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【西洋の古い物語】「ローレライ」

こんにちは。
いつもお読みくださり、ありがとうございます。
今回も、ヨーロッパの古い物語をご一緒にお楽しみください。

今日は、ドイツの詩人ハインリッヒ・ハイネの詩で有名なローレライの物語です。

ライン川流域の町ザンクト・ゴアルスハウゼン近くの川幅が狭くなるあたり、水面から突き出した岩山が、通称「ローレライの岩」です。この岩山の上で美しい娘が歌う妙なる歌声に舟人たちは魂を奪われ、舟の操作を誤って難破し、命を落としてしまう、というハイネの詩。これをもとに作られたドイツの作曲家ジルヒャーの歌曲(1837年)は、日本でも、近藤朔風(1880-1915)による訳詩で親しまれています。

ライン川の観光遊覧船が「ローレライの岩」のそばにさしかかると、おなじみの「ローレライ」の歌が船内に流れるのだそうです。ぜひ一度は訪れてみたいものです。「ローレライの歌」は小学校か中学校の音楽の授業で習った記憶があります。懐かしいので歌詞を書いてみたいと思います。

なじかは知らねど 心わびて
昔の伝説(つたえ)は そぞろ身に沁(し)む
寥(さび)しく暮れゆく ラインの流(ながれ)
入日に山々 あかく映(は)ゆる
   
美(うる)わし少女(おとめ)の 巌(いわ)に立ちて
黄金(こがね)の櫛とり 髪の乱れを
梳(と)きつつ口吟(ずさ)む 歌の声の
神怪(くすし)き魔力(ちから)に 魂(たま)も迷う
   
漕ぎゆく舟人 歌に憧れ
岩根も見為(みや)らず 仰げばやがて
浪間に沈むる 人も舟も
神怪(くすし)き魔歌(まがうた) 謡うローレライ

今回ご紹介する「ローレライ」のお話は、物語集『「水晶宮」ほかの物語』(The Crystal Palace and Other Legends, 1909年)に収録されているものです。これまでお読み下さった「水晶宮」、「天使のお小姓」、「ノームの道」も同じ物語集からご紹介させていただきました。いずれも、昔から伝わる美しい物語ばかりですが、中でも「ローレライ」のお話は心惹かれる魅力をもっていると思います。その魅力が私の下手な訳でうまく伝わりますかどうか自信がありませんが、最後までお読み下さいましたら幸いです。

※画像はエドヴァルト・フォン・シュタインレ(Eduard Jakob von Steinle)による「ローレライ (The Lorelei)」(1864年、部分)です。

「ローレライ」

 ルードヴィッヒ伯爵はパラティン公爵の唯一人のご子息でした。彼はシュターレック城で父上と一緒に暮らしておりました。若い伯爵は美しいローレライにまつわる数多くの驚くべき物語を以前より耳にしておりましたので、彼女を探しにいこうと決心しました。

 ある晩のこと、彼は父上の城を秘かに抜け出すとライン川を舟で下っていきました。歌声で人を惑わせるというローレライの姿を一目見たいと彼は望んでいました。頭上では星が静かにまたたき、小舟はゆっくりと川面を漂いながら下っていきました。ライン川の川幅が狭まると流れの色はどんどん暗くなっていきました。しかし、若い伯爵はそのことに気が付きませんでした。彼の目ははるか上の岩をじっと見つめていました。その岩のあたりにあの美しいニンフの姿が見られるのではないかと彼は待ち望んでおりました。

 突然、白い衣装と黄金の髪がきらめくのが見えました。と同時に、心を奪うような歌声が甘くかすかに聞こえてきました。彼が近づくと歌はもっとはっきり聞こえてきました。月光が乙女に降り注ぎ、彼女の姿を一層美しく照らしておりました。彼女は突き出した岩から身を乗り出して、もっと近くに来るよう、彼に手招きしました。

 伯爵と船乗りは頭上の光景に呪文にかけられたように魅入られ、舟にはもう全く注意を払いませんでした。突然舟は岩に衝突して粉々になりました。乗っていた者たちは急流に必死で抗い、唯一人、若き伯爵を除いて全員が助かりました。ローレライは伯爵を川底の彼女の魔法の城へと連れていき、永遠に彼女の恋人としたのでした。助かった者たちは若き伯爵の運命についていろいろな話を語りました。

 パラティン公爵は唯一人のご子息の死を深く悲しみました。彼は美しいローレライを責め、復讐を望みました。ついに公爵は配下最強の戦士の一人をお召しになりました。
「かくも大きな悲嘆を生みだしたあの邪悪な者を捉えるのじゃ。」と公爵は言いました。
「武装兵の一団を連れていけ。例の岩のまわりをぐるりと取り囲ませるのじゃ。あの妖姫が逃れられぬようにな。」

 戦士は命ぜられた通りにしました。武装した兵士たちの先頭にたって、彼は音をたてずに月明かりに照らされた絶壁に登り、魅惑的なローレライの眼前に姿を現しました。彼女はそこでいつものように座り、黄金の髪をくしけずりながらこの世のものとも思えぬ歌を口ずさんでおりました。兵士たちは彼女をぐるりと包囲しました。彼らは川へと降りる険しい下り道を除いてはいかなる逃げ道も残しませんでした。
「降伏を命じる」と指揮官は言いました。

 ローレライは何も答えず、白い手を優雅に振りました。いかめしい顔つきの老練な戦士たちは、突然その場に根が生えたかのように感じ、動くことも喋ることもできませんでした。

 彼らはその場でピクリとも動かずに立ち尽くし、見開いた目はローレライをじっと凝視していました。彼らは彼女がが身に付けた宝石をすべて取り外し、一つ、また一つと足下のライン川へと落とすのを見ました。そして彼女は魔法の旋律を唱えながら、くるくると旋回しました。その姿は謎めいた魅力に満ちていました。兵士たちには、時折聞こえる「白いたてがみの馬」とか「真珠貝の車」とかいった言葉以外には、何が何だか全くわかりませんでした。

 歌と踊りが終ると、ライン川の流れは逆巻き、泡立ちはじめました。川はぐんぐん高く水かさを増し、ついに彼らがいる岩壁の上まで達しました。

 石になったかのように動くことのできない戦士たちは冷たい流れが彼らの足元まで上がってくるのを感じました。突然、白波の立った大波が逆巻ながらあっと言う間に彼らの方へと向かってくるのが見えました。その緑色の深みの中には白いたてがみの馬たちが引く車が見えました。この車へとローレライは跳び乗り、岩壁の突端を越えて川の中へとすばやく姿を消しました。

 怒れる流れはたちまちいつもの高さへと鎮まりました。勇敢な騎士たちは自分たちがまた動けるようになったことがわかりました。彼らは目をこすり、まわりを見回しました。突然の増水の痕跡はどこにも残っておりませんでした。ただ、岩壁の切り立った面にそって水滴が点々とついているのが見られただけでした。月明かりのなか、水滴はまるでダイヤモンドのように輝いておりました。

 その後ローレライが岩壁の上に姿を現すことは絶えてありませんでした。しかし、船乗りたちは、真夜中、彼女の誘うような歌声のかすかな甘い響きが、夏のそよ風にのって彼らの方へ漂ってくるのを何度も聞いています。彼女は緑色をしたラインの川底にある美しい宮殿と庭園に今でも住んでいて、人間の恋人と一緒に楽しく暮らしている、ということです。

これで「ローレライ」のお話は終わりです。
収録されている物語集は以下の通りです。


※上のお話の中でローレライの恋人となったとされるルードヴィッヒ伯爵とその父上が住んでいたというシュターレック城は、2002年に世界遺産に登録されたドイツの「ライン渓谷中流上部」にたつお城です。物資輸送の重要な経路だったライン川流域は、神聖ローマ帝国の中心として繁栄し、今も幾つものお城が建ち並び、古い町並み、聖堂、修道院など、中世の景観が残されているそうです。

今回も最後までお読みくださり、ありがとうございました。

「水晶宮」、「天使のお小姓」、「ノームの道」のお話はこちらからどうぞ。


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