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トーキョーまで0.8光年 【にょろにょろ島根編】序の5

 

[2017/02/12以降無料公開予定 400字原稿換算約16枚]

    *

 夫は言った。

「あれはトカゲ……だよな?」

 体ごと潜り込んだミリタリーキャップから鼻先をのぞかせ、わずかに出来た隙間からカドモンは周囲を見た。

「トカゲですね。おやおや、岩みたいに落ち着いてる旦那様も、さすがに驚きましたご様子で。化け物は見慣れてるんじゃありませんでしたか?」

 見慣れているほどではないが、化け物、確かに動物とは明らかに違う生き物は何度か見たことがある。

 しかし、それでも遠くに見える黒いトカゲは異様だ。その十メートルはあろうかという巨体よりもその色が目に付く。

 黒色。だがあんな黒は見たことがない。

 うっかり眼球を圧迫してしまった時、もとの視界に戻る前に見える歪んだ色彩のような黒。

 くっきりと、そしてボンヤリとトカゲを被う膜のようだ。

 濃い霧の中、巨大なトカゲは動かない。何か別なモノをトカゲと見間違えてるのではないかという疑惑はやはり晴れない。

「でかいだけの化け物ならいい。なんだあの黒トカゲは」

「あれは別に黒いわけじゃないんですよ、旦那様。色がこっちに来ていないのです。まだ、こちら側に干渉してないですからね」

「いや、もう充分干渉してるだろ!」

 カドモンの説明する、干渉非干渉の話は正直よくは判らない。

 だがあのトカゲは断じて幻の類いではない。ソレは確かにそこにいる。

「それがまだなんですよ旦那様。今が丁度境界線、二つの世界が重なりあう、あらずの川の川岸って感じですな」

 妻の表情も硬くなる。

「じゃあ、どうなったらこっちに干渉したことになるのさ!」

「それは簡単、誰かをぶっ殺せばいいんですよ」

 夫はハッとなった。異様さに我を忘れていたが、あんな化け物に狙われれば環(たまき)の身が危険だ。

 縁側の側に置かれた薪割り用の鉈を手にし、立ち上がろうとする夫をカドモンがいさめる。

「落ち着いてください、旦那様。たまき様は平気ですよ。それ以前にそんな鉈じゃトカゲにダメージは与えられません。まだこちらに来てないんですから」

 妻も加勢に飛び出しそうな勢いだった。優しく、そして勇ましい御夫婦だと思いつつもカドモンは言った。

 口調が変わったわけでもない。声の大きさも高さも変わっていない。だがカドモンの言葉に夫婦は圧倒される。

「手出し無用でお願いします。たまき様の邪魔になりますゆえ」

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