ギターの音色と音量に関する力学、その1

ギターの音色を良くしたいし、音量も大きくしたい。いったいどうやれば良いのでしょうか?繰り返し、繰り返し、何度も何度も、練習すれば良いのでしょうか。そもそも自分の弾き方をどうやったら改善できのでしょうか。もちろん練習すればミス無く、しかも速く弾けるようになります。でも悲しいかな、音色は決して良くならない。改善の方法がわれば、良い演奏ができるかもしれない。でもその方向性がわかりません。
 
私はアマチュアのギターの愛好家です。仕事はいまは研究所勤務ですが、もともとの専門は力学の振動問題です。現在も、ギターの音域とほぼ同じ周波数領域での衝撃問題と振動問題の理論解析を仕事としています。
 
昔、大学生相手に講義をしていた内容を思い出して、ギターの音色と音量に関して、別のところにコメントしました。同じ内容をこちらにも転記します。ただし、まずはイントロだけです。こんなことを書くと、異論も多いだろうなあと想像します。内容は力学のアプローチなので、用語などが解りにくいかもしれません。本当は記号や数式で表現すればよいのですが、そこのところはできるだけ数式なしで、その概念だけ解説しようと思います。まだ下書きレベルであり、実際に検証したものではありません。その点はどうかご容赦ください。

-------------------------------------------------------------------------
 
 
本日のお題は、
「弦を弾く際の指の動きはどうするのが理想的なのか?」
です。ギターの音色を構成する倍音について紹介します。

 
その答えはおそらく「ギターの弦の響きとはなにか?」ということを考えると気付くことがあると思われます。Youtubeにギターの弦の振動を撮影した動画があります。これは鉄弦ですが、現象はナイロン弦も同じです。
https://www.youtube.com/watch?v=INqfM1kdfUc

画像1

 
わかりやすいところで、ここでは27秒付近で動画を一旦止めて下さい。1弦の開放弦Eの音が鳴っています。周波数は329.6Hzです。画像を見ると、細かな波が見えます。サウンドホールの大きさから推定すると、その波長は約8mmです。弦長は650mmですので、波長8mmの小さな波は、(650/8)倍の高い周波数成分です。その周波数は329.6Hz×(650/8)より、およそ26.8kHzの振動成分と解ります。
 
1弦のミの音は大体330Hzです。ギター演奏家の誰もが1弦を弾くと、およそ330Hzで振動しており、おそらくその数倍程度の周波数までの倍音が鳴っているいるものと信じています。でも、驚くことに、実際には330Hzの振動だけではなく、その80倍近い周波数成分(オクターブでいうと約6オクターブ上の倍音成分)までを含んでいることがこの動画から解ります。波長8mmの振動成分26.8kHzはすでに可聴域を超えています。聞こえない音なので、演奏には関係ないような気がします。このことについては後述しますが、聞こえないようで、実は聞こえています。これは約330Hzの音の波形とその音量を構成する重要な役目を担っています。
 
さらにこの動画から、もっと驚くべきことがわかります。動画で確認できる約8mmほどの小さな振動波形は、かなりいびつな形をしています。高校の数学ででてきた正弦波とは大きく違っています。(これは、大学の理科系の1年次に習うのですが、フーリエ変換という数学の計算手法を使うと解りますが、)このいびつな波形を作るには、26.8kHzのさらに20倍ほど高い周波数成分、周波数で約500kHz、つまり、波長0.5mmくらいの非常に細かな振動成分が必要です。これは「必要」という言葉ではなく、弦の響きに500kHz程度の非常に高い周波数の振動が実際に含まれていることを意味します。
 
このことをオクターブで換算しますと、1弦のEの開放弦を鳴らすと、約8オクターブ上の倍音までが響いていることになります。この動画が正しいもの(作り物ではない)としますと、1弦の開放弦振動には、実際には500kHz(50万Hz)の非常に高い周波数成分までの実体波が含まれていることが、この動画から確認できます。もちろんこれは絶対に人間の耳では聞こえません。
 
初めてこの動画を見たときには、私も信じられませんでした。そんなに高い振動成分が、ギターの弦にあるとは想像しがたい。確かに通常は信じがたいのですが、つまりギターの1弦の開放弦Eの響きには、基本となる約330Hzの振動だけではなく、上は(耳では絶対に聞こえない)500kHz(50万Hz)までもの高周波の振動成分(つまり約8オクターブ上までの倍音)が幾重にも重なり合って、耳に聞こえる330Hzの振動の「波形」を構成していることがわかります。
 
【ただし、ここで述べた「基音の周波数の200倍もの倍音成分の実体波がある(らしい)」という内容は、この動画をもとにしたあくまで仮説の域を出ません。本当なのかどうかは、実際に弦を振動させて、例えば1MHzサンプリング程度の精密な測定機材で測ってみないと断言できません。しかし、Youtubeを見ますと類似の動画がたくさんありますが、どの動画でも同じような現象となっており、概ね間違いはなさそうと思われます。】
 
ここで音色に重要なのは振動数ではなくて、その波形です。中学校の理科の実験でみたことのある、オシロスコープで見える波の形です。その形を決めるのは、通常の音階に書いてある弦の振動(基音)ではなく、可聴域からさらに耳に聞こえない非常に高い周波数までの、固有周波数成分(倍音成分)が重なり合ってその形を作っているということです。とくに、高い周波数成分は、オシロスコープで見える波形について、鋭い「とがり形状」をつくることに貢献します。そして、この波形の尖り具合の違いが音色、つまり響きとなります。
 
弦の音色は、その弦が有する固有周波数(つまり倍音。基音の整数倍の響きのこと)の重なりで形成されます。ここで弦を弾く際の問題としては、弦に直角な動きの振動成分(つまり横波、正確には弦の回転振動)だけでは、非常に高い周波数成分が再現できないことです。もしも弦がミシンの糸のように細くてしなやかなものならば、横波だけでも理想的な振動を構成できるものと思われます。
 
しかしながら、実際の弦は、かなり太いし、硬いんです。弦は、その太さと硬さのせいで、短い波長になると曲がりにくい。つまり、弦の横波成分では、弦の曲げ変形挙動に限界があり、再現できる高周波成分に上限があると考えられます。先の動画を見た感じでは、おそらく波長8mm程度までならば、なんとか自在に曲げることができるものの、それ以上の周波数(さらに短い波長)では、おそらく曲がりにくいだろうと容易に想像できます。ナイロン弦の場合は、鉄弦よりは柔らかいのでもう少し変形は簡単かもしれません。でも、弦を交換する際に、ブリッジの穴に弦を曲げて通しますが、綺麗に曲げて通すのはなかなか大変です。割と硬い。弦が振動する際も、残念ながらその太さが関係して、曲げ変形(回転振動)にはおのずと限界があると思われます。
 
では非常に高い周波数成分、つまり、オシロスコープの波形での細かな尖り形状をつくる倍音成分については、どうやって音を発生しているのでしょうか?
 
非常に高い周波数成分は、弦の曲げ変形ではなく、弦の縦波(伸縮振動)とねじり振動で生まれると考えられます。数ミリメートルの短い波長であっても、ねじりや伸縮ならば、ナイロン弦でも容易に発生できます。では、具体的な弾き方の話を考えてみます。縦波やねじり振動はどうやって発生させることができるかというと、これは弦を斜めに弾くことで発生させることができます。また、(別の機会に解説しますが)どれだけ多くの種類の固有振動数を含むかで音量が決まります。横波だけではなく、それに縦波とねじり振動を混ぜることで、おそらく音量を増やすことができる。このことに関しては、まだ測定したわけではないので断言できませんが、もし音色と音量を自在にコントロールしたければ、弦に対して斜めに指を動かすことが必須でしょう。

----------------------------------------------------------
今回の話の要点は以下の通りです。

(1)ギターの弦の振動は、低周波域から非常に高い周波数までの、多くの倍音成分から構成されている。
(2)Youtubeの動画を参考にすると、基音の約8オクターブ上までの倍音が含まれている可能性がある。
(3)弦の振動には、横波、縦波、ねじりの振動が複雑に含まれている。
(4)綺麗な響きと音量を確保したければ、弦に対して斜めに指を動かす方が効果的と考えられる。