。この有無で、変化・変革が成功するか、失敗するかがほぼ決まります。

そして私が見たところ残念なことに、この視点が囲碁界には決定的に、そして致命的なまでに足りません。


囲碁は、世の中に必要不可欠なものではない、という認識

このあたりで怒る人もいると思うので、誤解を生じさせないためにはっきりと私の主張を述べておきたいと思います。まず大前提として私は、

囲碁は超面白いし、超好きだ

と思っている人間です。どれぐらいそう思っているかというと、カラダを動かす以外の趣味の時間を、ほぼ囲碁に投じているぐらいです。休みの日には何も分かっていない4歳の娘をわざわざ碁会所にまで連れていき、YouTubeではヒカキンやラファエルも見ずに囲碁動画ばかりを見ており、そして私の書棚は仕事の本以外はすべて囲碁関連で占められています。

携帯のKindleには「ヒカルの碁」が入っており、そしてなぜか本棚にも「ヒカルの碁」が全巻あります。ご存じの通り、わざわざ囲碁のネタだけを書くnoteまで開設しています。院生やアマ高段者の方々のように、人生の一時期を囲碁に捧げた、とまで言うにはほど遠いレベルですが、それでも今の私にとってかなり優先順位の高い種目であることに、変わりはありません。


その私から見ての話である、という大前提はご理解いただいた上で読んでいただきたいのですが、それでも言いたいのが、

「囲碁は、世の中にとって必要不可欠なものではない」

という主張です。事実、私の人生の大半に、囲碁はカスってくることすらありませんでした。学生時代は「囲碁・将棋」と二つの全く異なる競技を同じ括りでしか捉えておらず、社会人の大半の期間において、囲碁は私の視界の外にありました。囲碁をやっている友達なんて、34歳になるまでは一人もおらず、その存在すら認知したことがありませんでした。

囲碁が私の生活に入り込んできたのはこの5年ほどのことであり、それまでは囲碁がこの世にあろうかなかろうが、私の人生の質には何も影響がなかった、というのが正直なところです。

これは、「囲碁は、世の中にとって必要ないものである」という理屈とは全く別の話になります。そんなこと、私は言ってません。だって好きだし。「あった方が良いが、必要不可欠なものではない」というところがミソです。


そもそも、世の中の事業というのは、「必要不可欠なもの」「あった方が良いが、なくてもべつに困らないもの」に分かれます。例えば、電力事業や水道事業は「必要不可欠なもの」に分類されます。いくら原発関連の東電の対応がムカつこうが、電気を止められたらいまの時代の生活は成り立ちません。災害時の水の大切さについても、言うまでもないでしょう。今の時代で言えば、車や電車といった交通インフラ事業も、同じ括りになります。都心部の人にとっては、スマホやインターネットを中心とした通信事業も、もうその域に達しているかもしれませんね。

基本的に、衣食住に関わるものやその他人間の本能、生活に根ざしたものは必要不可欠であり、いくら蓮舫女史でも事業仕分けで「要らない」とすることはできません。マズローの五段階欲求の話で言えば、下の方の階層に関わる事業ほど、必要不可欠度が高くなります。それ以外の事業は、おおよそ「あった方が良いが、なくてもべつに困らないもの」に分類されます。

その中でも特に、娯楽や能・演劇といった伝統芸能は、必要不可欠度が極めて低い存在です。生活に彩りを添えるとか、華やかさを追求するという意味では存在価値があるかもしれませんが、どうしてもないとダメか?と言われると、そうではありません。そして当然、囲碁もここに分類されます。スマホガチャゲームのように、「必要不可欠では決してなく、存在価値も低いのに、消費者に必要不可欠だと思わせる点においては一級品」な娯楽とは異なり、よくよく知らないと魅力が分かりにくいのも、囲碁の難しいところです。


必要不可欠ではないものに必要不可欠なこと

ここからが大事なポイントです。

必要不可欠ではない事業群に必要不可欠な発想は、人や社会に「必要」とされること、「必要」と思ってもらえるバリューを提供することです、「必要」と思ってもらうための情報発信やマーケティングを欠かさないことです。必要不可欠ではないからこそ、人や社会に愛される努力が必要不可欠ということです。今風に言えば、「顧客満足の追求」です。なんだか言葉遊びみたいになってしまいましたが、伝わりますでしょうか。

逆に言えば、すでに世の中で必要不可欠と認知されている事業は、大して顧客満足や社会貢献を意識せずとも、やっていけてしまいます。そもそも事業自体が独占に近く、「それがない状態」を我々が許容できないので、顧客をほったらかしの状態にしていても経営上の問題は出にくいのです。

JR東海を例にとります。まぁはっきり言って、グリーン車とかひどいでしょ?サービスがおしぼりだけってナメてるでしょ?駅弁、マズいでしょ?冷めた弁当とか要らないから、吉野家とか松屋でいいじゃんと思うでしょ?でも、気に入らないからといって、乗らないという選択肢を、我々は採ることはできません。好きか否かに関わらず、我々はそれを利用せざるをいないのです。


囲碁は違います。人々には、囲碁以外の選択肢がたくさんあります。必要不可欠ではない娯楽業界の、さらに必要不可欠アピールの少ないテリトリにあるもの。それが、我々が愛する囲碁です。それがどれだけ価値あるものと我々が思っていたとしても、あるいは事実として価値があるものだったとしても、世間から見れば「あった方が良いが、必要不可欠ではないもの」の域を出ることはありません。

囲碁界の皆さんに質問です。プロ棋士、日本棋院、碁会所の「三竦み」の皆さんに質問です。数多いるアマチュアの皆さんに質問です。

「囲碁は、世の中に必要不可欠なものではない」という認識はありますか?

囲碁を必要なもの、価値あるものと思ってもらえる努力をしていますか?

囲碁の価値は、放っておいても勝手に伝わるものと思っていませんか?

囲碁を、「価値が認められなければ、いずれなくなってしまうもの」と定義できてますか?


たぶん、総論ならどれも「Yes」と答えられる質問ばかりだと思いますので、もう少し各論に踏み込んだ質問で思考を深めてみたいと思います。

娯楽界の中で、囲碁のマーケティング力は何番目ぐらいだと思いますか?ガチャゲームに勝てるほどの広報をしていますか?ライバルは将棋だけだと思ってませんか?

日本棋院のHPは、このウェブ全盛時代にマッチしたものになっていますか?ちゃんとお金かけて作ってますか?

棋士の情報が入段年次と主なタイトルぐらいしかない状態で、その棋士のファンが増えると思いますか?

棋士の皆さんは、一般社会の人たちと交流するだけの勉強をしていますか?囲碁だけしていればよいと思ってませんか?本読んでますか?

酒臭いおっさんが跋扈する碁会所に、麗しげな女性がそう何人も来ると期待してやしませんか?

最年少名人が誕生したり、女流棋士が名人リーグに入りかけたりするという「一時的なニュース」で、囲碁界がその後も盛り上げり続けるなんてこと、ありますか?

女流棋士がフォトブックで頑張ってるのを見て、「なんかやってるなー」ぐらいに思ってやしませんか?同じぐらいの情報発信をしている棋士はどれぐらいいますか?

経営学的には企業の変革に「リストラ」が不可欠なのですが、その意識、具体的施策が囲碁業界にありますか?全員を守ろうとするあまり、業界全体が死に向かってたりしませんか?

真に活かすべき、生かすべきは囲碁に関わる次世代であり、未来ではないのですか?生物全体の理はそうなっているのに、囲碁界と日本だけは例外なのでしょうか?

だいぶ具体論に踏み込んでみましたが、グサッときた人がいたら申し訳ありません。でも、問題解決の第一歩は、まず認識を変えることからです。それなくして、囲碁界の変革はありえません。

このあたりの話は、世界一の囲碁講師・さかもとさんのブログにも全く同じような主張が書いてあるので、ご参照ください。私なんぞよりもはるかに高い言語化能力で書かれているので、ものすごく勉強になります。特に「囲碁と獅子舞」のくだりについては圧巻。ちなみにお会いしたことはありません。


問題は、その在り処が分かれば80%解決する

と言われています。これは同時に、

在り処の分からない問題は、永遠に解決しない

ということでもあります。問題を問題と認識できてないことが、一番恐ろしい。囲碁界に蔓延する「囲碁は世の中に必要不可欠のものである」という楽観的な思い込みも、そういった病に拍車をかけている気がしてなりません。

愛ゆえに、業界をいったん全否定することをお許しください。アーメン。


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