路上の言語

スケートボードの研究をしています。(スケート歴20年。哲学、心理学、遊戯論、抽象、文化史、文化人類学などを援用)頚椎症性神経根症がストレス過多で全身に広がり少し身体不自由になり、これの影響で障害が悪化。サポート、宜しくお願い申し上げます。

『路上の言語』Skateboarding is not a Sport 3

今後、カイヨワによる以下の遊びの四分類を基に述べていく。

・ミミクリ(模倣)…海賊ごっこをして遊んだり、ネロやハムレットを演じて遊ぶ。
・アレア(偶然)…ルーレットや富くじに賭けて遊ぶ。意志を放棄し、運命に身をゆだねること。
・アゴン(競争)…サッカーやビー玉やチェスをして遊ぶ。個人の責任を引き受けること。
・イリンクス(眩暈)…急速な回転や落下運動によって自分の内部に器官の混乱と惑乱の状態を生

もっとみる

『路上の言語』Skateboarding is not a Sport 2

なぜサーフィンの模倣から始まったスケートボードは、誕生から5、60年程経って世界中に広まり、多少の誤解を含みつつオリンピックの種目に選ばれるほど人気が出たのか。

ところで遊びは、何かイメージを心の中で操ることから始まるのであり、つまり、現実を、いきいきと活動している生の各種の形式(=人間活動の一形式としての遊び)に置き換え、その置換作用によって一種現実の形象化を行い、現実のイメージを生み出すとい

もっとみる

『路上の言語』Skateboarding is not a Sport

『棒馬としてのプール』 後記

Rで生まれたオーリーがやがてフラットでもできるようになったことで、さまざまなものを飛び越えたり飛び乗ったりするようになった。ここで初めてスケーターは「段差」という「部分」に注意を向けたのだ。ものを飛び越えるオーリーがまだなかったとき、段差は避けなければいけないものであり必然的にそれは利用できないものであった。

オーリーが誕生するまでの間、スケートボードに乗ったサー

もっとみる

路上の言語〜ストリート・スケートの起源『棒馬としてのプール』8

泳ぐための施設、生活するための建築物はスケートボードのために使われた。スケートボードの文化的影響が勝ったため、波とプール、プールと建築物の境界がまたがれたのだ。

さて、ゴンブリッチが

棒が馬としての役を演ずることができたわけである。そうであるとすれば、われわれは普通には閉じて封鎖されていると見なされている境界を越えることもできよう。
引用:E.H.ゴンブリッチ『棒馬 あるいは芸術形式の根源につ

もっとみる

路上の言語〜ストリート・スケートの起源『棒馬としてのプール』7

サーファーは海の存在しない都市で、スケートボードでサーフィンの様相を模倣し都市にサーフィンの概念を持ち込んだ。その結果泳ぐ施設であるプールを抽象化し波の代替物として認めることができたわけだが、それは泳ぐための施設という与えられた意味を読み込む社会一般的な概念よりもサーフィンの概念が重要だったからであり、サーフィンという文化的影響が勝った結果である。

いっさい馬のかたちと類似性を持っていない、ただ

もっとみる