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【テレスコープ・メイト】第3話 -地球最後の日の訪れ方について-


【 第1話 】

【 第2話 】



8.rocketjet


聡一郎と伸弥が務める『テレス』社が、ロケットのエンジンを応用した旅客機『rocketjetロケットジェット』の完成を発表したのは、2070年の4月のことだった。

初めてのお披露目飛行で、羽田―NY間をわずか20分で飛んだことで、『テレス』は「世界のテレス」にその名をとどろかせた。

『全ての国を隣国に』が大々的にテレス社のキャッチフレーズとなり、これまでの宇宙開発事業と並行して、翌年にはrocketjetの通常運用も開始された。


#3 地球最後の日の訪れ方について




「私が、社長ですか…?」

ある日、延沢から社長室に呼ばれた聡一郎は、突然、世界屈指のEVメーカー『テレス』の社長に任命された。

「田邊くん。君には是非、地球で、”locket jet”の更なる向上に着手しつつ、テレスを日本から・・・いや、世界から信頼され続ける、宇宙開発の社に育ててもらいたい。その間に僕は僕で月に行き、ショーンと共に、月を、地球よりも魅力的な星にする。

・・・田邊くん。いつか君も、共に月に住むことになるだろう。」


聡一郎は、うろたえた。とんでもない申し立てだと感じた。

「・・・社長。」

「もう、僕は社長ではないよ。君が、社長だ。」

「しゃ・・・」

聡一郎は言葉を飲み込んだ。誰が社長だろうが、今はどうだっていい。

「延沢さんが、数ある星の中から【月】にこだわる理由は、なんですか?」

国家プロジェクトを抱える大企業『テレス』の社長を務めるということは、本当の意味で、【地球の未来を背負う覚悟】が必要になるのだと、聡一郎は確信していた。そして、延沢には、その覚悟があるのものだと信頼し、ずっと、背中を追いかけてきた。

一人息子のアカリもまだ10歳だ。テレスの社長を自分が務める!?どう考えても、無理な話だと思った。


「いつか・・・地球には、住めなくなる日が、来るだろうな。」

延沢が、聡一郎の問いに答える変わりに、ゆっくりと、口を開いた。


「え・・・?」



「かつて、私が田邊くんくらいの年齢の頃、地球上には、870万種以上もの生物が存在していると言われていたんだ。だけど、ここ50年で、すでにそのうちの100万種が絶滅してしまっている・・・。」

延沢は続ける。

「私が子供だった頃、そうだね、あれは2000年くらいか。あの頃の絶滅危惧種は、14万種ほどだったと記憶しているが、絶滅を危惧しているだけで、我々の手では、どうすることもできなかったんだ。あの時の14万種に指定されていた動物たちは、その後のこの世界で、本当に、絶滅していってしまった。」

急に、延沢の目が、聡一郎をカッと捉えた。

「・・・田邊君!!
我々【人間】が絶滅危惧種に認定される日と、私たちがこの地球上に住めなくなる日、どちらのほうが、先に来ると思う?」

「・・・!!!??」

聡一郎は、延沢の気迫に圧倒され、即座には答えることが出来なかった。

地球の寿命、というものについては、宇宙を仕事にするにあたり、聡一郎も、よく考えることではあった。

しかし、分かり切ってもいた。

たとえこのまま環境破壊が続いたり、核戦争によって、人間の方が先に滅びるような未来が来たとしても、地球というのはそんなことお構いなしに関係なく宇宙を漂い続け、回り続け、人間以外の生命体を乗せて、この宇宙を生き続けるはずだ、というのが、辿り着いていたはずの答えではあった。

そして地球という星が、宇宙から消えてなくなるとしたならばそれは、50憶年後、”太陽がなくなる時”だと、確信していたはずだった。

「延沢さん、、、私達が生きている限り、少なくともこの先50憶年は、地球はこのまま、此処にある・・。僕は、僕たちはずっとそうやって、宇宙の中の一人として、地球という星に、生きていく…私は、そう思っています。」

「正しい。田邊くん、君がそう言うように、地球は、なくならないんだよ。」

延沢は、聡一郎の言葉に間髪入れずに言葉を重ねた。


「ただし、なくならないのは、”地球”だ。・・・地球がなくならないからこそ、人類の方が、先に滅びる。どうしてだと思う?」

聡一郎は、分からなかった。延沢が、何を考えているのかも、これから言おうとしていることも、聡一郎には、何も、分からなかった。

「・・・人類が月に移住するために、我々が、地球の資源を、月へ、運んでいるからだよ。」


延沢の目は、遠く宇宙を見ているようなのに、言っている言葉は、めちゃくちゃだった。

聡一郎の頭は混乱するばかりで、何も言うことが出来ない。

「地球の資源は、有限だ。限りがある。わかるね?

大気汚染が進み、テロや戦争、核爆弾、大量に廃棄され続けるゴミで埋め尽くされていく砂漠、、、地球は、人間によって、朽ち果てていく。もう、終わりなんだ・・・。僕はね、ショーンと、この10年間、毎日連絡を取り続けてきた。地球に渦巻く各国の、昔からのしがらみや、妬みや、恨みが入り混じったこの星で、結局のところ、争いごとを起こさずに、地球を壊さずに、明るい未来に向かって手を取り合っていくことなんて、もう、不可能なんだよ。それを、うすらうすら、分かっていたはずなのに、これまで、誰も、止められなかった・・・。

自然も、動物も、もう、巻き込みすぎたんだ。ショーンと作り出した月での政治は、月自体が、ひとつの星という定義だ。当たり前だけれど、そこから定義しなおす必要があった。

月は、限りなく”無”だ。性別も宗教も何も関係ない。信じたいものを信じていいし、愛したい人を愛していい。誰とどうやって暮らしてもいい。好きなように、好きなことをすればいい。月に住んでいるだけで、衣食住と健康と安全は絶対に保証される。

戦争や殺し合い、騙し合いや差別なんて、一切起こらないような・・・
そんな場所はもう、こうやって、新しい【星】をつくることでしか、もう、守れないし、人類は、変わることはできない。

地球は、変われなかったんだ。生み出しても搾取され、努力して稼いでもそれは結局どこかで起きている戦争のための資金となり、この地球に本当に必要な資源は、どんどんと消えていく。

・・・だから、その前に、月に、必要なものを、大切なものを、失くしてはいけないものを、送り続けてきた。・・・10年間、ずっと。」


社長室に、延沢の声だけが、響き続けていた。


それから、どれほどの沈黙が続いただろう。


「延沢さん・・・それは、違います・・・。
人が共に生活を営む限り、争いごとも、もめごとも、絶対に生まれる・・・
今、地球上で争っている人間たちが月へと住む場所を変えたって、所詮、住むのは同じ人間です!また、月でも必ず、争うことになる!

だから、『テレス』でロケットエンジン搭載型旅客機を宇宙に飛ばすと決めたあの日、社のみんなで、決めたんじゃなかったんですか!?

”ジャンボ機に乗れるのは、宇宙まで飛んでみたいという、ただ純粋な夢と希望を持った旅人だけにしよう”って。

星を・・・

星を、僕たちの、希望の光だった宇宙の星を、あなたは2つも殺す気ですか!!!」


聡一郎は、初めて、怒りを露わに延沢に意見した。

快活で人当たりよく、何でも相談に乗ってくれた延沢は、聡一郎にとって一番の信頼のおける上司であり、物理の父であり、共に、宇宙を愛した家族のような存在でもあった。

こんなにも近くで共に働いてきたのに、延沢がこの10年間考えていたことなど、聡一郎には、全く分からなかったし、想像もしていないことだった。10年前、ショーンがアメリカ移住を始めたあの日からずっと、月へ、地球の資源を送り続けていただと・・・?


そんなの、まるで報道と違うじゃないか―――。


◇◇◇



9.月での生活


ショーンが月への移住を実現できたのは、月-A001地域に張り巡らされたライドテントが、居住環境にふさわしいということが証明されたからだった。

ライドテントとは、アメリカの『Naza』と日本のEVメーカー『テレス』が共同開発した装置のことで、このライドテント内では、月においても地球と全く同じように重力が発生する。宇宙服を着なくても月での生活ができて、呼吸・食事・睡眠などの人間に必要なすべての営みが、地球と同じようにして行えることが一番の特徴だった。

はたまたライドテント内専用のライドスーツを着ると、一時的にその重力から切り離される。ライドスーツを着ていれば、ライドテント内を宇宙空間にいるのと同じように空中飛行することが出来る。地球上において、人類が最後まで叶えられなかった「自分自身で空を飛ぶ」ということが、月に行けば実現するようになった。それがニュースでさんざん放映されて、ここ月-A001地域に絶大な居住宣伝効果を生んだ。

報道によると、月-A001は、いつでも新鮮な空気や水が人工的に発生され続ける、100%人口都市だそうだ。空気の汚染問題や食料不足に陥った地球よりも、空気も水も人工的に生み出され続けるこの環境のほうが、健康被害が少ないとされ、この10年もの間に、移住者は34名まで増えていた。その周りで実験を行う宇宙開発事業者たちも、実質「住んでいる」も同然の期間を月で過ごしているため、住所を登録さえしていないものの、実際に月にいる人の数でいったら、アカリが小学校4年生の時点で、町1つ分程の人数にはなっていた。

日本からは、ショーンの健康管理を目的として、航空医学の第一人者でもあり、宇宙飛行士でもある鶴岡太一(ツルオカタイチ)が、日本人の健康への影響を調査する目的も兼ねて月へ行っていた。

ひと昔前から地球上では、宇宙開発事業を巡り、各国で争いが繰り広げられるようになっていた。月居住を一歩リードしたアメリカに負けず劣らず、カナダもシンガポールも、火星への移住計画事業を本格的に進めており、日本もそのうち一つとして奮闘していた。



◇◇◇



延沢は、怒りで声を震わせる聡一郎に向かって、静かに話を始めた。

「田邊くん・・・。私達が及ぼす力なんて、星にとってみたら、さほどの影響力はないんだ。1000兆個を優に超す星の中の、たった一つの地球という星にたまたま人類は誕生し、たまたま今を、生きているだけなんだよ。宇宙という膨大な時間軸の中において、人類が地球に住もうが、月に住もうが、そんなことは、宇宙の長い長い歴史の中じゃ、とても小さなことなんだよ。

私達は、rocket jetの開発に成功し、全ての国を、隣国にした。その成果の元、どんな国へも、思い立ったらその時に、行けるように時代が変わった。一つの時代を、変えたんだよ、我々は。そうやって、時代というものは、技術の進歩とともに、変わっていくものなんだ。アメリカまで20分、ヨーロッパまで34分。日本から行くのに最も時間のかかる国のひとつでもあったブラジルへだって、58分の成績で飛ぶことができた。1時間を切ったんだ。すごい記録だろう?私達は、もう、成し遂げてしまったんだよ。

我々の技術を駆使して、地球上でできることは、もう、何もないよ。

田邊君・・・オンライン化が急速に進んでいた、2000年代中期に、なぜ『テレス』は、あえて『場所の移動』にこだわり続けたのか、わかるかい?」

「・・・」


延沢の声や穏やかな口調は、昔の、優しくて勇敢な社長のままだった。


「旅は、距離の移動だけじゃない。精神の移動を、伴うからだよ。旅先では、日本では考えもしなかったようなことを、考えるだろう?実際に行くことが、どれだけの価値があったことなのかを、『行く』『移動する』という行動は、そのたびに多くの気付きをもたらしてくれる。私は、一度、宇宙に行って、さらに分かった。星さえも、『行く』先にする必要があるんだ、と・・・」


「社長!!!」

聡一郎は、思わず、昔からの呼び方で叫んでいた。

「それは…それは、、、!!!

社長が昔、私達に言ってくれた、”私利私欲のために宇宙開発をしてはならない”という言葉に、あてはまるのではないのですか!?」

聡一郎の声は、震えていた。



まだ駆け出しのベンチャー企業だった頃の『テレス』で、いつかあの月へ大勢のお客さんを乗せて飛行機で飛んでいける時代が来たら・・・ということを、聡一郎と伸弥は白熱しながら、よく話をしていた。

その時に、延沢が、真っ白のテレスコープを、2人にくれたのだ。

「君たちはまるで、テレスコープ・メイトだね。」という、言葉を添えて。


「私利私欲、か。そう思われても、仕方がないことなのかもしれないね。
だけどね、田邊くん。君は、とても優秀なテレスの社員だ・・・君だって、もうとっくに、気が付いているんじゃないのかい・・・?」

初めて、延沢の声が震えた。

「人間が、ずっと争い続けてきたのは、それぞれが抱える、小さな”私利私欲”の融合じゃないか。この、地球という素晴らしい星の、有限な資源のために、有限な土地のために…奪い合ったり、殺し合ったりして闘い続けてきた。それは全部、私利私欲のための行動じゃないのか?

元々、地球という星の上で、私利私欲のために、文明の発展は遂げられてきた。

自然災害で、やむなく失われた命だってあったというのに、まだ若い青年らの力を、平気で戦力に使う。歩ける足がちゃんとあるのに、幼い子供らの足は地雷で吹き飛ぶ。海の氷は解けて海面は上昇し、動物たちの住処は無くなる。

どれだけ『自分は悪くない』と思おうが、『自分は悪くない』と思う人間の集合体で、地球環境はここまで変わり果てた。どう生きようと、私たちは、自分自身の私利私欲からは逃れられないんだよ・・・。

だったらせめて、月から見る地球という星が、どれだけ小さなものかということを、宇宙からみた我々が、いかに争う価値などない無力な生命なのかということを、月に住み、知ってもらうことに、残りの人生を使いたい…!!

きっと、月から毎日地球を眺めれば、なんて馬鹿だったのだろう。なんて愚かだったのだろう。そのことに、きっと気付く力を、人間は、まだ、持っている。私は、そう思う。そして、それができるのはね、田邊くん。ずっと、星たちをおいかけてきた、テレスの社員である、私達の、使命じゃ、ないのかな。」


聡一郎は、もう、何も言えなかった。

何か言ったところで、もう、延沢は月に行ってしまう。そして、地球の資源は、どんどんと月へと運び出されていく。

夢が詰まった宇宙に行くためのエンジンが、地球脱出のために使われる。
夢にまで見てきたものが、一番信頼していた上司に、私利私欲のために使われる。

…絶えられなかった。


『・・・延沢さん。月から毎日地球を眺めることにだって、やがて人は、慣れていく。地球の美しさも、自分たちがどれだけ小さな存在かということも、反省も懺悔も、時間が経てばどんどんと薄れていく。僕たちは、”忘れてしまう生き物”だからです。
月でもまた、必ず同じ未来を繰り返す・・・・・・。』


その言葉は、もう、声にもならなかった。

聡一郎の心は、一度大きく打ち砕かれた。



◇◇◇



「アカリ、明日は、オリオン座流星群だよ。」

「やったー!!!もう、『テレス』に行く準備は先月からしていたんだ!」

アカリは、リュックサックに詰め込んだ正座の早見表や図鑑、お菓子や防寒着などを、聡一郎に見せた。

無邪気に笑うアカリを見て、聡一郎は、心に誓った。

アカリのことも、この地球という星のことも、月のことも、必ず、守らなければならない、と。そのすべてが、大切な、限りある命だ。


アカリが生まれて10年。

月への移住が始まって10年。

この10年間で起きていた、本当の事実を突き止めよう。


聡一郎は、身に及ぶかもしれない危険も感じていた。

アカリだけは、何があっても、その危険にさらしてはならない。



――その夜、聡一郎は、アカリに、『あの言葉』を託した。


それが、4人で見た、最後のオリオン座流星群だった。


どんな状態であっても、世界のテレスの社長席には、今日も、毎日のように仕事が降ってくる。翌年の3月、社長の引継ぎ任務が完了し、大勢の人々に見送られながら華々しく【日本人初・月移住者】として月に打ち上げられていった延沢は、もう、聡一郎の中では、「遠い星の人」と思うより他なかった。

仕事だけが、増えていった。



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【 企画書 】


なぜこの作品を創りたいのか、という自分の中の道標を見失わないように、IntroductionとProduction noteを書きました。




◇◇◇


【第4話】


【 マガジン 】



最後まで読んでいただき、ありがとうございました。 このnoteが、あなたの人生のどこか一部になれたなら。