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[西洋の古い物語]「魔法の指輪」

こんにちは。
いつもお読みくださり、ありがとうございます。
今回は、シャルルマーニュ(カール大帝)にまつわるお話です。シャルルマーニュはフランク王国の王で、後に神聖ローマ帝国皇帝になりました。世界史に名を残す有名な人物にふさわしく、シャルルマーニュには幾つもの言い伝えや物語が語り継がれているようです。ご一緒にお読みくださいましたら幸いです。

※ 画像はジョルジュ・バルビエ作「魔法」(1922年)です。物語とは関係ないのですが、不思議な美しさに魅入られてしまいそうですね。パブリック・ドメインからお借りしました。

「魔法の指輪」

 シャルルマーニュはフランスの王であり、またドイツの皇帝でもありました。彼は東方の美しい王女と結婚しました。お妃の名前はフラストラーダ(※ファストラーダとも)といいました。皇帝はお妃のことをとても愛しており、彼女を幸福にすることばかり考えておりました。皇帝のこのような熱愛を誰もが不思議がりましたが、その理由に気付いた者はおりませんでした。

 フラストラーダは素晴らしい黄金の指輪を持っていました。その指輪には不思議な護符が刻印されておりました。フラストラーダはいつもその指輪をはめており、この魔法の指輪が皇帝に強い魔法をかけていたのでした。

 しかし、結婚間もないお妃がその魔力を享受できたのは短い間だけでした。と言いますのも、重い病気が突然彼女に襲いかかったからなのです。病気の間、彼女はこの魔法の宝物のことを何度も考え、これが他人の手に渡ることを恐れました。そこで彼女は指からその指輪を抜いて口の中に滑り込ませ、そして静かに息を引取りました。

 皇帝は悲しみに打ちのめされました。彼は妃が大聖堂へと運ばれるのを拒み、片時も離れずに彼女の傍らにとどまりました。顧問官や廷臣たちが懇願しても無駄でした。宰相のトゥルパンは民が皇帝を必要としていると説きました。しかし、彼は妃が横たわっている部屋を立ち去ることを拒み、食べ物を食べることも拒絶しました。そしてついにその場で眠り込んでしまったのでした。

 トゥルパンはお妃が何か魔法の護符を持っているに違いないと確信していましたので、音を立てずに彼女のベッドにそっと忍び寄りました。しばらくして彼はあの指輪を見つけました。それを自分の服の中に隠すと、彼は腰掛けてシャルルマーニュが目を覚ますのを待ちました。

 やがて皇帝は目を開きました。彼は身震いして妃から顔を背けました。
「トゥルパン、我が忠実なる友よ!」
宰相の腕の中に身を投げ掛けながら、彼は叫びました。「そなたは我が傷ついた心の慰めじゃ!永遠に我が傍らにいてくれるのじゃぞ!」

 その時以来トゥルパンは、シャルルマーニュがどこへ行こうともお供を命ぜられました。廷臣たちはトゥルパンが皇帝に大きな力を及ぼすことを不思議に思いました。妬ましく思う者も大勢おりました。しかし、気の毒なトゥルパンは、言いようのないほど辟易しておりました。夜も昼も全く安らぎを見出せなかったのです。彼はあの厄介な指輪から解放される方法をあれこれ探しましたが無駄でした。

 そうしているうちに、たまたまシャルルマーニュとトゥルパンはインゲルハイムの宮殿を出発し、北方への旅に出ました。ある夜、彼らは大きな森の中で野宿をしました。主君が横になって眠っている間、トゥルパンは野宿の場所を離れ、月明かりの中へと一人で歩き出しました。あの指輪を見つけてからというもの、一度たりとも彼は皇帝から解放されたことはありませんでした。
※インゲルハイムは、ドイツ西部、ライン川西岸の都市で、インゲルハイム・アアム・ラインとも。シャルルマーニュがこの地に「立派な宮殿」を建てた、という言い伝えが残っているそうです。

 道もない森の中へと入っていきますと、彼の胸は解放感でふくらみました。彼はどんどん歩き回りながら、厄介な指輪から自身を解放する方法を考えようとしました。フラストラーダと同じく、彼も誰か他の者が指輪を所有することとなり、そのために皇帝に対する大きな影響力を得ることを望みませんでした。

 長い間歩き回った後、彼は森の中に開けた美しい空地の入り口に行き当たりました。眼前には暗い森に抱かれた静かな湖がありました。月の光はこの奥まった場所に溢れんばかりに注がれ、深く静かな水面にまるで銀のように輝いておりました。

 トゥルパンは賛嘆に我を忘れました。石の上に腰を下ろし、静寂の中、その光景の安らぎに満ちた美しさで我が目を楽しませました。しかし、すぐにあの魔法の指輪のことが頭に浮かび、彼の幸福な気持ちをかき乱すのでした。
「どうしたものだろう」と彼はうなりました。
彼は胸のところの隠し場所から指輪を引っ張りだし、間近でためつすがめつ見つめました。
「ああ!」と彼は呟きました。「私が見ているこれは何なのか。」
月の青白い光の中で、彼はその指輪が不思議なしるしの他にも何かを帯びているのに気付きました。指輪の上には小さな白鳥の姿がありました。彼は驚いてそれを見つめました。そんな白鳥はこれまで見たことがなかったからです。

 彼はにわかに立ち上がり、そして急に動きを止めました。
「この深く静かな水面はたちまち指輪に覆い被さり、永遠に隠してしまうだろう。そうならない理由があるだろうか」と彼は自分に問いかけました。
一瞬の後、宝石はキラリと閃いて月光の下へと沈んでいきました。夜気にかすかな水しぶきがたちました。鏡のような湖面にさざ波がたち、いつまでも広がっていきました。すると、遠くのほうに、雪のように白い白鳥が姿を現し、波立つ水面を静かな威厳をたたえて泳ぐのが見えました。

 いまいましい宝石から解放されたことに喜んだトゥルパンは、野宿の天幕へと戻っていきました。シャルルマーニュは目を覚まし、トゥルパンに以前そうしていたように挨拶をしました。魔力が失われたのでした。
朝の太陽が明るく鮮やかに昇りました。しかし、皇帝は落着かない様子で、もう一日その場所にとどまって森で狩りをしようと提案しました。トゥルパンは賛成し、すぐに森の木霊たちは狩りの角笛の騒がしい音に起こされたのでした。

 堂々たる雄鹿が隠れがから追い立てられました。狩人と猟犬は鹿のすぐ後ろから追っていきました。とうとう、息を切らし、疲れ果てて、鹿は離れた空地に追い詰められました。それはトゥルパンが前夜に訪れたまさにその場所だったのです。

 その朝はずっとシャルルマーニュが狩りの先頭に立っておりました。今、彼は身動きもせずに鞍の上に座し、陽光にきらめく水面をうっとりと賛嘆のまなざしでじっと見つめているのでした。水に映る青い空、そして滑らかな湖面を滑るように泳ぐ白鳥たちを彼は見つめました。
彼は叫びました。
「ああ!なんという美しさか!ここに永遠に佇んでいたい。」
そして彼は馬から降り、水際のなめらかな草の上に身を投げ出しました。そこで彼は一日中夢見心地に満ち足りて過ごしました。

 とうとう影が長くなり始めました。沈む夕日の輝きが小さな湖に反射していました。シャルルマーニュはその光景に魅了され、そこに城を建てることを誓いました。その誓いは守られ、そこに建てられた建物はシャルルマーニュが最も愛した都であるエクス・ラ・シャペル(アーヘンのこと。ドイツ西部、ベルギーとオランダの国境近くにある都市)の起源となりました。

 何年も過ぎ去り、死が偉大な皇帝に訪れました。そして彼は、あんなにも愛した場所からほど近い大聖堂の地下納骨所に安らかに横たえられました。
エクス・ラ・シャペルを訪れる外国人たちは、月明かりのもとであの魔法の湖を訪れないように、と告げられます。トゥルパンが指輪を静かな湖面に落とした魔法の時刻には、呪文が昔の力をことごとく回復するのです。そのため、万一誰かがその時刻に湖を訪れるようなことがありますと、その者の胸は憧れに満ち、常に彼を魔法の場所へと連れ戻そうとするのです。広い世界のどんなに遠いところを彼がさすらっていようとも。

「魔法の指輪」の物語はこれでお終いです。
トゥルパンが沈めた魔法の指輪は今も湖の底に眠っているのでしょうか。月明かりの夜には昔の魔力が回復して、近づく者に強い憧れを抱かせるなんて、ロマンチックですね。

人の心は深い湖に似ていて、表面は静かでも深いところまでは見通せず、その湖底にはもしかしたら魔法の宝石が沈んでいるのかもしれません。その秘かな魔法の力にとらえられると、我知らずその人に引き付けられ、どうしても離れられなくなるのかもしれません。恋に落ちるというのは、もしかしたらそういうことなのかもしれませんね。

このお話が収録されている物語集は以下の通りです。

今回も最後までお読みくださり、ありがとうございました。
次のお話をどうぞお楽しみに。

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