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『The Gardens Between』のすべては なぜ美しいのか

先日、オーストラリアはメルボルンに拠点を置くデベロッパー The Voxel Agentsから、『The Gardens Between』という新作パズルアドベンチャーがリリースされた。
ノスタルジックで幻想的なアートワーク、穏やかで心地よいサウンド、そしてそのデザイン全般に一貫性があり、とても美しく感じられた。
今回は、そんな心に深く突き刺さったこの傑作を、自分なりの理解と解釈でまとめてみようと思う。

※この記事は、ネタバレに一切配慮していない。というのも、私は本作におけるゲーム体験が、ネタバレによって著しく損なわれるものだとは思わないからだ。しかし、自分で気づくことによって得られる体験を重視する人は、ゲームをクリアしてから読むことを推奨する。

確定された道程

本作は、親友同士であるArena(アリーナ)という少女とFrendt(フレント)という少年が、互いに協力し合いながら、不思議な島々を巡ってパズルを解いていく内容となっている。
特筆すべきは、キャラクターではなく時間を操作することで進行させていくという点だろう。時間を進めると二人が島の頂上を目指して歩き始め、また島の環境も変化していく。時間を戻すと二人は後ろ向きに歩き始め、島の環境の変化も戻っていく。何度繰り返しても同じように、1ミリのずれもなく移ろっていく。VHSなどのアナログデータの映像を親しんだ年代ならピンと来ると思うが、いわゆる「再生」と「巻き戻し」のイメージである。

操作に使用するのはスティックの右と左、そして✕ボタン(PS4版の場合)だけだ。スティックを右へ倒すと時間が進み、左へ倒すと時間が戻る、✕ボタンでインタラクト可能なオブジェクトを調べる。チュートリアルでは左スティックの使用を促されるが、実は右スティックでも同様の操作が可能なので、片手でプレイできるようになっている。実にミニマルだ。

前述通り、スティックを右に倒すと二人が島の頂上を目指して移動していくのだが、もちろんそれだけでは頂上に辿り着くことはできない。
例えば先へ進むための鍵が目の前にあるのに入手できない場合、まずは時間を進めた先でスイッチを押して入手フラグを立て、再び時間を戻してから鍵を入手する、という立ち回りが要求される。
また、ゲームを進めていくと、特定箇所でオブジェクトの時間だけを操作することが可能になる。これは二人を動かさずに、目の前を塞いでいるオブジェクトだけを取り除いたり、逆に道を作ったりといったことに用いる。

このように本作は、「最初(二人が島に流れ着く)から最後(二人が島の頂上に辿り着く)までが確定された道程を進行させていく」というメカニクスになっている。なぜこのように設計されているのかは、次の項から明らかにしていきたい。

マップデザインの唯一性

ゲームを起動すると、雨が降りしきり激しく雷が鳴り響くなかに、二軒の家が立つ光景が目に飛び込んでくる。深夜なのだろう、周囲は暗く沈んでいる。しかし二軒の家の向かい合う窓だけは、電気が点けっぱなしのまま開け放たれている。互いの窓からは、カーテンが飛び出していたり、タオルかなにかで即席で作ったロープが垂れており、それらは強い風に吹かれて揺れている。二軒の家の奥の小高く盛り上がったスペースに小さな空き地があり、その中心にはツリーハウスが立っている。

この示唆的なタイトル画面のビジュアルを見ただけで、状況説明されるまでもなく、何があったかはだいたい想像できてしまう。プレイヤーを信頼し、その想像力に委ねた、合理的で美しい導入。それと同時に、テキストの一切を廃された本作の、物言わぬ表現力をまじまじと見せつけられる。

ゲームを開始しよう。
はたして、カメラが奥にある空き地にゆっくりとズームすると、ツリーハウスの中で向かい合う浮かない顔のArenaとFrendtを映し出した。お互い何か言いたそうにしているが、何を言っていいか分からないという様子だ。
その時、激しく雷の音が響いた。一瞬だけ時間がさかのぼり停止したように見えた。すると、二人の中心に光る球体のようなものが現れた。Arenaがそれに触れようとした途端、次元が歪んだ。
そして、気が付くと二人は見知らぬ島へと流れ着いていた。

二人が流れ着いた小さな島には、奇妙な光景が広がっていた。玩具などが乱雑に詰め込まれた巨大な段ボールが転がっているのだ。周囲の海をよく見ると、大きなトラックが岩礁に乗り上げていたりもする。
どうやらこの島では、時間を自由に操作できるらしい。時間を進めていくと、途中で力強い光を宿すランタンのようなものを見つけた。二人で頂上の装置にそれを設置すると、光の球となって空へと打ち上がり、やがて飛行機の模型とボールのビジョンが映し出された。星が生まれた。
次の島でも同じようにランタンに光を宿し、頂上に設置し、打ち上げる。開けたドアのビジョンを内包した星が生まれる。
二つの星が回転する。混ざり合う。夜空に星座が形成される。その星座は、引っ越してきたばかりのArenaと、彼女に声を掛けるFrendtの姿を象っていた。

この不思議な島々は、二人が初めて出会った頃の記憶の断片から形成されていたのである。そして、この先二人が訪れることになる全ての島々は、その島でなければならない唯一性を有している。なぜなら、二人が過ごしたかけがえのない不変の記憶そのものだからだ。
二人が協力し合って島の頂上まで登るプロセスは、二人が記憶を頼りに思い出を補正していく行為に他ならない。「あの時こんなことがあったよね」「あったあった。あれは楽しかったなぁ」、そんなやりとりをしながら、大切な思い出を色鮮やかに甦らせていく。
本作はそうやって、二人の記憶から成る島々を巡ることでかけがえのない思い出を互いに共有していると強く確認し合う、そのメタファーなのだ。

パズルに込められたストーリーテリング

本作のパズルは、比較的簡単なものだ。各エリアは2~3の島々から成り、島一つ辺り数分~十数分で解けるものが多い。全体的なボリュームを見ても、パズルが得意な人ならば2時間もあればゲームクリアできてしまうだろう。
観察・発見・ひらめきから成る一連の流れを体感し易いバランスに設定されており、高難度の打開による達成感よりも、ゲームテンポと、パズルを通してビジュアルを見せることに重きを置いている。
なぜなら、本作のパズルは、ルールや演出や解法そのものが物語を表現しているからだ。

基本的なルールで確認してみよう。まず重要な鍵であるランタンだが、これは光を宿すことによって靄を晴らしたり、橋を作り出すことができ、Arenaのみ携行することができる。これはArenaの勝ち気で直線的な性格を表していて、事実ほとんどのシーンでArenaは率先してどんどん前へ前へと歩いていく。タイトルの導入部で見て取れた、タオルを繋ぎ合わせた即席ロープで二階の窓から大胆に脱走を試みていたのは、おそらく彼女の方だろう。
次に、マップギミックを起動するためには灯籠のようなオブジェクトに触れる必要があるのだが、これはFrendtにしかインタラクトできないようになっている。Arenaに引っ張られるがままのやや内気な性格のFrendtだが、手先が器用で博識な彼は、Arenaが気付かない細やかな部分まで目を行き届かせ、サポートする。
このように、二人の性格や関係性が、パズルのルールにおいても推察できるようになっている。

さらに、パズルを解く過程にも物語表現は含まれる。
例えば、巨大な骨が散乱する島では、時間を操作して道を作っていくうちに、どうやらそれが巨大な恐竜の骨格標本だということに気づく。別の島では、何かを展示するかのようなガラスケースを壊すことで先へ進むことができる。それらの島から成る二人の思い出は博物館での一幕で、恐竜の骨格標本の口に引っかかってしまった紙飛行機を取るため、立ち入り禁止のロープを越えて侵入する二人の姿が浮かび上がるのだ。その後なにが起こったかは、想像に難くないだろう。
また、Arenaが排水口へ流されてしまいそうになっているお気に入りのジャンパーを必死で取ろうとしている思い出の島では、途方にくれる彼女を置いてFrendtが一人で行動を起こし、やがて先導して引っ張っていくというシーンが見受けられる。Arenaの身を案じてジャンパーを諦めさせると、気落ちする彼女を励まし帰路に着いたのだろうか。普段の彼の性格を鑑みると、その行動には感慨深いものがある。
Frendtが先行するシーンは他にもいくつか見られ、自分の得意分野では生き生きとして、むしろArenaを引っ張っていたくらいかもしれない。

パズルを解き進めていくうちに、自然と二人の記憶をなぞり、思い出を追体験していくことになる。確定された道程の、一通りしかない解法を、キャラクターではなく時間を操作して進行させていくことにより、そのプロセスに齟齬は生じにくくなっている。
そう、このゲームは、とても「映画的」なのだ。それでいて、ゲームプレイを通して無二の物語体験へと昇華させている。
ゲームメカニクス、マップデザイン、ストーリーテリング、全てが繋がり、このゲームを構成している。
私が感じた一貫性とは、こういうことだったのだ。

そして、収束する思い出たち

ArenaとFrendtの記憶を巡る旅は、やがて終わりを迎える。旅を始める前までは、霧がかかったようにおぼろげだった多くの思い出が、昨日の出来事のように鮮やかに甦った。

現実の世界に戻ってきた二人は、強く抱きしめ合う。
やがて、FrendtはArenaに別れを告げると、溢れんばかりの荷物が積まれた車に乗って、行ってしまった。

二人が旅したあの不思議な世界のことは、本当にあったことなのかは分からない。嵐の夜に見た夢だったのかもしれない。
ただ一つだけ言えるのは、二人にとってあの経験は、避けて通るなど考えられないものだったということだ。

『The Gardens Between』の結末は、驚くほどあっさりとしたものだ。
しかし、ここまで二人を導き、見守ってきたプレイヤーなら分かるはずである。
離れていても、思い出が二人を強く結び続けるということを。

こんなにもささやかで、美しいゲームに出会えたことに、私はただ感謝したい。

ココイチでカレー食べます。