ミスター”ストロング”

「おい! 動くんじゃねえよ!」

 震えている店員に怒声が浴びせられる。男の手には刃先の長い包丁。顔には割とぶかぶかなゴリラのマスクを被っている。もう一人、ピエロのマスクをした男が小銭や紙幣を鷲掴んではバッグに押し込む。

 その様を自動ドア近くのベタな赤い覆面の男が、おどおどとチラ見しているとゴリラが叫ぶ。

「森田! ちゃんと見張ってろ!」
「ば、馬鹿! 名前呼ぶなって!」

 赤覆面の男、森田優は内心後悔している。今度こそカタギとして真面目に生きていこうと決めた。筈が、出所して迎えに来た昔の仲間と酒を飲んでいくうちに気づけばこのザマだ。

 森田自身は止めようとしたが、今まで気弱で流されてきた末に今回も犯罪に走ってしまった。今の自分に出来る事は誰も来ないでくれと願い続ける事だけだ。時刻は深夜2時。店員にとっては不幸だろうが、客が来る様子はない。

 胸を撫で下ろしかけたーーーーその時、自動ドアが開いた。

 森田の横をとことこと、くたびれた赤いジャージを着た背丈の低い人物が歩く。

「おい馬鹿! そいつを止めろ!」

 ゴリラの怒号も気にせず、その人物、額に皺が多く走っている男性の老人は商品棚から酒を取り出すと、レジまで歩いてくる。

「ジジイ! 出てかねえと殺すぞ!」
「お嬢ちゃん、目、瞑ってなさい」

 老人はそう言いながらポケットから300円を取り出してトレーに置く。森田もピエロも呆然としていると、ゴリラが青筋を立て殴りかかった。

 一瞬の動作。老人はプルタブを弾けて酒を口に含み、それをゴリラに吹き出した。ぎゃ! と叫んだが最後、老体とは思えない力強い足払いがゴリラの足を直撃する。ゴリラはカウンターに頭をぶつけて倒れると、動かなくなった。

 想像だにしない事態に、ピエロはバックを捨てて逃げだす。森田はへなへなと座り込む。

 座る森田の前に、つかつかと老人は歩むとこう、言った。

「坊主、飲み直すか?」

(続く)

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