見出し画像

[西洋の古い物語]「マーガレット王妃と強盗」

こんにちは。
いつもお読み下さり、ありがとうございます。
今回はイングランドの王位をめぐってランカスター、ヨーク両王家が争った「薔薇戦争」にまつわる物語です。
ご一緒にお読みくださいましたら幸いです。
※ 画像は古い書物(the Talbot Shrewsbury Book)に描かれているマーガレット王妃の姿だそうです。パブリック・ドメインからお借りしました。苦難を生き抜いた意志の強さが表れているでしょうか。

「マーガレット王妃と強盗」
(アルバート. F. ブライスデル作, adapted)

 薔薇が咲き誇るある日のこと、テムズ川のほとりのインナーテンプルガーデンズ(※ロンドンにある法曹院の庭園のこと)で二人の貴族が怒声をあげての喧嘩になりました。口論のさなか、片方が茂みから白い薔薇をもぎ取り、彼の近くにいた者たちに向かって言いました。
「この争いで私の側に立つ方々には、私のように白薔薇を摘み、帽子につけて頂こう。」
するともう片方の貴族が茂みから赤い薔薇をひきちぎって言いました。
「私の側につく方々には赤い薔薇を摘んで、記章としてつけて頂こう。」

 この喧嘩は大きな内乱へとつながり、「薔薇戦争」と呼ばれました。なぜなら、兵士たちは各々の兜に白または赤の薔薇をつけ、自分がどちらの側に属しているのかを示したからです。

「赤薔薇」陣営の指導者たちは国王ヘンリー6世とその妃であるマーガレット王妃に味方しました。王と王妃は当時、イングランドの王座をめぐって闘っておりました。激戦が続く恐怖の日々には、邪悪なことが幾つも行われました。

 ヘクサムと呼ばれる場所での戦闘(「ヘクサムの闘い」1464年)では王側が敗北し、マーガレット王妃と皇太子であるまだ幼い息子は命からがら逃げなければなりませんでした。まだそれほど遠くまで行かないうちに王妃たちは強盗の一団に出くわしました。強盗たちは王妃を足止めし、彼女の高価な宝石を全て奪い取りました。そして抜き身の剣を彼女の頭上で構えながら、彼女と息子の命をもらうと脅しました。

 哀れな王妃は恐怖に襲われて跪き、唯一人の息子である幼い王子の命乞いをしました。ところが強盗たちは彼女から目を離して、獲得した分捕り品をどうやって分けるかをめぐって仲間内で争い始め、剣を抜いて互いに戦い始めたのです。何が起っているのかがわかると王妃はすばやく立ち上がり、王子の手を引いて大急ぎで逃げ出しました。

 近くには深い森がありました。王妃はその森にとびこみました。しかし、彼女はその森が強盗や無法者の隠れ場だと知っておりましたので、ひどく恐れ、体中がガタガタ震えました。空想が過敏になるあまり、彼女には木々はすべて自分と幼い息子を殺そうと待ち構えている武装した男のように思われるのでした。

 彼女はあちらこちらと隠れ場所を探しながら暗い森をどんどん進んでいきましたが、どこへ行こうとしているのか自分でもわかりませんでした。ついに彼女は月明かりの中、背の高い荒々しい形相の男が木の陰から出てくるのを見ました。男はまっすぐ彼女の方へやってきました。その服装から彼女はその男が無法者であるとわかりました。しかし、この人にも息子がいるかもしれないと考え、彼女は我が身を投げ出し、息子を彼の情けに託そうと心を決めたのです。

 彼が近くまでやってくると彼女は落着いた声で威厳をもって話しかけました。
「友よ」と彼女は言いました。「私は王妃です。お前がそうしたいなら私を殺すがよい。だが、お前の主君である我が息子の命は助けてほしいのです。息子を連れていきなさい。お前に息子を託しましょう。命を狙う者どもから息子を安全に守ってください。そうすれば神様はお前が犯したあらゆる罪をお許しくださり、お前に憐れみをかけてくださるでしょう。」

 王妃の言葉は無法者の心を動かしました。そして、自分はかつて王妃にお味方して闘ったことがある、今は「白薔薇」の兵士たちから身を隠している、と告げました。彼は幼い王子を腕に抱き上げ、王妃についてくるよう言うと、岩山の中にある洞窟へと進んで行きました。彼はそこで二人に食べ物と隠れ場所を与え、二日間無事にかくまいました。二日目には王妃の味方やお付きの者たちがその隠れ場所を見つけ、二人を遠くへと逃れさせました。

 ヘクサムの森にいらっしゃることがあれば、この強盗の洞窟をご覧になることができるでしょう。それは丘のふもとを流れる小川の土手にありまして、今日でも「マーガレット王妃の洞窟」と呼ばれているのですよ。

「マーガレット王妃と強盗」の物語はこれでお終いです。


歴史上のマーガレット王妃は気丈な女性であったそうですが、幼い王子の手を引いて危険が一杯の森の中を進んでいくときはどれほど怖く心細かったことでしょう。しかし、無法者と出会ったとき、彼女はそんな自分を奮い立たせ、毅然とした態度で彼に王子を託すのです。その勇気と信頼に男は感じ入ったのかもしれません。

この物語を読んで、「天は自ら助くる者を助く」という諺を思い出しました。人生には辛いこと、苦しいこともたくさんあり、時には絶望のあまりうなだれてしまうこともありますよね。でも、たとえ窮地に陥っても、希望と勇気をもって前を向き、人の真心に信頼を寄せる者を、人は「助けたい、支えたい」と思うのでしょうか。

マーガレット王妃は、アンジュー家の出身であることからマーガレット・オブ・アンジュー(1430-82)と呼ばれます。英仏で争われた百年戦争(1337-1453)の和約の一条件として1445年、イングランド王ヘンリー6世と結婚しました。その後、薔薇戦争が勃発すると、ランカスター派の指導者として活躍しますが、1461年、敗れてスコットランド、続いて大陸に亡命します。その後、1470年、帰国して勝利し夫を復位させますが、再び敗れてロンドン塔に幽閉されました。その後解放され、フランスに帰りますが、最期は窮乏のうちに亡くなったとのことです(『ブリタニカ国際大百科事典』より)

この物語の原文は以下の物語集に収録されています。


最後までお読み下さり、ありがとうございました。
次回をお楽しみに。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?