ギターの音色と音量に関する力学、その6(インパルス波形)

【ハイライト】ギターを弾く際にプランティングすると、弦が伸びて、弦の内部に「ひずみエネルギー」が蓄えられます。弦から指を離す際に、大量のひずみエネルギーが瞬間的に放出され、衝撃波(インパルス波形)が生じます。このインパルス波が弦を振動させ、ギターの響きをもたらします。その際、指をゆっくりリリースするか、瞬間的にリリースするかにより、音色が変わります。数値シミュレーションにより、インパルス波形に含まれる高周波成分の構成を調べました。ゆっくりリリースすると、倍音成分がない貧弱な音になり、一方、瞬間的にリリースすると、倍音を多く含んだ豊かな響きになることが分かりました。理想的には、概ね1ms程度の非常に短い時間でリリースする必要がありそうです。指先で弾くという通常の弾き方では、この理想的な響きは絶対に得られません。綺麗に響いた音を出すには、体幹、背中、肩、腕にある大きな筋肉を使って、瞬間的にリリースする必要がありそうです。プロのギター奏者はどなたも「脱力」を強調しますが、その理由がここにあると思います。
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【ギターの音色と音量に関する力学、その6(インパルス波形)】
 
ギターの弦の振動特性に関するメカニックな話はたくさんあります。小生はちゃんと理解していませんが、太さの無い理想的な弦について、微小な曲がりが発生していることを仮定し、局所的な曲げ変形に関するつり合い式を立てるそうです。その式をTaylor展開し、そのうえで2階微分以降の高次項の影響性を無視しますと、(張力/線密度)の平方根で弦内部の横波速度が決まり、弦の周波数が求められるそうです。この話自体は間違いではありません。指で弦を弾くと、弾いた当初は弦が暴れますが、しばらくすると振動が減衰して、安定した微小振動になります。この状態を「定常状態」といいます。「(張力/線密度)の平方根で弦の振動数が決まる」という考え方は、微小振動理論の「定常状態」の弦の挙動の表現として概ね正しいといえます。

 

このように、実際にはダイナミックな動きでありながら、静止した状態でのシンプルな釣り合い式でその動きを捉える力学のことを、「古典力学」もしくは「静力学」の「微小振動理論」と言います。上述のように、「2階微分以降の高次項の影響性を無視した」ことによる、あくまで仮想的なストーリーです。高校や大学で習う物理の基本手法であり、いわばピアノの教則本の「バイエル」に相当する大切な考え方です。しかしながら、研究の実務において、静力学の微小振動理論をやっている人はまず居ません。

 

実際にはアルアイレとアポヤンドでは音量や響きが違います。微小振動理論の「定常状態」の表現では、弦の音色の違いをうまく説明できません。また、弦を弾いてから「定常状態」に至るまでには、複雑な弦の動きがあって、最終的にその音になるのですが、その経緯についても説明できません。そもそも弦を弾く際の力加減で音量も違う。つまり、弦が振動して音になる際には、力の量、つまりエネルギーが関与するはずですが、そのことについても、従来の弦の振動理論ではうまく説明できません。確かに、弦が往復振動をしていることを、難しい式の形でもって表現できる。そのような形式的な美しさはある。しかし「定常状態」の理論は、すでに音が出てしまった「後の話」です。その音を斟酌しても、いまさら奏者はどうすることもできません。音が減衰してなくなるのを待つだけです。ギターの奏者に対して「では、どのように弾けばいいの?」「綺麗な響きとは何なの?」という、最重要な知見を具体的に教えてくれません。つまり、ギター奏者の立場からは、定常状態になる以前の過程をつぶさに考えることが大切とわかります。

 

まずは、ギターの弦が振動して音を発生する原因、つまり、振動のもととなるエネルギーについて考えてみます。指先で弦をプランティングし、あるいは、指先で弾いて加えたエネルギーが、弦の振動を引き起こし、巡り巡って音になります。エネルギーに着目すると、指先の動きが音になる全プロセスを、同じ評価軸で追うことができます。つまり、弦に対して指の運動に起因する衝撃荷重を与えて、弦の不規則振動が始まり、ひいては従来の力学で扱う「定常状態」に至るまでのプロセスがどうなっているかを考えることができます。弦を弾く際にどのようにすればいかなる音になるのかという具体的な知見につながるはずです。なお、エネルギーにより弦の挙動を調べても、従来の弦の振動理論を否定するものではありません。むしろ、従来の理論に至る過程を扱うことにより、それを補強する位置づけと考えます。先般、エネルギーに着目して弦の振動現象を言葉のみで紹介しました。でも言葉のみでは、なかなかわかりにくいようです。そこで、今回は、指先から弦に伝わる衝撃荷重(インパルス波形)が音に変わるしくみについて、簡単な図を用いて解説したいと思います。

 

弦に直角方向に弦を弾くと音が出ます。弦自体に局所的な初期変位を与えて音にします。ただし、この方法で発生する運動のエネルギー量はかなり小さい値です。プロアルテの5弦がピークトゥピークで1㎝幅で往復振動する際の、弦のエネルギーを求めますと、たったの 0.007 J(ジュール)しかありません。これは100gのものを7mm持ち上げるだけの非常にわずかなエネルギー量です。電力に換算しますともうすこしわかりやすいかもしれません。0.007 Ws(ワット・秒)です。テレビをOFFにした状態での待機電力の1秒分くらいの電力に相当すると思われます。しかも、通常弦を弾くという指の運動では、この値よりさらに小さく0.001Jオーダーのエネルギー量になります。

 

一方、5弦をアポヤンドする際に弦を引っ張る、あるいは、弾く前にプランティングして弦を押し込むと、弦に蓄えられるエネルギー量は、これよりはるかに大きい値となります。例えば、プランティングして10㎜弦を押し込むと、そのエネルギー量は約0.04J(ジュール)にも達します。指ではじく場合のエネルギー量より1桁以上大きい。つまり、エネルギーの大きさから考えますと、指で弦を弾くという通常の指先の動きは、「奏者がどのような音を出したいか」という、音色や響きのきっかけをつくる、いわばスターターとしての役目であり、音量を決める要因ではありません。むしろ、楽器から聞こえる音の大部分は、アポヤンドで弦を引っ張ることや、プランティング時に弦を押し込むことにより、弦に蓄えられるエネルギー(これを「ひずみエネルギー」といいます)によるものと考えられます。

 

前置きが長くなりました。やっと本題です。アポヤンドやプランティングにより弦に蓄えられた「ひずみエネルギー」がギターの音色と音量の原因、言い換えるならば、音の原料となるバッテリーです。アポヤンドやプランティングをすることで、弦が伸びます。その際に、弦の内部にひずみエネルギーを充電していることになります。ここで、弦を押さえている指を離すと、それまで弦の全長にわたり均等に充電された「大量のひずみエネルギー」が一気に放出されます。そのことにより、伸びていた弦が、全長にわたり均等に収縮して、また戻る。このときの波形は、1個の急峻な山形のパルス波形(これを「インパルス波形」といいます)をなし、この衝撃波でもって、弦を一気に叩くという効果があります。ちょうどピアノでハンマーが弦を叩くのと同じ現象です。ピアノの場合は、弦のある一部しか叩きません。しかし、ギターの弦の場合は、ひずみエネルギーが弦の全長にわたり均等に蓄積されておりますので、弦の全長を同位相で一気に叩くという非常に優れた効果があります。大量のひずみエネルギーで弦を叩くことで、弦に振動が発生し、そのことで音が聞こえます。

 

大量のひずみエネルギーで弦を叩く現象は、どうやって発生するかと言いますと、それは弦を弾く際の力ではありません。弦から力を除荷する際の、リリース時の指先の動きのみでインパルス波形が生成され、そのエネルギーでもって弦の振動が始まり、音が出ます。その際、一瞬でひずみエネルギーを開放するか、それとも、ゆっくりひずみエネルギーを開放するかということで、弦の基本的な音色と音量が確定します。もっと、具体的に言いますと、弦をリリースする際に発生する「インパルス波形」に、もともと「どのような音の周波数成分が、どの割合で配合されているか」ということで、その後に楽器から聞こえる響きと音量が決まります。ギターの音は、通常は指先の弾き方で音が決まるものと考えられていますが、実際には除荷時(リリース)の仕方ですでに決まっているわけです。

 

今回は、前回と同様に簡単なシミュレーションで、弦に蓄えられたひずみエネルギーを「ゆっくりリリースする場合」と、「瞬間的にリリースする場合」について、その後発生する音色の違いを比較します。この結果をご覧になると、指先の運動だけで弦を弾く動作では、リリース速度が遅すぎて、豊かな響きが得られないことをご理解できると思います。

 

図は1枚だけです。通常の弾き方を想定したゆっくりな指の動きによる場合(【図1】)から、理想的なリリース速度による場合(【図2】)までの9種類のインパルス波形を準備しました。【図1】の10msと書かれたピンクの波形は、ひずみエネルギーのリリース時に時間が掛かった場合で、インパルス波形の幅は10msです。この話の中では「ゆっくり」と表現していますが、実際には1/100秒という非常に短い時間です。指先の動きとしてのおそらく限界値に近い速度と思われます。同図には、さらに高速なリリースの動きとして、5ms, 2.5ms, 1.67ms, 1.25msの4種類も示しています。【図2】はさらに、短時間でのリリース挙動を想定しまして、1ms, 5ms, 0.33ms, 0.25ms の4種類を示します。このリリース速度は、指の筋肉の動きのみでは絶対に再現できません。どうすれば実現できるのか具体的には想像できませんが、例えば指先を孫の手のようにしっかり固めて、体幹、肩、腕にある大きな筋肉を瞬間的に使ってリリースすれば、練習を重ねることで実現できるかもしれません。このことより、演奏時の脱力の重要性がよくわかると思います。

 

今回の例題は非常に短いインパルス波形の分析ですので、計算上の解像度を高めました。ここではインパルス波形1個からなる波形のデータを生成し、解析にあたっては16.8 MHz、24ビットの分解能(1秒間に約1680万の解析点)を設定します。また、数値データ列の端部での不連続性が、解析結果に不都合を与えないように、十分な長さの解析時間を想定します。ここでは各インパルス波形について1秒間(1680万個)のデータ列を準備しました。この上で、それぞれの波形について数値解析プログラムでFFT(ファストフーリエ変換)に掛けて周波数領域に変換しました。なお、結果ついては、とくに平滑処理はしていません。

 

数値解析の結果を【図3】と【図4】に示します。図は横軸が周波数で、左側は低い音で、右に行くほど音が高くなります。オーディオに付いているイコライザの画面と同じです。縦軸は、そのインパルス波形に含まれる、その音の高さの周波数成分の強さです。上に行くほど、その音の周波数成分が沢山含まれていることを意味します。

 

【図3】は、もしかしたら実現できるかもしれないリリース速度の結果であり、【図4】は理想的な響きを得るためのリリース速度の結果です。【図3】のインパルス波形幅10msの場合を見ますと、概ね100Hz以下の低い周波数成分しか含まれていません。たとえば、5弦のA(110Hz)を弾く際に、1/100秒かけて弦をリリースします。この場合は、基音の響きだけで、倍音は殆ど聞こえません。音量も小さく、非常に陳腐なぼんやりした音色になってしまいます。この時点で、指先を弦に対して直角に動かしたり、あるいは、弦方向に動かしたり等、いろいろ工夫をしても全くの無駄です。もとのインパルス波形の中に倍音に相当する周波数成分が含まれていませんので、どんなに頑張っても響きも音量も全く改善されません。さらには、良い音を出したいからということで、数百万円もする高価なギターを買い求めようとも、さらには、最高級のお高い弦を使おうとも、全く意味がありません。その理由は、振動の素となるインパルス波形に、倍音を生成するエネルギーが含まれていないからです。

 

さらに、同じ弾き方で、今度は1弦の開放弦E(約330Hz)を弾いてみます。つまり10ms掛けてゆっくりと指を動かして音を出します。この場合は、先ほどの5弦を弾く場合より、さらに悲惨です。図3の10msのグラフを見ますと、悲しいことに330Hzに相当する振動は殆ど含まれていないことがわかります。つまり、せっかく丁寧にプランティングした、あるいは、しっかりアポヤンドしたのですが、そのエネルギーはすべて瞬間的に散逸して消え去ってしまった。弦の振動に使われるひずみエネルギーは全く残っていません。つまり、せっかく丁寧にプランティングした、あるいは、しっかりアポヤンドしたはずですが、そのエネルギーは弦の振動には一切使われなかったことになります。この場合は、弦を弾く際に、指が軽く弦に当たって初速を与えるだけのエネルギーしか音になりませんし、その音には倍音成分も殆ど含まれません。そのエネルギー量はおそらく0.001Jオーダーであり、音量も小さく、とっても貧弱な響きになることが容易に想像できます。

 

アマチュア愛好家が参加するギターの発表会やコンクールなどに参加しますと、フレタやアグアドなどの超高級ギターや、ホセラミレス1世などの超レアな逸品を、有り余る財力で買い求めて、演奏される方をよく見かけます。1セット5000円もする高価な弦を、演奏のたびに新品に交換して使っている。ご本人は悦に入って演奏していらっしゃる。ところが、その最高級のギターからは、こう言っては誠に申し訳ないのですが、量産品の一番安いギターよりさらに貧弱な音が聞こえてきます。本来ならば、楽器、弦、会場ともに、垂涎の最高の演奏環境のはずですが、聴いている側からしますと、非常に不思議に思えます。当事者ではないので真の理由については分かりかねますが、おそらく弾き方が悪いのだろうと思われる。プランティングが出来ていないので音量がない。さらには、弦からリリースする際の指の動きがあまりに「トロすぎる」のでしょう。そこの空間だけ時空が曲がっており、きっとスローモーションで動いている。そのせいで、倍音が含まれない曇った音になっているのだろうと思われます。(おーっと、うっかり口が滑って、悪口を書いてしまい、スミマセン!)

 

同じ【図3】の中ですが、インパルス波形の幅1.25msの場合は、1000Hzに達しても、最大値の25%ほどの振幅があります。つまり、この弾き方で5弦A(110Hz)を弾くと、オクターブの倍音A(220Hz)、3倍音E(330Hz)、4倍音(440Hz)、5倍音C#(550Hz),6倍音A(660Hz)・・・のように、非常に多くの倍音の振動成分を含んだ響きを発生することができます。おそらく、豊かな音色になるし、音量も増します。同じ弾き方で1弦E(約330Hz)を弾いても、透き通るような輝きのある音色で、しかも豊かな響きになります。この弾き方ですと、さらに、弦と指先の当たる角度を変えるなどの工夫次第で、奏者の意図する音色、響き、音量にアレンジすることも容易にできるものと考えられます。この弾き方ならば、たとえば、高価なギターを購入して、高品質の弦を張ると、その効果を確実に実感できるはずです。その理由は、振動の素となるインパルス波形に、倍音を生成するエネルギーがたくさん含まれているからです。

 

【図4】はさらに、弦から指を離す際のリリース速度を速めた場合です。実現するにはどうすればよいかわかりませんが、少なくとも通常されているような「指先の動き」だけでは絶対に実現できません。図より分かりますことは、リリース時間を可能な限り短くすることができれば、倍音成分をたくさん含んだ豊かな響きを作ることが可能ということです。
 
また、弦の振動時に、弦が暴れないで振動できる運動エネルギー量の上限値は、基音についても、各倍音成分についても、ほぼ同程度の大きさのエネルギー量です。しかも、それらの倍音成分は互いに独立して、同じ弦上にて、異なる振動として音を鳴らすことができます。つまり、倍音成分を多く含むことは音色が豊かになるだけではなく、同じ弦でありながら、倍音の数分だけ音量を何倍にも増大することが可能と言えます。演奏時に力を入れても音量の増加量は高々10%~20%止まりです。しかしながら、除荷する時間を短くできますと、響きが豊かになりますし、音量も大幅に増加させることが可能になると考えられます。この原理は、ギターの音に限らず。ピアノなどの弦を叩く楽器にもあてはまります。先にも述べましたが「脱力」の重要性がわかります。おわり!

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