沖縄とオーストラリア人女性の話

以前、沖縄で「泡盛」という地酒の専門店で店長をしていた時の話。


沖縄の中心地で構えたお店。
といってもオーナーと僕の2人だけで運営してる小さな店舗。
観光客を相手にしたそこで、月の28日は出勤し朝から晩まで1人で切り盛りしていた。


僕が勤めてすぐに景気が悪くなる。
理由は明確、リーマン・ショックの影響だ。

世界中が大打撃を受け各企業てんやわんや。
小さな店舗だが、観光客数が減った沖縄では本当に死活問題だった。

暇だが腐らず働いていたある日、ふと訪ねてきた1人の女性。

見るからに「旅行で沖縄にきた」白人のバックパッカー。
英語と日本語の混じったそのか弱い声は、彼女が泡盛以外を求めて話しかけてきたのが明白だった。

「どうしたの?」

僕の拙い英語で会話を続け、彼女が求めていることが判明する。
それは今現在のドルの価値。


当時リーマン・ショックの影響は本当に凄まじくて、僕のような素人目にも不安が募るほどの為替相場。
沖縄のスーパーマーケットではドルも使用できるのだが、時折レジ前で顔を曇らす外国人に出くわすなど、日本円しか利用しないが「何となく」という言葉では足りないくらいのスピードで世界の通過事情は変動を続ける。

以前は生活の中で
「1ドル?120円くらいだっけ?」
なんて適当な感覚を持っていた僕でも
「1ドル100円切ってるね」くらいの知識はあった。

それは、120円が何もしなくても100円以下になってるということ。
120円持って買い物に出かけるも、店に着くとその「120円」が「100円以下」の価値になっているということ。


彼女の声がか弱い理由はわかっていた。
泣きそうな顔の理由もわかっていた。

「レート調べるね」

そう伝えたものの、すごく嫌だった。
絶対に彼女が知りたくない答えしか出てこないのは明白なのだから。

「いま1ドル90円くらいだよ」

伝わりにくいよう意図的に日本語で話した気がする。
そして、そのままレート表を見せた。

覚悟していたのだろう、彼女はすぐに泣き崩れた。

泣きながら僕にしがみつき話てくれた。
「帰りの航空券を買うチケット代が足りなくなった」と。

たくさんいろんな事を伝えられたが、もう拙い日本語は使わず、泣きながら英語で話されたのであまり聞き取れなかった。
彼女は必死だった。

自分の持っているお金の価値がここまで急速に下がることなんて殆どの人は想像できない。ましてやそれが異国の地で起こり得るなんて。


「店の前で女の子が泣いてたらロッキーが迷惑だよ」
ととある店舗の方が言って来たが、僕には彼女を無下にすることなんてできないし、そのまま話を聞いてあげることに。

ビザの話や所持金、沖縄でどうしていたのか。
落ち着いた彼女と話して、そのまま安宿を勧めた。

「僕は面倒見れないけど」
その枕詞とともにいろんなアドバイスをして見送る。
何とも複雑な、切ない感情だった。


数日後、街を歩いていると「Hey!」という元気な声。

振り返ると、とある店舗の制服に身を包み元気に呼び込みをしている彼女の姿が。

「ここで働いてるの?」
「帰る資金が調達できるまで」
「そうなんだ。解決できそうで良かったね」
「ありがとう。今度食べに来て」
「そこ高いからな。そこで食事したら俺が家に帰るお金無くなっちゃうよ」
「あなたいつも自転車でしょ」

なんて軽く話した彼女は声も表情もとても明るくて、あの僕の切ない気持ちはどこかへ飛んで行った。


当時の一部始終に立ち会った先輩から
「ロッキー、あの外国人の子あそこの店で働いてたよ」
「ですよね。楽しそうだった」
「行きたいけど高いもんな」
「間違いない」
「もっと安い店で働いて欲しかった」
「間違いない」

という会話でこの話はおしまい。
何とも観光地らしい経験だったな。


なぜ彼女は僕が自転車通勤してる事を知ってたのか、そこまではわからん。


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