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[西洋の古い物語]「飼い慣らされた鴉」

こんにちは。
いつもお読みくださり、ありがとうございます。
今回は、囚われの姫君を助けた鴉のお話です。
ご一緒にお読みくださいましたら幸いです。

※画像は、この物語とは関係ないのですが、ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ作「ピア・デ・トロメイ」(部分)です。愁いに沈む表情に心惹かれます。

「飼い慣らされた鴉」

 シュトルツェンフェルス城の城門の上には一羽の鴉の像があります。その像はもう数百年前からそこにあります。それは、かつてこの城の姫君が大きな危険に陥ったときに、飼っていた鴉が彼女を助けたことへの感謝のしるしとして、そこに据えられているのです。

※シュトルツェンフェルス城は、ライン川左岸、ラーン川(Lahn)とライン川の合流地点の反対岸にある城です。ライン川中流にある都市コブレンツ(Kobrenz)から南に数キロのところだそうです。

 両親が亡くなって以来、オトマールとウィリスヴィンドの兄妹は美しい城で一緒に暮らし、互いに深く愛し合って成長しました。二人はいつも一緒でした。

 戦争が勃発し、オトマールは召集されました。彼の出征はウィリスヴィンドを激しく悲しませました。今や彼女は、壮麗な城の中で召使たちを除いては独りぼっちになりました。
「愛しいお兄様」と彼女は叫びました。「お兄様がいなくなったら私はどうしたらよいのでしょう。」
「妹よ」とオトマールは答えました。「お前をこんなふうに一人置いていくのは悲しい。でもどうしようもないことはお前もわかっているだろう。」

 オトマールは壮健な男たちを皆連れて行きましたので、故郷に残って彼の妹を守る者といぅては、老人と女性と子供らのみでした。

 当時、無法者の強盗を働く騎士どもが森の中をうろついて好き放題していました。そういう手合いを恐れてウィリスヴィンドは城門を常に閉ざしておくよう命じました。

 ある晩のこと、彼女が召使たちに囲まれて城の大広間で座っておりますと、門のところで喇叭の音が鳴り響きました。女性たちは糸紡ぎの手を止めました。男たちは武具を磨くのをやめました。門番が入ってきて、巡礼が一人城門のところで宿を乞うています、と伝えました。
「すぐに入れて差し上げて」とウィリスヴィンドは言いました。

 しばらく後、門番は巡礼を連れて戻ってきました。
「旅のお方、心から歓迎致します。私たちが持っているものは何でも差し上げますわ。」とウィリスヴィンドは言いました。
「美しいお姫様、ご親切に感謝致します」と、旅の者は部屋を眺め回しながら答えました。

 その巡礼は破れた衣服を身に付けていましたが、物乞いのようには見えませんでした。時折、残酷さと狡猾さが彼の顔に現れました。まるで城中の至る所を吟味するかのように彼は密かに回りを見回しました。彼の奇妙な様子はウィリスヴィンドに大きな不安を引き起こしました。もしかしたら強盗騎士が変装しているのかもしれない、という考えが彼女に浮かびました。

 しかし、朝になりますと、巡礼は穏やかに出立し、若い姫はホッとしました。日々は静かに過ぎ行き、ウィリスヴィンドは兄の帰還を楽しみにするようになりました。ある日の朝、あの巡礼が突然戻ってきました。ところが、今回は巡礼の衣服を着ていませんでした。彼は全身を武具に包み、大勢の部下を引き連れて来たのです。

「ウィリスヴィンド姫に結婚の申し込みに参ったのです。もしお拒みになるなら、力づくで連れて行きますぞ。」
「お願いですから」とウィリスヴィンドは答えました。「穏やかにお引き取り下さい。私は兄以外にはどなたも愛してはおりませんの。兄の帰りを静かに待つため召使たちとここに残りたいのです。」
しかし、邪悪な騎士は要求を繰り返し、答を聞きに三日のうちに戻ってくると言いました。期日が来てもウィリスヴィンドが無条件で同意しないなら、力づくで城を奪い、彼女を連れ去るというのです。

 どうすればよいのでしょう。彼女の兄は遠くにいて彼女を助けには来れません。しかし、彼女は直ちに帰ってきてくれるよう兄に伝言を送ることに決めました。

 城に残っているのは姫君にとって安全ではないので、年老いた門番は何マイルも離れていないところにある尼僧院へと出発するようウィリスヴィンドを説得しました。しかし、強盗騎士は城のまわりにくまなく密偵を置いており、家来に付き添われた姫君はあまり遠くまで行かないうちに騎士本人によって追いつかれてしまいました。

 ウィリスヴィンドと一緒にいた召使いたちは勇敢に戦いましたが、すぐに打ち負かされました。不埒な騎士はウィリスヴィンドと彼女の侍女を森の中の寂しい塔へと連れ去りました。
「ここにあなたを置いていきます」と彼は言いました。「ですが、三日のうちに戻ってきてお返事を承りましょう。」

 そして彼は重いドアに鍵をかけ、二人をそこに置いていきました。囚われた二人は逃げ出す方法を求めて回りを見回しましたが、ぶ厚い壁と厳重にかんぬきをかけられたドアと窓だけしかありませんでした。周囲にはただ荒野があるだけで、通りかかる人に助けを求めることは期待できません。逃げ出す望みはありませんでした。また、食べ物と水を求めて塔の中を探し回りましたが、何も見つかりませんでした。不運な姫君と侍女は座って不安の中で待ちました。

 彼女たちは格子窓から外を見ていました。一時間は一日のように思われました。突然ウィリスヴィンドは喜びの叫び声を上げました。
「ほら、ご覧なさい」と彼女は言いました。「あそこに私が飼っている鴉がいるわ。」
彼女は鴉に向かって口笛を吹きました。鴉は彼女の声を聞き分け、すぐにやって来ました。彼女とオトマールはこの鴉にいろいろなことを教えたりしながら何時間も楽しく過ごしたのでした。食べられる果実を運んでくることも鴉が学んだことの一つでした。鴉は一日中行ったり来たりしながら、おなかを減らした二人の少女たちに果実を運びました。翌日も翌々日も、鴉はそういった食べ物を彼女たちに運び続けました。

 三日目にあの強盗騎士が再び姿を現しました。そろそろウィリスヴィンドは彼を受け入れることに同意する頃だろうと彼は確信していたのですが、その望みは空しく潰えました。あの鳥が運んできた食べ物は彼女の勇気を増したのでした。
「インドの富の全てと引き換えにしても」と彼女は言いました。「あなたのお申し込みには同意いたしませんわ。」

 腹を立てた騎士は、三日後にまた戻ってくると言いながら、馬に乗って去って行きました。陰鬱な塔の中で時はゆっくりと過ぎていきました。鴉は忠実に彼女たちのもとを訪れ続けましたが、二人は空腹のために気が遠くなり、衰弱していきました。

 六日目、鴉が戻ってくるのを今か今かと目を凝らして待ちながら、ウィリスヴィンドは窓辺に腰掛けておりました。突然彼女は一人の騎士の姿が茂みから現われるのを目にしました。じっと見ていると、それはあの強盗騎士ではないことがわかりました。彼の武具は強盗騎士とは全く別なものでしたから。たちまち希望がわきあがりました。彼女は大声で呼び掛け、窓の格子の間からハンカチーフを振りました。

 その呼び声を聞くと騎士は塔の方へと方角を転じました。ウィリスヴィンドは大喜びして叫び声を上げました。それは彼女の兄だったのです。彼はできるだけ早く故郷へ戻ろうと急いでいましたので、森の中のこの通り道をたどっていたのでした。

 まさにこの時、あの強盗騎士が馬を進めてきました。オトマールを見ると彼は戦いを挑みました。塔の前の空き地へと二頭の馬はやってきました。そして彼らは空き地の中央で大音響を立てて激突しました。オトマールは鞍にとどまりましたが、強盗騎士は地面の上にのびてしまいました。

 塔に入ったオトマールは、その塔から彼に呼び掛けたのが愛する妹であったことがわかり、たいへん驚きました。その後すぐにウィリスヴィンドは再び美しいシュトルツェンフェルス城へと戻りました。

 オトマールはあの鴉が妹に食べ物を与えた熟練のわざをとても喜び、鴉を自らの紋章とした新しい家紋を採用することにしました。そして鴉の小さな像を城門の上に掲げ、忠実な鴉の物語を世界中に知らせることとしたのでした。

「飼い慣らされた鴉」の物語はこれでお終いです。

 鴉はとても知能が高くていろいろなことを学習するのだそうです。硬い食べ物を上手に割って食べたり、人間の言葉を覚えることもできるそうですね。この物語の鴉も、お城の兄妹に可愛がられて、いろいろなことを学んだのでしょう。姫君の声を覚えていたのも頷けます。囚われの女主人のために何度も食べ物を運んでくるなんて、その忠実さにはほろりとさせられますね。

このお話が収録されている物語集は以下の通りです。

今回も最後までお読みくださり、ありがとうございました。
次のお話をどうぞお楽しみに。


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