路上の言語〜ストリート・スケートの起源『棒馬としてのプール』2

なぜプールは発見されたのか。プールを発見した行為と同じである「棒馬」とはいったい何なのか。なぜ波とは似ていないプールを波と感じることができ、馬とは似ていない棒を馬としてみることができたのか。ふたつの視点に共通するものとはなんなのだろうか。

「棒馬」とは、子供が棒を馬に見立てたいわゆるごっこ遊びで、馬に乗ったつもりになって一本の棒で遊ぶのだ。

棒馬の例として、美術史家のゴンブリッチは15世紀末に活躍したイスラエル・ファン・メケネムが描いた『遊ぶ子供たち』という銅版画を挙げている。子供が棒を馬として乗って遊ぶとき、絵を描くときに対象そっくりに描く視点と同様の視点で棒と馬の「見かけの類似」を求めていたわけではない。対象の馬そっくりに模倣することを念頭に置いていれば、棒一本だけでは終わらずに様々なパーツを足していくだろう。

棒馬とは「馬のイメージ」だろうか。辞書によれば「イメージ」とは「対象の外形の模倣」と定義されているが、棒馬は馬の「外形」を模倣してはいない。そこでゴンブリッチは、棒馬とは馬の「代替物」としての「表象(representation)」であると言う。
引用:田中純『表象の墓碑銘――ゴンブリッチ「棒馬」考』P28

先の引用では『馬の「外形」を模倣してはいない』と言っているが、なぜ馬とは全く見かけが似ていない棒が代替物になれたのだろうか。どうやら似ている、似ていないということを識別する能力には大人と子供では差があるようだ。

われわれの心は一般化よりむしろ区別によって仕事をするが、子供は種別と「形」の識別を学ぶ前にある程度の大きさの四足動物をすべて「オンマ、オンマ」(gee-gee)と呼ぶ時期を続けるだろう。
引用:E.H.ゴンブリッチ『棒馬 あるいは芸術形式の根源についての考察』P10

わたしたちはものを見る場合、それがなにかに似ているか類似を探すことよりも、区別することを優先している。いろいろなものを詳細に区別しなくてはいけないからだ。野菜、建物、記号の区別。年に一度ぐらい、庭に生えているニラと水仙を間違えて食中毒を起こしたニュースなど見た記憶はないだろうか。山へキノコを採りに行き、間違えて毒キノコを食べてしまったニュースもよく聞く話だ。生きていくうえで間違えてはいけないものはたくさんあるが、こと食べ物に関しては命に関わるため重要であり、その間違いは外見が似ているために起こる。同じものとして扱っては問題があるなら「これ」と「それ」は区別しなくてはならない。同じのものとしてまとめることも大事な能力だが、区別できることも重要なのだ。

それに比べ例えば小さな子供はキリンと象の区別はつくが、アフリカ象とインド象の区別はできない。同じように長靴とスニーカーの区別はつくだろうが、ストレートチップとウィングチップの区別はできない。もちろん、ニラと水仙、キノコの区別などできない。

大人はAとA’の違いがわかるが、子供にはその違いがわからないのでどちらもAなのだ。大人には違うものとして目に映っていても、まだものの区別が十分にできない子供には同じものに見えてしまうことがある。違いがわからないということは、同じものとしてまとめて見ているということだ。

「最初の」棒馬にはおそらく像といえるようなものは全くなかったろう。ただの棒が馬と言われたのはそれに乗ることができたからだった。比較項は形よりも機能の方だった。もっと正確に言うなら、機能を果たすための――つまり、「乗用できる」物体というための最低限の要件を満たす形体面があれば馬としての役を演ずることができたわけである。
引用:E.H.ゴンブリッチ『棒馬 あるいは芸術形式の根源についての考察』P14

棒馬は外形の模倣ではなく機能が比較項になっていて、棒が乗れる形であったことから目的に適い実現された。実現されたことの要因のひとつして、子供がものを詳細に区別できないというような識別能力の低さが下地にあったことも考えられる。ものを詳細に区別できるということはA、B、Cそれぞれの違いについて数多くのことを知っているということであり、数多く知っているその違いは、類似としてまとめる場合には乗り越えられなければならないものに姿を変える。

棒が馬になる際馬のたてがみや蹄、尻尾などの外見の類似性は後回しにされ「乗れるかどうか」という機能が優先された。外見の類似性が後回しにされたとき、同時に概念としての馬を現す記号の役割も後回しにされている。一般的に記号とは記号表現を介したコミュニケーションだ。記号表現が意味する記号内容が誰にも読み取られなければ記号とは呼べない。

子供たちが棒に乗り遊んでいるとき、この棒は馬なんだということに気付いて欲しいとかどう見られているかという視点は持ち合わせておらず、遊びたいから遊んでいるだけなのだ。

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