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桜の書斎

(2012年4月14日のブログから)



里山斜面の桜林を見つけてから、
花の間ここを書斎にして通ってみたい、
何を書くかは桜を目の前にして——
そんな夢想をしてみたが、
その頃から坂道で息が続かなくなり、
イノシシの出没も激しくなってきた。

いつからか三つの池の土手に金柵が設けられ、
最寄りの峠道からは行けなくなってしまった。
ぐるりと遊歩道を迂回するしかないが、
その山径にもイノシシの足跡はある。
昼間は出ないと地元の人は言うけれど、
それは人を恐れてのことで本来昼間も活動するらしい。

それで年に一度くらいは勇気を奮って、
iPhoneで音楽を鳴らしながら、
出来るだけ物音を立てて、独り言を呟きながら、
おぉ、ノイバラも咲き出したか、
チーケチーケとあんたらは誰じゃ、
と花木や小鳥に戯れながら、
黄緑色の山繭をしっかり見つけたりしながら、
背高のっぽの桜たちに逢いに来る。



ここの桜は、とても静か。
風が時折吹くが、たまに一ひら二ひら散るだけ。
病院の桜にはまた別の感慨をもったけれど、
今日は花を観るだけ、花に身を置くだけ。

形ばかり原稿用紙を広げてみたものの、
それで何か書けるわけではない。
ここでレンジャクの小群に会ったこともある。
下の池ではカワセミを見たこともある。

すっくと立って咲き静もった桜の下を、
つ——と真一文字に横切る翡翠色の鳥。
こんな光景をこの地球はもっている。

花曇は途中から、花雨に変わった。
花の孤島にならないうちに山を下りる。
足元で不意にカエルが鳴いた。
  ココロノトコロ コノトコロ
  ココノトコロヲ ココロセヨ



以上、「六角文庫通信」より。




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