【テレスコープ・メイト】第7話 -答え合わせ-
【第1話】
【第6話】
15.入学式、あの日、あの言葉。
星が小学校4年生になった10月の夜、聡一郎はテレスで星と、『あの言葉』の約束をした。
「僕が星を守るよ!」
そう言って真っ直ぐに聡一郎の目を捉えた星のことを、聡一郎は、とてもとても、誇らしく思った。
そうか。星が、星を守るのか。
血は、争えないな。
そう思うと、星を危険な目に晒してしまうことになるのではないかという得体の知れない不安と、なんとしてでも守らなければならないという勇気のようなものが、同時に湧き上がってきた。
聡一郎は、社長に就任してからというものの、世界のテレスが抱える仕事の多さの裏側で、延沢の真意についてを、寝る間も惜しんで調査にあたった。
たびたび甘えるようにして話しかけてくる星のことを、最近あまり気にかけてあげられていないことに頭の何処かでは気付きつつも、そんな星に、まだまだその無邪気なままの子どもでいてくれよと、願うことしかできないでいた。
そんな、ある日の夜のことだった。
「ねぇ、もし”あの合言葉”を言ったらさ、僕はまず、何をすればいいの?」
星から、急に、そんなふうに問いかけられた。
「ん、なんの話だ?」
突然のことで、少しだけ動揺する。
“あの合言葉”を、忘れたわけでは、決してなかった。
ただ、聡一郎にとって、星とあの言葉を共有したことは、聡一郎自身のひとつのお守りのようなものにすぎなかった。
「あの言葉だよ!『星を、よろし・・・」
「星?」
思わず、聡一郎は星のその言葉を遮ってしまった。
「父さんが、本当に”その合言葉”を言う時がきたらな、その時は、父さんのTwōtterを見るんだ。」
「そこに、書いておく。全部、書いておくから。」
思わず口走ったその言葉に、星の顔全体にクエスチョンマークが浮かんでいくのは分かったが、聡一郎は、それ以上、何も言えなかった。
◇◇◇
伸弥と、宇宙省まで出向いたあの日。
伸弥と、決めたことがあった。
もしもの時は。本当に、もしもの時は、社長室に呼ばれた日の、伸弥が撮った延沢と聡一郎のあの動画を、Twōtterにあげよう。
本当に取り返しのつかないことになろうとしているのだとしたら、真実は、伝えなければならない。
延沢は、10年間にも及び、地球から限りある資源を月へ移送し続けてきた。
地球に見切りをつけて、月へ移住する計画を立てていた。
もし、本当に、その必要があった時には、これまでの自分たちの手で創り上げてきた『テレス』への信頼が地に落ちることになったとしても、延沢が、逮捕されるようなことになったとしても、もう一生、月へ行くことができなくなったとしても、それでも。あの動画は、拡散しなければならない。
それが、テレスで働く、最後の仕事になるかもしれない。
そう、2人で話をした。
だけど、その前に、やらなければならないことがある。
ーー真意を、確かめるんだ。
聡一郎の中で、延沢のことが、分からないでいた。分からないことが、どうにも悲しかった。
大好きな社長だった。
新卒入社した聡一郎と伸弥のことを、失敗しても成功しても、どんな時でも優しく受け止めて、一緒に、大きな夢を追う仲間として認めてくれた。
「いつか、地球のみんなをつれて、大きな飛行機に乗って、月旅行に行こう!窓から見える宇宙は、きっと本当にすごいぞ。」
「そうですね、この事業を、何か他のものにとって変わられたくはない。そんなジャンボ機に乗れるのは、宇宙まで飛んでみたいという、ただ純粋な夢と希望を持った旅人だけにしましょう!」
「あぁ、そうだな。」
そんなふうに、いつでも、テレスが目指す未来について、熱く語り合ってきた。延沢となら、本当にやれる気がした。
テレスの社員寮時代から、星のことも、家族ぐるみで面倒を見てくれた、本当に、大好きな社長だった。
信じたくはない。
何か、あるはずだ。
そう思わずにはいられない気持ちを、聡一郎はずっと抱えながら、延沢について、そして現在の月についての、調査を続けていた。
◇◇◇
しかし、そう簡単には分からなかった。
世界に誇る日本の大企業『テレス』の社長としての業務も山のようにあった。忙しい日々を送る中で、無情にも月日だけが過ぎ、気が付けば、星は中学校に入学する年になっていた。
聡一郎は、分かっていた。
星が入学する中学の理科教諭として、延沢の愛娘である桜田立花が一昨年から赴任してきているということ。理科の授業では、衛星放送を繋いで月にいる延沢と中継を繋ぎ、月の様子をライブで子供たちに見せるという授業形態をとっていること。
聡一郎が知る桜田立花は、『桜田』としてというよりも、『リッカちゃん』としての彼女だった。テレスがまだ駆け出しのベンチャー企業だった時代の社員寮から、延沢家とは家族ぐるみの付き合いをしてきた。
延沢の身辺調査をするうちに分かったことがあった。あの時の延沢家は、延沢が月移住を決めた時に、離婚していたのだ。リッカちゃんは母親とともに延沢を見送り、そのまま母の旧姓に名字を戻していた。
延沢家は、仲の良い家族だった。なぜ、離婚する必要があったのだろう・・
「なぁ、伸弥。なんでだと思う?」
「んー・・・月移住の前に、家族の縁を切っておく必要があったのは、延沢さんが”悪いこと”をしている自覚があったからだと考えるのが一番筋が通ってはいるけれど・・・それならリッカちゃんたちに正直に話さなければ離婚までできないよなぁ」
「延沢さん、嘘つくの、苦手だったもんな。」
「あぁ・・・」
「星と鼓くんの入学式に行くか。」
「直接話すのか?リッカちゃんと。」
「入学式だ。主役は子供たちだから、あくまでも、リッカちゃんの様子を見に行くだけだ。でも、接点は持っておきたい。」
「そうだな、行くか。」
◇◇◇
「鼓くん、大きくなったね。」
聡一郎は、本当にそう感じた。最後に鼓のことを見たのは、あの、小学4年生の頃のテレスで共に見たオリオン座流星群が最後だったことを思い出す。聡一郎は、オリオン座流星群をしばらく一緒に見れていなかったことに、その時初めて気が付いた。2人を見ながら、改めてこの数年、自分が忙殺されていたことを実感する。
「お久しぶりです!」
入学式が終わって、校舎を出ようとした星達を見つけ、廊下の向こうの方から、リッカちゃん自ら駆け寄ってきた。
「リッカちゃん!!!」
久しぶりの再会に、伸弥は桜田立花に向かって、大きく手を振る。
「伸弥さん、”リッカちゃん”は、やめてください。生徒の前です。」
「あぁ、そうだね。これから3年間、どうぞよろしくお願いします。」
伸弥と、目を合わせる。リッカちゃんは、あの頃のままで大人になったような、変わらない姿だった。
「延沢のおじさん、元気?」
鼓にそう聞かれて、一瞬リッカちゃんの顔が曇ったのを、聡一郎は見逃さなかった。やはり、何かあったのか・・・
延沢が、家族もおいて、それでも月に行きたかった理由が・・・
思わず、聡一郎は、『あの言葉』を口にしていた。
「リッカちゃん。・・・あ、桜田先生。星たちを、よろしく頼みます。」
何があったのか、教えてくれ。
そして星やその先の未来の子供たちがこれからもずっと、この地球という星で脅威にさらされることなく暮らしていくことはできるのか、できないならなぜなのか、月へ行かなければならないと延沢が頑なに思った理由はなんなのか・・・
延沢の真意は、本当に、地球への諦めだけなのか・・
教えてくれ・・・
16.真実へ
「伸弥、もう一度、河野さんに会いに行かないか。」
「河野さんに?」
「あぁ。この間は、たった20分しか話せなかった。大きな収穫はなかったものの、俺たちが河野さんに何か言うよりも先に、河野さんのほうから、”何か聞きに来たんだろう”と聞いただろ。それに、俺たちよりも先に、延沢さんが月へ移住することも知っていたんだ。それに、宇宙政策担当大臣だぞ。俺たちなんかよりもずっと、この地球についても、月の真実についても、知っているんじゃないか?」
「確かに、そうかもしれないな。アポとれるのか?」
「やってみるよ。」
「聡一郎、そういうことは、俺に任せろって。」
「え?」
「お前、ずっと寝てないだろ。少しは頼れよ。俺たち、【テレスコープ・メイト】、だろ?」
伸弥が急に、そんな、懐かしい言葉を口にした。
【テレスコープ・メイト】
・・・延沢が、そう言って天体望遠鏡をくれた、あの時の、あの言葉だ。
「そうだ。伸弥。延沢さん、どうして【テレスコープ・メイト】って俺たちに言ったのかな。」
「そんなの、俺たちが”宇宙好きの大親友”に見えたからじゃないか?」
伸弥はおどけたような口調でそう言う。
「じゃなくて。」
「おい、じゃなくてとか言うな。」
「ふふ、じゃなくて、さ。【テレスコープ・メイト】って、延沢さんがつくった造語なのかな。それとも、延沢さんも、誰かから、そう、言われたことがあったのかな、、、」
「あ、たしかに・・・」
◇◇◇
聡一郎と伸弥は、もう一度、宇宙省に来ていた。
「ありがとな、伸弥。」
「なんだよ、これくらい。お安い御用だよ。」
待っていると、河野が汗を拭きながら現れた。
「いやいや、お待たせしてすまない。会議が長引きました。」
もう、遠回りしている時間はなかった。
「ご無沙汰しております。本日、私たちがこちらに出向いたのは、他でもなく、延沢英寿・元テレス社長についてを、お聞きしたかったからです。」
聡一郎は、単刀直入にそう言った。
「なるほど、ね。」
河野は、2人をかわるがわる見比べて、ふぅ、と息をついた。
「その前にまず、『テレス』で何があったのか、話してもらえますか。」
河野のその言葉に、2人は覚悟を決めた。
「伸弥・・動画。」
「あぁ。」
延沢から社長就任を命じられたあの日の、聡一郎と延沢の会話を録画した映像を、河野に見せた。
黙ってその映像を見終わってから、河野は、もう一度、ふぅ、と息をつき、2人をじっと見つめて、こう言った。
「お2人は、50憶年後の地球について、どれだけ深く、考えていますか?」
「え・・?」
聡一郎は、想定外のその問いに、すぐに反応することができなかった。
「この映像で、田邊聡一郎さん、あなたは、地球がなくなるとするならば、それは50憶年後。太陽がなくなる時だと、そうおっしゃられましたね。それは、私もそう思います。太陽が当たらない地球は、徐々に植物が枯れ、生きとし生ける命は凍死し、氷河期のような時代になるでしょう。その前に、太陽の爆発によって、地球も共に終わりを迎えると考えた方が筋は通っているかもしれませんが。とにかく、50憶年後には、この星は、どうやら、終わりを迎えるらしいのです。」
「・・・はい。」
「では、田邊さん、速手さん。
・・・あなたがたは、50憶年後の未来に住む子供たちのことは、救えなくてもいいのでしょうか。今の地球が守れるのであれば。今の自分たちの暮らしが、そしてせいぜい、今の子供たちの100年後の未来くらいまでが守れるのであれば、それで、いいのでしょうか。
あなたがたの、ご自分のお子さんのことは、尊い守るべき命の対象として捉えることができる。いつかそのお子さんが新たな命を生み、あなた方がおじいさんになった時、その命のこともまた、慈しむでしょう。そのまた次のお子さんはどうでしょうか。ひいおじいちゃんになるまで、生きていられるかなぁと、少し心配になりますね。そのさらに先は?その先の先は?
・・・ですが、そうやって未来永劫、命が続いていく限り、誰かの命は、誰かにとっての、本当に愛おしい、大切な命なのです。
その、50億年後の子供たちの居場所は、つくってあげなくてもいいのでしょうか?太陽がなくなるから、地球がなくなるから、どうせ住めなくなる日が来るから、そんな途方もないくらいに先の未来の話なんて自分には関係がないから、想像もつかないから、どうだっていい。そういうことなのでしょうか。」
「・・・・・・・。」
聡一郎も伸弥も、何も言うことが出来なかった。
河野は、ゆっくりと立ち上がり、窓辺から空を見上げた。
まるで、月にいる彼らに呼び掛けるかのように、天を仰いだ。
「人間は存在し続ける、絶えることなく、絶滅することなんかなく、存在し続ける。延沢くんとショーンは、そう、信じていたかったんだ。彼らこそ、本当に、人類を愛し、果てしなく遠い未来への希望を、捨てなかっただけなんだよ・・」
◇◇◇
【企画書】
なぜこの作品を創りたいのか、という自分の中の道標を見失わないように、IntroductionとProduction noteを書きました。
【第8話】
【マガジン】
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。 このnoteが、あなたの人生のどこか一部になれたなら。