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【テレスコープ・メイト】第9話 -流星群-


【第1話】

【第8話】



18.死、墜落、閉鎖



あれは、僕らの隣町に、飛行機が墜落する1か月前――。


「また投稿してるよ。」

「誰ー?」

「ノア。月に住み始めてから、ほんと調子乗ってる。」

「別に凄くないっつーの。」

「はいはいってかんじだよね。」

「”月に住めるのは、一定の人格と知識と体力を持った者だけ”だって。なんかちょっとおかしいよ。」

「元々優生思想みたいなの強めだった気がする。」

「俺、昔は好きだったけどなー、あの映画出てた時。なんだっけなー、タイトル。」

「てか、もう女優やめたの?」

「やめたんじゃない?全然知らなーい。」

「あたしも興味なーい。」



”ノア”の話題に触れるとき、そんなふうに否定的に語られることが増え始めるようになったのは、ノアが月に移住してからの「投稿」がきっかけだった。月の美しさや神秘的な宇宙の写真を載せることが多かったが、その投稿に混じって「月で住むべき人間は~」とか「月に来ていいのは~な人だけ」というような、偏った思想ともとれる発言が含まれることがあり、その度炎上するようになった。

しかし、そんなノアに元々沢山いた一定数のコアなファンは消えなかったし、逆にそんな思想に対し、肯定的な意見もあり、その対立が、ネットのひとつの話題でもあった。「ノア派」「ノア信者」「ノア教」なんて言葉がトレンド入りする日さえあったくらいだ。

月移住する前のノアは、アカリ世代のカリスマだった。

アカリの3つ上で、幼い頃からキッズモデルや子役として、昔から多くのメディア出演を果たし、時代のトレンドを作っていた。ワールドツアーと称して世界10都市公演を行った時は、会場だけでなく、VRでの同時視聴者数世界最多を記録したそうだ。



そんなノアが、死んだ。


中学3年になった、4月のある朝のことだった。


坂道を下っていると、キキキーーーっという音と共に、聞きなれた声が追いかけてきた。

アカリ!このニュース見たか!?5分前に更新された!!」


ブレーキのさびかけた自転車で、ツヅミが後ろから坂を下りてくるのが分かった。


ツヅミが画面をアカリのほうへ向けると、そこには、目を疑うようなニュースがアップロードされていた。

【ノア(17)、月にて死亡。誹謗中傷が原因か】

月で、自殺・・・!?!?

アカリは、事態を飲み込めないでいた。



◇◇◇



あれは、俺たちの隣町に、飛行機が墜落する1か月前――。


「聡一郎!!!、おい、起きろって!!!」

徹夜づけの毎日だった聡一郎を、朝からけたたましい声量で起こすこの聞きなれた声の主が伸弥だということは、目を開けなくても分かった。

「なに。」

聡一郎がまだ目をしっかりと開けないうちに、伸弥は聡一郎の顔の前に、ニュース映像をかざしてきた。

「ノアが、自殺したって・・・」

「ノア?ノアって今、月にいるだろ・・・そんなわけ・・・」

「月でだよ!!!月で、自殺したって!!!延沢さんは!?連絡とれるのか!?ショーンの、、娘だろ!?!?」

聡一郎は、改めてニュースを読んで、目を疑った。

嘘だろ・・・・・


かつて、伸弥と河野大臣の下へ出向いた時に聞いた、延沢とショーンとディーナの関係。月移住前までは世界的大スターだったノアは、そのショーンとディーナの子供だということも、分かっていた。

その上で、世界中で度々炎上していたノアの投稿を、聡一郎も目にしたことはあったが、ショーンとディーナのことを聞いていたこともあり、聡一郎にとっては、”ショーンさんたち、ちょっとノアに教育し過ぎじゃないかな・・”と苦笑いするくらいのものだった。


そのノアが、死んだ!?月で!?


聡一郎自ら、延沢に衛星電話をかけたことは、まだ一度もなかった。

どういうことだ・・

月で自殺・・!?どうやって・・!?

その時だった。


「・・・!?!?墜落・・!?!?はい、了解致しました。すぐに現場に向かいます。」

社員の一人が、青ざめた表情で受話器を置く。

「なにがあった・・・!?」

「ジャーロが、墜ちました」

「ジャーロが!?!?」

テレスのエンジンを乗せたセントレア発沖縄行きの旅客機『ジャーロ』が、離陸20分後に墜落したという知らせが届いた。rocket jetの運行と並行し、いまだ、多くの旅客機は空の旅を続けていた。

「なにがあった・・・!?!?」

「管制塔からの情報は!?」

「分からない・・・とにかく、飛行機墜落の原因究明班を組む!!!」


◇◇◇


ジャーロが墜ちたのは、徳島の山の中だった。

警察、レスキュー隊、消防車、救急車、報道陣含む、多くの人々が駆け付ける前に、エンジン部分は山の木々に燃え広がり全焼し、乗客・乗務員含む全ての人々は火事が鎮火したあとに、飛行機の中から遺体で発見された。

何があった・・・

テレスのエンジンに不調があったのか・・・!?

落下直前までの記録をみても、そんな兆候は何一つとしてない。

航空部会で委員会審議がなされても、不明点は残るばかりだった。

そのさらに1週間後、2機目が墜落した。今度は成田発鹿児島行きのLCC飛行機だった。またしてもエンジン部分は、テレスが供給しているものだった。


そして、その日は訪れた・・・。


2075年、5月1日。隣町に、飛行機が墜落したのだ。

それと共に、『テレス』に脅迫めいた文書が送られてきたのも、この日の朝だった。

【ノアを返せ】

【すべては月移住のせいだ】

【テレス社全てのエンジンを破壊する】

【覚悟しろ】

【ノアを返せ】


作業に追われる聡一郎たちのもとに、スパムメールのように大量のメールが届き始めた。中には誤作動を起こしショートするパソコンもあった。

「伸弥、飛行機墜落事故の原因は、『テレス』への、テロだ・・・」

「あぁ・・・」


「伸弥、もう戻れないかもしれない。『テレス』本社も狙われている可能性がある。一度家に帰って、会社に泊まる準備をする。社員全員の1週間分の食料備蓄は地下にある。それから、伸弥・・・アカリに、、、伝えたいことがある。少し、席を外すから、1時間くれ・・・」

「あぁ・・・」

「それから、あの動画。まだ、あるか・・・?」

「もちろん。」

「俺の、Twōtterのログイン、分かるよな。『テレスの危機』として、拡散しよう。」

「いいのか?」

「これを止めるには、、、それしかないだろ・・・。」



聡一郎は、家に戻り、できるだけ「普通の朝」を振舞った。

声が、手が、身体が、震えていないか心配だった。

アカリ、ごめん。父さん、アカリが大好きだと言ってくれたテレスを、このホシを、月を、守れないかもしれない・・・

そして、アカリの背中に向かって、『あの言葉』を届けた。


「暫く帰れないんだ。アカリのこと、よろしく頼む・・・!!!」




◇◇◇


元々、テレスのすさまじい企業成長をライバル視する企業は世界に多数あるということは、自覚していた。ノアの死にかこつけて、どこかの企業が『テレス』を狙ってもおかしくはない。

誰だ、、、。


社に戻ると、伸弥が血相を変えて聡一郎のほうへ走ってきた。

「聡一郎!!Twōtterの動向をみていて分かった。ノアの死の直後だ。ノアの信者たちの心情をコントロールして、誰かがテロを仕掛けているんだ・・・信者たちは、ノアが死んだ怒りをエネルギ―に変えるしか心のやりようがない。そこを利用して、誰かに指示されているんだとしたら・・・」

「それは俺も考えた。だけど、こんな同時多発的に墜落する飛行機は、元々綿密な計画が立てられていないと無理だぞ。」

「あぁ、一機目が墜落したのは、ノアの死が報道されてから1時間も経っていなかった。もっと、直接的に、ノアが死んだ事実を知っていて・・・」

「かつ、テレスのエンジンを搭載した飛行機がどの機種か、分かる人・・・」


「「・・・・まさか。」」


2人は、初めて、月と衛星放送を繋いだ。


ピピピピピピピピ・・・・・・

回線の音さえも煩わしい。どういうことだ。
なんで、そこまで・・・いや、そんなはず、、、


お願いだ、出てくれ。

出て、違うと言ってくれ、、、



ドドドドドドド・・・・・・・・
ツー・・・ツー・・・・・

映像には、砂嵐のようなものが映る。


「おい、これ、繋ぎ方あってるか?」

「合っているはずだけど・・・」

「映らないぞ?」



ドドドドドドドドドドドドーーーッッツ


「「あ・・・・・・・」」


その時、目の前に映し出されたのは、崩れ墜ちていくライドテントと、あたり一帯を埋め尽くす月のレゴリスが、地割れていく瞬間の映像だった。


ウィーーーン、ウィーーーン、、、

『緊急速報、緊急速報。

ただいま入りました情報によりますと、月の南極地域におきまして、2075年5月2日10:12、最大震度7強の月震が起こった模様です。NAZAからの映像を見る限り、あたり一帯を埋め尽くす月のレゴリスは盛り上がり、水氷が溶けだしているのが分かります。

最新情報によりますと、そこで作業していたのは、日本人含め3名・・・延沢英寿さんテレス元社長(63)、Shaun・J・Coxショーン・J・コックスさん(58)アプリケーションTwōtter創設者。なおショーンさんは月A-001地域人類史上初の居住者になります、続きまして鶴岡太一さん(55)宇宙飛行士・航空医学博士、計3名、行方がいまだ分かっておりません。詳細に関しまして、情報が入り次第お伝え致します。緊急速報、緊急速報、、』



◇◇◇




19.鼓星



「なぁ、月移住計画って、一体、なんだったんだろうな・・・。」



2076年10月。

アカリツヅミ、聡一郎、伸弥は、テレスのベランダにいた。

「人類は、地球を捨てることは出来ないんだと思う。この先も、ずっと。」

「延沢さんは、それを、分かっていたんだろうね。」

「・・・え?」

「お父さんたちね。2人で昔、河野大臣のところへ乗り込みに行ったことがあったんだ。」

「乗り込みに!?」

「かっけー!!」

「ふふ。戦いに行ったんじゃないんだぞ。真実を、知りたかったんだ。」

「真実・・・?」


「延沢さんは、月移住を決めたとき、大好きだった美佐さんと、リッカちゃんと、家族の縁を切って宇宙に行ったんだ。」

「・・・桜田先生に、、、名字。変わっていたもんね。」

「そうだろう?お父さんも、そのことが、気がかりだった。それで、河野さんに、聞いたんだ。どうしてお別れする必要があったんだって。」

「どうして?」

「ノアを、守りたかったんだって。」

「ノアを、守る・・・?」


聡一郎は、遠く輝く月を見つめながら、ふぅ、と、息を洩らした。


伸弥が代わりに続ける。

「延沢さんが、聡一郎に、テレスの重みを背負わせてしまうこと。そして、自分たちがしていることは、本当に正しいことなのかということ。あの日、社長室で聡一郎と話した時、聡一郎に言われて、自分が正しいと思って進んできた10年が、本当に正しいことだったのか・・・そういうことが、本当は、だんだんと、分からなくなってしまっていることに気付いていたことを、えぐられたような気がした、そう、河野さんに、相談しに来ていたんだって。」

「延沢のおじさんは、それでも、月を選んだ・・?」

「そう。彼が生きる残りの40年間で、この地球がね。・・いいほうに変わるとは、どうしても、信じることが、できなかったんだ。だから、もう晩年くらいは、”平和”というものを、体現したかったんだ。ショーンとディーナと共に、『ノアの箱舟』に乗ろうと、彼はもう、決めてしまっていたんだよ。だからこそ、宇宙へは、一人で行くために、大切な家族との別れを選んだ。本当に自分がしていることが、心から正しいのだと思えない限り、巻き込みたくはなかったから。それでも行きたかった。行く必要があった。そしてそれは、ショーンとディーナも、同じだった。」

「だけど、ノアは、月へ行ったよね。」

「そう。説得できなかったんだ。『”自分たちが生きる残りの40年では、地球は変われないかもしれないけれど、もしかしたら、ノアが生きる未来の世界は、変わるかもしれない。”なんて、そんなのただのエゴだよ!』って。えらい剣幕で、ノアに、怒られたそうだ。」

「エゴ・・・・か。」

「そう。たとえ地球が50憶年先の未来で、住めない星になるということが分かっていたとして。

そのときのために、50憶年後の未来のために、その時を生きる子供たちのために、居場所をつくってあげようと努力することは、見方によっては、『進歩』なのかもしれない。

だけど、今、今日の日に、今住んでいるこに地球すら守れないこの人間が、果たして、50憶年後の未来のホシを、救えるのかな。

俺たちはさ、今を、生きよう。


精一杯、生きようよ。」



「あ、流れ星・・・!」


「待って、見逃した!」


「大丈夫。今年のオリオン座流星群は、すごいんだ・・・!」



オリオン座流星群は、観測条件が揃っていたとしても、1時間に10個から20個程度しか見られない、秋の流星群だ。

しかし、2006年、流星の数が突然増えて、1時間に100個もの流れ星が地球の空をおちていった。

このことは、誰も予想していなかった。

オリオン座流星群、過去最大級規模の流星群だった。

2006年の観測結果を、天文学者たちが「あの夜の流星群は一体なんだったのか」と調査にあたった。それが、あの“ハレー彗星”。

ハレー彗星から放出されるチリの粒の流れが、2006年から2010年にかけて、地球軌道に接近していたのだ。そしてそれは、70年に1度しか起こらない、奇跡の流れ星だと分かった。



「2006年は、父さんたちも、生まれていなかった。だけど、あの日の夜の流星群は、よく動画サイトで目にしたんだ。」


「きれいだよなって、いつか見たいなって、ずっと、ずっと言ってたんだよ。」



「それが、2076年、今夜なんだよ」



夜空には、数えきれないほどの流れ星が、静かに、宇宙を駆け巡る。



「そうだ、言ってなかったけど、アカリツヅミ
お前たちの名前『鼓星ツヅミボシ』は、オリオン座の和名なんだぞ。」

「え・・・?」


聡一郎は、テレスコープを覗きこむ。

「いいか、あのオリオン座の中で、いちばん明るいベテルギウスは500~600光年。”1光年”は、1年間で光が進む距離のことだから、ベテルギウスは500~600年前の光だ。つまり、大航海時代と呼ばれていたあの時代の星の輝きが、今、この地球まで届いているんだよ。」

「すっげー!!!俺も観る!!!」

テレスコープを奪い合うようにして、星空を見つめた。


「今この瞬間の光は、何年後に届くんだろう。50億年後の人類にも、光は、届くのかな・・・」


「あぁ、届くさ。きっと。大丈夫。


―――届くんだよ。」





( 完 )


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【企画書】

なぜこの作品を創りたいのか、という自分の中の道標を見失わないように、IntroductionとProduction noteを書きました。


◇◇◇







最後まで読んでいただき、ありがとうございました。 このnoteが、あなたの人生のどこか一部になれたなら。