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【小説】02 蝋燭と少女と人形と


 この部屋を照らす光は、淡く灯った蝋燭の炎だけ。
 部屋の中央に横たわるそれは、細巧に作られた、不完全な人形。
 一瞬、人間と違えてしまいそうなほど鮮明に創られたそれは、ぞっとするほど美しかった。
 カツンと、靴底が鳴る音が響く。
 青年がゆっくりと人形の傍に寄り、そのまま視線を落として髪を梳いた。金糸のように細く柔らかい髪。
 薄っすらと青白く映し出された輪郭をなぞる。
 人形は、動かない。
 彼は、手の中で淡い光を放つ球体を、そっと人形の上に置いた。するとそれは、吸い込まれるようにして人形の中に浸透していく。そして彼は、短く何かを囁いた。
 その瞬間。
 ピクリと、人形の身体が跳ねた。
 ゆっくりと、瞼を開ける。
 見開かれたその瞳の奥に映し出されたのは、燃えるような生命の灯火。
 それは上体を起こし、定まらぬ焦点のまま、青年を捉えた。
 何かを求めるような視線に、青年は頷くと目覚めた人形の額に軽くキスを落とす。
 人形は、再び瞳を閉じた。事切れたように。
 ゆっくりと傾きはじめた身体を受け止める。

 人形は、命を宿し
 人形は、完成した

 腕の中で眠る人形をそのまま抱きかかえ、青年は静かに部屋を出た。

*****

 やけに身体が軽い。
 不自然なほどに。
 違和感を感じて、少女は目を覚ました。
 夢を見ていた気がする。暗い部屋の中、一人の青年とあれは……一体の人形。
 少女はその光景を思い出して、ぞくりと身震いする。肌寒さを感じた。
 少女は覚醒しきらない意識の中、起き上がって辺りに視線をめぐらせる。
 びっしりと壁に添って配置された棚には、隙間無しにアンティークドールが並べられている。ぬいぐるみや幼い子どもが持っているような可愛らしいお人形などではない。
 鮮明で、細巧に創られたそれらは、まるで本物の人間のようだった。今にも動き出すのではないかと思うくらいに。夢の中で見た、あの人形のような―――少女は咄嗟に頭を振る。

「どこ・・・ここ」

 零れた声は、擦れていた。
 つんと鼻をつく独特の匂いに、少女は顔をしかめる。
 必死に記憶を手繰り寄せようと、こめかみを揉んだ。
 しばらく回想を繰り返し、少女はある記憶に辿り付く。それから、血の気が引いた。
 そうだ。確か自分は、母親に殺されかけたのではなかったか。逃げても逃げても、狂喜しながら母親はどこまでも少女を追いかけた。追いかけて、追い詰めた。
 命をかけた鬼ごっこ。少女は鬼に捕まり……刺された。
 そこで意識を失い、自分は死んだものだと思っていたが、幸か不幸か、生き延びた。けれど、激痛に耐えながら、結局はその命も長くはない状態だった。そう、そのままの状況ならば。
 少女は鮮明に甦った記憶に、眉をひそめる。
 彼女の前に現われた、一人の青年。
 彼は自分を助けてやろうと甘い言葉を囁いた。
 現実か夢か解らない狭間で、少女はとにかく叫んだ。助けて、と。そして目が覚めれば、この状態。少女は、あれが夢ではなく現実だったのだと実感した。
 ホッと胸をなでおろしたのとほぼ同時に、部屋の扉が開いた。自然とそちらに視線が向く。
 扉の向こうには、見覚えのある青年。少女を助けた、あの青年だ。
 漆黒の瞳。それと同じ色の艶やかな髪がさらりと揺れる。切れ長の、射るような目。形のよい唇に、陽射しを知らないかのように白い肌。男とは思えぬような端整な顔が、そこにあった。
 彼は少女の意識があることを認めると、無言で近づいてくる。表情はない。
 ただじっと、少女を見つめたまま。
 少女は突然の青年の出現に、あっけにとられるばかりで反応を返すことすら忘れていた。ポカンと呆けたまま、青年を見つめ返す。
 青年はその視線を気にする様子もなく、少女の横まで歩み寄ると、徐に彼女の顎を掴んで引き寄せた。
 瞳の奥を覗きこむようにして、顔を近づける。少女はドキリと心臓が跳ねるのがわかった。
 こんなに他人と近づいたことはもちろん、今まで異性と話す機会などなかったのだから、仕方ない。

「・・・問題ない」

 そんな少女とは裏腹に、青年は至って冷静に、むしろあまり興味もなさそうに呟きながら手を放す。少女は首を傾げた。

「服を着ろ」

 彼の手から解放されて、緊張をほぐすように胸をなでおろした少女に、青年は手元にあった衣服を投げてよこした。それを受け取り、目をぱちくりさせる。
 服を着ろ。
 彼は、そう言ったか?
 少女はしばし思考をめぐらせ、何かに思いあたったかのように自分のなりを確認した。

「えっ、や・・・っ」

 咄嗟に身を縮め、慌ててシーツを身体に巻きつける。案の定、少女の姿は全裸だった。どうりで肌寒いはずだと、顔を朱色に染めながら納得する。
 青年はそんな少女の行動に眉をひそめながらも、一瞥だけをくれて部屋からでていこうとする。だが、扉を閉める際に、何かを思い出したように動きを止めた。振り返る。

「着替えたら、声を掛けろ。外にいる」

 短く告げて、青年は今度こそ部屋を後にした。
 それを確認して、少女はベッドの上に突っ伏す。自分の裸を、異性に見られた。それだけでも恥ずかしいのに、少女は間抜けにもその事実に気づいてすらいなかったのだ。
 低く唸り声を上げながら、少女は着替えるためにベッドから下りると、渡された衣服をつまんだ。
 シンプルなデザインの、ワンピースドレス。丈はロングだ。それと、薄めのショール。
 少女はそれを手に、顔をしかめた。今年18になる彼女は、歳相応にはとても見えない。まだ幼さがだいぶ残っている。そのせいか、体型のせいか、ロングスカートとはいまいち相性が悪い。
 少女は一つ息をついて、覚悟を決めたかのように着替えを始める。他に服はない。裸よりはマシだ。
 ショールを羽織り、長いスカートを興味深げにつまむ。今まで袖を通したこのない、絹を使った高価な素材。まるで自分の丈に合わせたようなピッタリとした長さに、サイズ。少女は少し違和感を覚えて、辺りを見渡した。
 壁に掛けられた鏡を見つけ、それを覗き込んだ途端、絶句する。
 鏡に手をつけて、まじまじと何度もそこに映る顔を見つめた。目を瞑り、もう一度目を開く。それでも、目の前にいるその人物の顔は変わらない。
 鏡なのだから、映っているのは自分の顔のはず。
 けれど、少女が今見ているものは、全く見知らぬ女の顔だった。自分のものではない。

「私じゃ、ない・・・?」

 声のトーンは同じ。記憶も自分のものだ。名前だって解る。

「私は、冴(サエ)でしょ?」

 自分に言い聞かせるようにでた声は、微かに震えていた。鏡を叩く。
 違う。
 自分の顔やなりだけが、自分のものじゃない。
 一体何が起きたのか―――少女、冴は混乱した。
 動揺を隠せずその場にへたり込む。
 鏡に映る女の顔は、自分とは全く異なる、美しい顔をしていた。
 大きな瞳に、透き通るような白の肌。ふっくらと柔らかい唇に、真っ直ぐ伸びた金糸のような髪。
 それに、この顔には見覚えがある気がする。どこで、と考えてから、あの夢の中の人形が浮かんだ。 そうだ、あの人形と同じ、顔。その答えに行きついた時、冴は顔を強張らせた。

(夢じゃなかったの?)

 冴はふと視線がいった髪を数本つまむ。
 そういえば、自分はこんなに髪が長くなかった。肌の白さもだ。なぜ、気づかなかったのだろう。唇を噛む。

「私の身体、どうなっちゃったんだろう」

 顔が不安に歪む。
 解らないことだらけで、冴はとりあえず思い悩むのをやめた。これ以上混乱すれば、解るものまでわからなくなってしまう。
 ちょうど、さっきの青年がいっていた台詞を思い出し、気持ちを切り替えるように頭をふった。立ち上がる。
 訊いてみれば済む話だ。ドアノブに手をかけ、扉を開ける。
 静まり返る空間で、青年は一人、壁に背中を預けて書物を読んでいた。
 端整な顔のおかげで、その姿は何とも絵になる。
 扉を開けた瞬間、正面に彼の姿があり、僅かに肩を揺らしてしまった冴は、体の動きとは反対に視線が彼に釘付けになってしまっていた。
 不意に視線を上げた青年と目が合い、慌てて視線を外す。冴の姿を認めると、彼は読んでいた本を閉じた。

「行くぞ」

 青年はゆっくりと壁から背を離すと、ついてくるように視線で促す。冴は慌てて彼の後を追った。
 しばらく歩いているうちに、冴は何度か感嘆の息を漏らす。廊下を歩く間中、彼女はずっと落ち着きなくキョロキョロと辺りを見渡していた。
 おそらく、建物自体が巨大なのだろう。今だかつて見たことのないほど、廊下は広く長い。
 中央に敷かれた柔らかな絨毯。間隔的に設置されたアンティーク調の置物。天井につるされたシャンデリア。 それら全てが品よくそれぞれの存在を際立たせている。この大陸の調度品ではないものばかりが、この屋敷にはあった。
 そのあまりの美しさに見とれてしまったほどだ。嫌でも視線がそれらを捉えてしまう。
 けれど冴は、そのことに対して疑問を抱いた。
 この東の大陸で、人がまともに住める場所は限られている。殆どの街は荒廃し、井戸は枯れ、砂漠と化しているのだから。荒野ばかりが続くこの世界で、これだけの土地と建物を維持できるだけの環境はないはずだ。
 それに加えて、自分の姿の変化。不安しかない。

「あの・・・私、姿が変わっているんですけど、どうしてですか?」

 先ほどから疑問に思っていたことの一つを、遠慮がちに尋ねてみる。その問いに、青年はちらりと彼女を一瞥した。

「お前がそれを望んだからだろう」

 短く応えて、青年は視線を外した。彼の返答は、意味が分からない。
 青年と出会ってから、出会う前も、姿を変えてほしいなどと、望んだことはなかったはず。

「どういう意味ですか?」
「・・・」

 青年は、答えない。
 視線すらも、今度は向けてこなかった。
 沈黙が流れる。冴の中に着実に生まれでてくる不安が、執着なほどに纏わりつく。

「あの、私・・・」

 沈黙と不安に耐えられず、再び口を開いた瞬間、思い切り睨まれた。冴はビクリと肩を震わせ、途中で言葉を止める。青年の目が、黙れ、と語っていた。
 相手に会話を交える気がないのなら口を閉ざすしかない。

(どこまで続いてるんだろう)

 沈黙の中進む廊下は、果てしなく思えた。
 自分が今どこにいて、これからどうなるのか。この身体は、なんなのか。様々な思考が冴を取り巻く。

「入れ」

 次第に遠のきそうになってきた意識を現実に引き戻したのは、青年の凛とした声だった。冴は不安を取り払うように頭をふり、視線を上げる。
 見れば、一つの部屋の扉を開けて、先に入るように青年が促している。それに従うように、部屋の中へ足を踏み入れた。
 入った瞬間、絶句する。
 四方をカーテンで囲んだ、天蓋付きの大きなベッド。大きな窓ガラス。座り心地のよさそうなソファに、踏めば沈む絨毯。
 淡いワインレッドを基調として統一された部屋が、目前に広がっていた。
 始めて見る、光景。

「お前の部屋だ。自由に使え」
「え?」

 後に続くように部屋に入ってきた青年が、さも当たり前のような口調で告げたのを、冴は一瞬、幻聴かと思った。それとも、からかっているのか、と。

「バスルームもトイレも部屋についている。必要なものがあれば言え」

 簡単な説明を終えると、彼は部屋からでて行こうとする。冴はそれを見て、慌てて声を張り上げた。

「あ、あのっ!」

 冴の引き留めに、青年は面倒くさそうに振り向く。

「何だ」
「どうして・・・?」

 どうして、自分がこの部屋を与えられたのか。彼の態度からしてからかっているのではないことはわかるが、それでも理由がわからない。

「助けると言っただろう」

 青年の返答は淡々としていた。そこには同情でもなく、偽善でもなく、義務だけがあった。
 助けると言った手前、それをちゃんと果たすための義務。冴はそれを感じ取って、息を飲む。なぜそこまでするのか解らない。

「それとも、放り出されたかったのか?」

 彼の問いに、言葉が詰まる。
 彼女には、もう帰る場所などない。
 母親に殺されかけた。捻じ曲がった愛情をぶつけられ、死の淵を漂っていた。
 あの女は、狂っていた。

「どちらにしても、お前はもう、元の生活には戻れない」
「え?」

 感情のこもらない声。その台詞に、冴は青年の瞳を覗き込む。何を言われたのか、理解できなくて。

「何かあれば呼べ」

 しかし彼は、それ以上の言葉を告げることはなく、扉の向こうへ姿を消した。
 冴はそれを見つめ、ただ呆然と立ちつくす。今度は引き止めることもできなかった。
 結局、知りたいことは何一つ聞けなかった。
 突然自分の姿が変わってしまった事実、名も知らない青年の正体と、今までの生活には戻れないという彼の発言も。
 ただ、ここが『居場所』だといこと以外、冴に解ることは何一つなかった。
 一度に理解できないことが起こりすぎて、上手く整理ができない。考えようとすれば、混乱するばかりだ。
 冴は、柔らかい絨毯の上にへたり込む。のしかかるような脱力感。
 一人で使うには、あまりにも広すぎる部屋。
 あまりにも、今までの生活とはかけ離れた現実。
 冴は大きな窓の外に広がる、閑散とした空を見上げた。

 そこには、鳥の姿など一羽もなかった―――


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あきのか

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