小説「ハロウィン・フォローアップ・ナイト」

「金を出せ、さもなくばこの通りだ」
目出し帽を被った男がレジ越しに銃をつきつけてくる。焦る。体の中で血が一気に巡る。

「どうした、はやくしろ」
はやくしたい。はやくしたいが困った。店長にこういう時の対応の仕方を聞いていなかった。

研修期間が終わったのは昨日のことで、寝不足が続いていた店長は安心したように「これで夜勤は任せられるね」と笑っていた。私は正直不安だったけど、優しい店長を困らせたくなくて「任せてください」と照れ笑いしてしまった。

そうして独り立ち最初の日、最初に来店されたお客様が銃を向けてこられたのだ。

「お客様、少々お待ちいただいてもよろしいですか」
「待てないよ」
「すいま、申し訳ございません。私、実は研修が明けたばかりで、まだ一人では色々と決められないんです。ですので店長に少し相談する時間をください!」
「だめだよ」

お客様は銃を私に突きつけたままであったが、明らかに目出し帽の下は動揺していた。
「あんまりオオゴトにするなよ」
「いえ、私も間違ったご対応はできません。お時間さえいただければお金をお出しできるか相談してきます」
自分的には良い提案だと思った。しかしお客様はそうして欲しくないようで、拒むように銃を振った。

「いや、いや、待って。待ってください。今日って何の日か知ってますか?」
妙なタイミングで日付を聞いてくるお客様だと思った。
「10月の31日。私の夜勤の独り立ちの日です」
「そう。いや、独り立ちの日だったとは知らなかったんですけど。10月の31日なんですよ」
やけに日付を強調してくるお客様だ。ひょっとするとお客様の記念日であったのかもしれない。
「ほら、これ!」
お客様が指差した先は売り場内の特設コーナーで、ハロウィン向けのお菓子やおもちゃが並んでいた。
「ああ、それですね、日付が変わったら片付けなきゃいけないんですよね。思い出しました。教えてくださってありがとうございます」
「そうじゃない。そうじゃなくてハロウィンなの。これもおもちゃの銃! ハロウィン!」
そう言ってお客様は自分の持つ銃を指差した。

男はずいぶんと落ち込んでいる様子だった。ハロウィンに浮かれる周囲の友人たちを鼻で笑いながらも憧れる気持ちがあったそうだ。
強盗のような出で立ちでコンビニに行けば、店員には面白がってもらえるんじゃないか。ベストアイデアが出てきたという興奮で冷静さを失っていた。
男はイートインのコーナーでうなだれていた。何も買うつもりがないなら帰って欲しかったけれど、帰らせるのは追い討ちをかけるようで気が引けた。

男が思い出せてくれた通り、私はハロウィン特設コーナーの片付けをしていた。買い物かごに無造作にかぼちゃが積まれていく。明日からはクリスマス向けの特設コーナーに変わる。バックヤードには眠ったままのサンタが山の如く積まれていた。

男の首はガクンと下がっていて、悲壮であった。
「あの、まだ起きてますか」
男が顔を上げる。学生のような幼い顔付きだった。
「すいませんでした。ご迷惑おかけして」
「いいんです。それより、これ要りませんか」
私はハロウィングッズでいっぱいになったカゴを男の前に置いた。
「もう全部廃棄になっちゃうんです。捨てるぐらいなら、誰かに貰ってほしいなって。お金はあげられないですけど、お菓子はありますよ」

男は私とかごを交互に見てから、恐る恐るといった様子でハロウィンパッケージのチョコレートをひとつ取った。
「廃棄が少なすぎたらバレちゃいますよ。これだけ、いただきます。ありがとうございます」
男は恥ずかしそうに笑って、チョコレートを抱えるように持ってコンビニを出ていった。

ぼんやり外が明るくなってきた時間になって、店長は少し早めに店に来てくれた。
「おはよう、どうだった初めてのひとりだったけど」
「不安でしたけど、なんとか大丈夫そうです」
店長は安心したようで、にこやかにレジに入って来た、と思うとアニメみたいに跳ねて跳ねてレジを飛び出した。
「な、な、なんで銃なんかあるの」
うっかりしていた。あの男が置き忘れていったものだ。
店長に男の話をすると色々面倒だろうな、そう思いながら銃を持ったところで、閃いた。

私は店長に控えめに銃を向けた。

「店長、時給を上げなきゃうちますよ」

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