見出し画像

【テレスコープ・メイト】第5話-月面のジャガイモ-


【第1話】


【第4話】




#5 月面のジャガイモ 『延沢の真意』



12.世界の何処にいても


延沢英寿ノベザワヒデトシが生まれたのは、2010年10月23日。

その年は曇りや雨の日が多く、日照不足で野菜の値段が高騰した、どちらかと言えば暗い年だった。

英寿は昔から、周囲の"暗さ”に敏感だった。




あれはまだ、英寿が幼少の頃。英寿の通う保育園で、園最後の劇の配役を決める時間があった。

ものごころ、などという概念は無かったかもしれない。様々な配役がある中で、英寿は「おこりんぼう」という役に自ら立候補し、英寿以外誰も手を挙げないその役を、自ら勝ち取った。

出番は、ラップの芯にアルミホイルを巻いたような刀をかざしながら、ステージの端から端までを「ヤーッ!」というかけ声とともに駆け抜ける、たった3秒の出演だった。


英寿の母・美智子は、英寿の物覚えの良さならば、もう少し長めの台詞の役でも良かったのにと、お遊戯会の後でずっとぼやいていた。


しかし、英寿は、小学校生活においても、その傾向は続いた。



美智子は思った。

英寿は、常に、最も簡単そうな役に立候補する節がある。


そして、小学校生活最後の鼓笛隊の楽器決めの時に、それはとても顕著にあらわれた。

目立つ指揮者や華やかなガード、特別楽器隊など、多くの役割がある中で、英寿だけは、楽器希望調査用紙に「第一希望:メロディオン」と書いた。

第一希望に“その他大勢”の役を書く者は少なく、勿論、英寿は、第一希望のメロディオン役を呆気なく勝ち取ったのだが、幼い頃からピアノを習っていた英寿のポテンシャルなら、もっと違う特別楽器も余裕でこなせるのに、と、担任教師までもが「それでいいのか?」と確認をするほどであった。

トランペットなどの特別楽器や、指揮やガードなどの花形の大役たちは皆、休み時間返上で練習を重ねていた中、英寿は、公式練習以外は何の練習もせずに本番に挑み、当日だけは、その役をちゃんと成し遂げた。


英寿は、いつでも、主ではない、“副”がつく場所から、『みんなが仲良く』できる方法を、うまく導くことに、注力していた。

「おこりんぼう」の役だって、手を抜いていたわけでは決してない。その3秒間の出番の中で、客席を歓声の渦に包み込む最高の「ヤーッ!!!」をするために、最大限の努力はした。

みんなが練習に飽きてきたり、誰かが怒られるような場面でも、「ヤーッ!!!」と全力で走りきり、場の空気がいったんリセットされるような、自分はそんな風通しでいたいと、幼心にも、そんな思いが常に根底にあった。


メロディオンにおいても、“その他大勢”のメロディオンパートがいつだって楽しくいられるように、その他大勢側の士気を高めるべく、ペラペラと、いろんな人と無駄話しをした。

大抵、特別楽器側よりも“その他大勢”側の方が、モチベーションもやる気も低い。その人たちを「どうせやるなら楽しくやろう」という空気に変えることを、自分の生業としていた。そこに、理由はなかった。


ただ、英寿は、自分の立ち位置というものを、よく理解していた。


自分に、スポットライトは似合わない。

もし、表舞台の仕事に携わるような人生だったとするならば、せいぜい自分は主の人々が仕事し易くなる現場を“つくる側”の人間でしかない。


それは、分かっていたことだった。

でも、“そこが”いい。

その場所でこそ、いきいきと、楽しい。

自分になんかスポットライトが当たらなくてもいいから、ただ、周りのみんなが仲が良いということの方が、ずっと、心から嬉しかった。

そうやって、生きてきた。




2023年、英寿は、13歳になった。

そんな、ある日のことだった。



いつものように、帰宅後、家に帰り、スマートフォンで動画配信を見ていた。


最近ハマっているのは『NAZAからの贈り物』という、宇宙物理学のチャンネルだった。

へぇ、宇宙って、膨張し続けてるんだ。

いつか、破裂するのだろうか。

今、見ている夜空の星座も、膨張しながら形を変えて、違う星座の形になってしまったりするのだろうか。

そんな疑問が、次々と浮かんだ。

そのチャンネルは、今の宇宙についてを、分かりやすくたくさん教えてくれる、楽しいチャンネルだった。

時々、世界同時配信ライブなんかもあった。

そこでは、時差があるはずの世界中の人々と、同じ宇宙の映像を見ながらコメントを送り合える、そんな、楽しい時間だった。


英寿は、昔から、オリオン座が好きだった。

「あのきれいなオリオン座も、いつか、形を変えるのだろうか。なんか、やだな。」


とある配信で、コメント欄に、そう呟いた。


ピコンッ・・・


すると、コメント欄に、返信がついたマークが表示された。


誰だろう?


英語だった。


「I agree.」

"僕もそう思う"


見ると、発信元は、アメリカだった。


@shaun.2015


ショーン...?

今まで、話したことのないアカウント名だったが、このチャンネル内では、知らない者同士が会話をするということは、よくあることだった。英寿は、特に気にすることなく会話を続けた。


「だよね!オリオン座は、あの形だからこそ不思議で、美しいんだと思うんだ。」


ピコンッ・・・


それから、ショーンとのやり取りは長く続いた。


オリオン座流星群は、待っていても意外と1時間に5個くらいしか流れ星が流れないんだよね、ということ。

だけど、いつくるかわからない流れ星を、待つあの時間が良いんだよね、ということ。


ショーンは、「日本でも、アメリカと同じ形のオリオン座が見えるの?」と聞いてきた。

英寿は、「見えるよ。」と答えた。



それから英寿は、星空観測の配信ライブのたびに、ショーンもライブを見ているか、そのアカウント名を探すようになっていった。

ショーンがログインしているのが分かると、なんだかそれだけでとても、嬉しかった。


その後も、ショーンとは色々な会話をした。


その時々で、ショーンが書くコメントに、一気に1,000くらいのイイネボタンが押されることがあった。ショーンの書くコメントには、見ている人をあっと驚かせるようなものだったり、時には笑わせるようなものだったり、とにかく、見る人を楽しませるようなセンスがあった。



「ショーン、faceboxやってる?」

「Yes!!」


ショーンとは日常の投稿ができるfaceboxでも繋がり、お互いのパーソナルな面も、だんだんと見えるようになっていった。



ショーンは、アメリカに住む8歳の男の子だそうだ。

13歳の英寿の、5つ下だった。

英寿はひとりっ子だったので、普段は5歳も下の子どもと話す機会はほとんどなかったが、人懐こくて賢いショーンが、まるで弟のような存在に思えてならなかった。



◇◇◇




月に移住して、3年が経った。

延沢は、これまでの日々を思う。


人はみな、“似合う立場”というものがあると思う。

中心に立って引っ張っていくリーダーが似合う人もいれば、テキパキと物事を遂行していくのが得意な人もいて、驚くべき閃きを持って新しい意見をくれる人もいれば、真面目に論理的思考でそのアイディアを分析する人もいる。


特にテレスは、そんないくつもの武器を持った素晴らしい社員が沢山いた。


彼らは皆、とても優秀だったなぁ、と、そう思う。“なりたい場所”を背伸びして目指すことよりも、“自分に似合う場所”を極め続けることの方が、難しい。


遠く、青く光る地球を見ながら、深く、ため息をつく。


自分は、社長には、向いていなかった。

そんなことは、昔からよく、分かっていたんだ。


最後に田邊聡一郎と会話をした社長室での光景が脳裏に浮かぶ。

田邊に、悲しそうな顔をさせてしまった。

もっと、言葉を尽くせれば良かった。


大切な社員を、裏切ってしまったーー。






「何、物思いにふけっているんです?」

隣に、鶴岡太一がやってきた。

航空医学の第一人者で、宇宙飛行士の資格も持っていた。ショーンが移住するにあたり、日本から派遣されたうちの1人だった。月に住所は持っていないが、延沢よりもずっと昔から、月に住んでいるも同然だった。


「月面での栽培が初めて成功したあのジャガイモをね、今夜、ポテトサラダにしようと思って。」


「いいですね。」

鶴岡は、ふふっと笑って、コーヒーをすする。



「だけどね。ジャガイモが一番輝ける場所は、やっぱり、じゃがバター屋の屋台なんだ。」

「なんです?」

鶴岡は、コーヒーカップをくるくると回して中のコーヒーを揺らしながら、延沢の話に耳を傾けている。


「サツマイモが一番輝ける場所は、焼きたてが売りの石焼き芋屋だろう?強がって、肉屋に並んでも、所詮“サイドメニュー“だし、魚屋に並んだって、"なんでここにサツマイモがいるんだろう?"と思われてしまう。どうなに美味しいサツマイモでも、だ。」


「・・・はい、そうですね。」


「でも、それって世知辛いのかな?」


鶴岡は、いよいよ分からないというふうに、延沢の顔を覗き込んできた。

「お祭りのじゃがバター屋に肉は要らないし、ホクホクの石焼き芋屋に魚は要らないじゃない。そういうことなんだと思うんだ。自分の似合う場所が嫌だと思ったとしても、腐らず、その似合う場所を極めている方がいいんだよ。」


「はぁ・・・」


鶴岡には、通じていないようだったが、延沢は、自分に言い聞かせるようにして、改めて、考えたことがあった。


もう、3年。


そろそろ、いいだろう。


なぁ?ショーン・・・。



◇◇◇



「どこに住んでも、住むのは同じ人間。」

いつか、聡一郎が延沢に向かって言った言葉を反芻していた。田邊くん。君の、言う通りだったよ。
地球でも、月でも、たとえアプリの中でさえも、一緒のことだったんだね。

地球に住もうが、月に住もうが、住んでいるのは、同じ人間。Twōtterに住もうが、違うアプリに住もうが、書いているのは、結局、同じ顔をした「あの人」。どんな未来を辿っても、歴史は繰り返す。


『あなたは、月までも、殺す気ですかーーー。』


聡一郎の言葉が、頭痛のように、延沢の脳裏に響き続けていた。




―――――――――――――――――✈︎




13.理科室




「桜田先生!!!」

アカリツヅミは、桜田立花サクラダリッカがいる理科準備室へと駆け込んだ。


勢いよく扉を開けると、そこには、目を腫らして一枚の写真を見つめる桜田の姿があった。


「・・・え?」

アカリは思わず立ち止まる。


「ねぇ・・・・・・パパが死んじゃった。」




( 続 )



◇◇◇


【企画書】


なぜこの作品を創りたいのか、という自分の中の道標を見失わないように、IntroductionとProduction noteを書きました。




◇◇◇



【第6話】

テレスコープ・メイト後半戦。ついに、延沢の真意、そしてショーンの正体が明らかに。2人はなぜ、月に住むことにこだわり続ける必要があったのか。
全ての謎と共に、クライマックスへ向かう。



【マガジン】




最後まで読んでいただき、ありがとうございました。 このnoteが、あなたの人生のどこか一部になれたなら。