見出し画像

[西洋の古い物語]「白鳥の騎士」第1回

こんにちは。
いつもお読みくださり、ありがとうございます。
今回は、ワーグナーの楽劇でも名高いローエングリンのお話です。ワーグナーとは少し異なっているところもあるようですが、とても美しいお話だと思います。
ご一緒にお読みくださいましたら幸いです。

「白鳥の騎士」第1回

 エルザはたいへん美しい娘でした。彼女は父君のブラバント公爵と一緒に暮らしておりました。父君は彼女をとても愛しており、二人は美しい家で幸せに暮らしておりました。しかし、ある日、エルザの父君は、領地もお城も全てを彼女に残して亡くなってしまいました。そして彼女のことを気遣ってくれる人は誰もいなくなりました。彼女はとても不幸せでした。

 ブラバント公爵にはフリードリヒ・フォン・テルラムントという信頼できる友がありました。彼がエルザの世話を引き受けました。しかし、彼はエルザの亡き父が望んだであろうようにこのひとりぼっちの乙女を保護したわけではありませんでした。実はこの男は彼女にむりやり自分と結婚させようとしていたのです。そうすれば、彼女の財産をそっくり手に入れられるからです。美しいエルザは彼のことを愛していないとはっきり告げましたが無駄でした。彼の騎士道精神に訴えてみても無駄でした。彼はエルザの涙には目もくれず、残酷にも彼女を激しく流れる川のそばの湿っぽい牢に投げ込みました。そこで彼女はテルラムントの意思に従うまでひとりぼっちで苦しまねばならなかったのです。

 遂にエルザは国王ハインリヒ一世に助けを乞う長い伝言を送りました。王はこの件は馬上槍試合で決着がつけられるべきだと決定しました。エルザは彼女のためにフリードリヒ・フォン・テルラムントと闘う勇士を選ぶべしとされました。

 哀れなエルザはこの決定を聞くと一切の希望を失いました。近隣にはテルラムントの挑戦を受けてたつ騎士は誰もいないことを彼女はよく知っていました。何故なら、テルラムントは歴戦の騎士で、これまで一度も打ち負かされたことがなかったからです。来る日も来る日も布告官はエルザの権利のために闘う者を探しました。しかし、彼女が恐れていたように、誰も召喚に応じる者はありませんでした。

 誰からも見捨てられ、身寄りもない娘は、無力な者をお助け下さる神におすがりしました。夜も昼も彼女は狭い独房の中で跪き、祈りました。大きな悲しみのなかで、彼女は華奢な手に握りしめたロザリオで自分の胸を打ちました。

 ロザリオに付いている小さな鈴がチリンチリンと低い音を立てました。銀のようなその音はとても静かでかすかな音でした。塔のそばを流れる激流の轟音のため、その音はほとんど聞こえませんでした。しかし、音は狭い窓から外へと漂い出ていきました。天の風はその音をとらえ、つむじ風となってすばやく運び去りました。遠くへ、さらに遠くへと音は届き、どんどん大きくなりました。遂には、まるで地上の全ての鐘がいっせいに耳もつんざくほどの大きな音を発するかのようでした。

 助けを求めるこの大きな調べは遠く離れたモンサルヴァートの寺院までも届いたのです。ここではパルジファル王と王に仕える豪胆な騎士の一群が絶えず聖杯をお守りしておりました。王はその調べに大きな危機感を覚えました。誰か哀れな者が助けを必要としていることが彼にはわかりました。そこで彼は寺院の内陣へと急ぎ入っていきました。

 この聖なる場所には美しい器が据えられており、そこからは薔薇色の光が発していました。器の輝く縁に示された天からのお告げを王は読みました。
「ローエングリンを派遣して彼の未来の花嫁を守らせよ。ただし、彼女には彼を信頼させ、決して彼の出生を知ろうとせぬようにさせるのだ。」
これらが年老いた王が目にした不思議な言葉でした。

 すぐさま王は息子を呼びにやりました。ローエングリンは勇敢な若い騎士でした。彼は欠けるところのない信仰によって聖杯のお告げを受けるよう訓練されておりました。父の言葉を聞きますと、彼は武具を身に着け、暇乞いをし、待たせておいた馬にただちに跨がろうとしました。

 突然、美しい音楽が彼の耳に聞こえてきました。陸上でも海上でもこのような音楽は聞いたことがありませんでした。静かに、低く、そして甘美に、音楽は高まっては静まり、そしてまた高まるのでした。そのときローエングリンは、彼方から一羽の堂々たる白鳥が彼の方へと向かって進んでくるのを見ました。白鳥は一艘の小舟を引いておりました。威厳に満ちた白鳥がどんどん近づいてきますと、音楽はもっとはっきりと聞こえ、さらに美しく高まりました。遍歴の騎士が立っている岸辺に近づきますと、白鳥も音楽もともに止まりました。ローエングリンはすぐさま小舟にとびのりました。白鳥は再び歌を始め、たちまち彼を運び去りました。

 馬上槍試合の日の明け方となり、準備は万端整いました。大勢の騎士たちが見物に参集しましたが、誰も美しい乙女の擁護者として勇敢にも名乗り出る者は一人もおりませんでした。

 エルザは牢獄の格子にすがりつき、涙ながらにこれを最後とあらためてお祈りをしました。
「お救いくださる方をお送りください、ああ、主よ!」

 突然彼女のすすり泣きが止まりました。遠くから聞こえる音楽の調べが慰めるように彼女の耳に入りました。彼女は懸命に目を凝らしました。すると、一点のしみもない純白の白鳥が気高い姿で流れを下ってくるのが見えました。白鳥は一艘の小舟を巧みに導いていました。その小舟の中では、武具に身を固めた一人の騎士が輝く盾の上でぐっすりと眠っておりました。

 白鳥がエルザの立つ窓の下をちょうど通るときに、その騎士は目覚めました。彼の目に最初にとまったのは涙で汚れた彼女の顔でした。
彼はとび起きて叫びました。
「もうお泣きにならないでください、美しい乙女御よ!何も恐れることはありません!私はあなたをお守りするために参ったのです!」

「白鳥の騎士」は次回に続きます。

 美しい乙女エルザの危機を救うべく聖杯によって遣わされた騎士ローエングリン。白鳥が引く小舟に乗って川を下ってくるなんてロマンチックな登場ですね。果たしてローエングリンは馬上槍試合で勝利して、エルザを救うことができるのでしょうか。次回をどうぞお楽しみになさってくださいね。

このお話が収録されている物語集は以下の通りです。

今回も最後までお読みくださり、ありがとうございました。
次回をどうぞお楽しみに。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?