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妖怪草紙 二〇〇〇


妖怪草紙 二〇〇〇  

  ——彼らは、今


    
  来年のことを言っても
  笑う鬼は少なくなった
  泣き出す鬼もいるという
  鬼だけではない
  妖怪はみんな希望を探している


 1

あまのじゃくは
苦しんでいた
来る日も
来る日も
自分に逆らって


 2

一つ目小僧は
眼鏡をこしらえた
一応
サングラスも持っている


 3

河童は
河を捨てて街へ出た
皿と甲羅も
脱ぎ捨てて
深夜のディスコで
踊っていたりする


 4

天狗は
折れた鼻を集めて
年に一回
供養をする
八月七日
今年は聖ヶ鼻で行われる


 5

ろくろ首は
ときどき
天国を
覗き見しょうとする
天国は
昔に比べてずいぶん高い


 6

狸囃子は
後継者不足に悩んでいた
世の中の
太鼓の流行に乗り遅れて


 7

いつからか
山彦は元気をなくした
だれか
大声で助ける者はいないか
ヤッホー と


 8

座敷童子は
ゲームやりたさに
鍵っ子の留守に出没する


 9

鬼は
人間に
角が生えて来たのを
見て見ぬふりをした


 10

獏は
途方に暮れている
食べ放題
腐り放題の悪夢を前に


 11

狐火は
ネオンに化けた
時には
コンサートなどにも
潜り込む


 12

雪女は
美貌が失せた
非情も失せた
地球が暖かくなっても
裸にはならない


 13

のっぺらぼうは
気味悪がった
人間がだんだん
自分たちに似て来ている


 14

山姥は
もう老いた
金太郎の絵本を眺めるのが
唯一の楽しみ


 15

鵺(ぬえ)は
気弱になった
夜の荒廃が
やりきれない


 16

きのこ雲は
あれ以来泣きっ放しだ
生まれたことが
一番恐い


 17

透明人間に
ようやく
こころの時代が来た
にんげんは
顔や形ではない


 18

火星人は
消息を絶った
時空に運河を築いて
渡って行ったという説もある


 19

彗星は
噂の青い星を見る
星は美しかったが
周りの
宙(そら)をひどく汚していた


 20

妖怪バンドは解散した



夜が汚れた
黄昏が薄らいだ
みんな賢くなった
疑い深くなった
妖怪は生きにくい
妖怪は絶望している
妖怪は観念している
老怪は去りゆくのみ
にんげんよ
さようなら
明日には新たな
妖怪がいるだろう
彼らをよろしく
闇をよろしく



妖怪バンド1:
一九八〇年代〜一九九〇年代に出没したグループ。
レゲエ調の「百姓が走る」は名作であった。

妖怪バンド2:
鬼(tp)、天狗(as)、河童(g)、雪女(p)、のっぺらぼう(b)、狸囃子(ds)、座敷童子(vo)からなるグループ。時に、バック・ヴォーカルで山彦、ハーモニカで一つ目小僧が参加する。照明は狐火が担当した。聴いた者は稀。



妖怪草紙 二〇〇〇 

二〇〇〇年六月二〇日 ttz初版
二〇一四年四月 九日 note版
泉井小太郎
六角文庫
(c) Kotaro Izui 2000

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