『職業遍歴』#10 新聞拡張団は、社会の吹き溜まり②

筆者が過去に経験した「履歴書には書けない仕事(バイト含む)」を振り返るシリーズ第10弾。学生時代にバイトしていた新聞拡張団のお話です。

10. 新聞拡張団の事務

学生時代にあるきっかけで新聞拡張団で事務のバイトをし始めた話、新聞拡張団ってなんなのかということを以下記事で書いた。

肝心の職場がどんな雰囲気か書いていなかったので、今日はそこから。

私が働き始めた当初は、事務所はマンションの一室で、こじんまりしていた。つねにいるのは団長、30代の女性事務員が2人。最初はパソコンも導入されてなくて、伝票や請求書の処理、給料計算なんかも手作業でやっていた。ちなみに団員の給料も現金払いだった。一人一人、封筒に現金を入れて、団長が手渡す。何十万も稼ぎのある団員の封筒は分厚く、数万しかない人は薄っぺらい。収入の可視化。

私は事務の仕事というのは初めてで、伝票の処理の仕方や計算もわからない。仕事は2人いた女性事務員に教えてもらったのだが、事務の仕事が未経験だったからか、あまりスムーズに覚えることができなかった。また、細々とした雑用も多かったし、電話対応もあった。これまで接客のバイトしか経験のない学生にとって、会社の電話対応はかなり緊張するし大変だ。私は最初のうち、女性事務員たちに怒られてばかりだった。

女性事務員は2人とも仕事のできる人たちで、2人は年も近く仲が良かった。ところがそこに突然団長がキャバクラから引っ張ってきた20代の得体の知れない女子学生(私)が入ってきたわけである。しかもその学生は仕事の覚えが悪い。女性たちがイライラするのも仕方のないことだろう。次第に女性たちの私への当たりはキツくなっていった。そうなると必要以上に萎縮してしまって、余計なミスをしてしまう。悪循環だ。いじめというほどではないが、何かを聞いても「前にも言った」と教えてくれなかったり、お菓子をもらっても私だけ出してもらえなかったりなど、なんか数に入れられてないという経験もした。何度も辞めたいと思ったし、多分こういう状況だったら多くの人があっさり辞めてしまうんじゃないだろうか。ただのバイトだし。でも、私は根っからのM気質を発揮した。年を取ってからはすっかり我慢できない大人になってしまった私だが、若いころは忍耐力が強かった。私は女性たちに「またなんか言われる、嫌だな」という気持ちを、「次はどんな嫌味を言われるんだろう。楽しみだな」という気持ちに変換させた。

二度以上同じことを聞かないよう、なにかを教えてもらうときは必ずメモをとるようにした。電話に出るときももちろんメモをとりながら。そんなことは社会人だったら当たり前だが、学生はそんなことすらわからない。私は、電話対応の仕方とか、敬語の使い方といったことも、このバイトで教わったようなものだ。会社の「か」の字もわからず右往左往していた私だが、数カ月経つとさすがに「か」の字くらいはわかるようになってきた。とったメモも次第に膨大な数になっていった。

そうするうち、女性たちの態度が目に見えて変わってきた。

「ロミちゃんは学習能力があるね」

女性たちにそう言われたときは、涙が出るほどうれしかった。日々の努力が認められ、私はやっと女性たちから「仲間」とみなされたのだ。

女性たちは私にさまざまなことを教えてくれた。団長は、いたりいなかったりだった。もともとキャバ嬢と客という関係ではあったが、団長の会社で働き始めてからは、完全にそこの「事務員」となり、それ以上の関係は一切なかった(もともとなんの関係もなかったが)。私は、女性たちからは「ロミ」と親しみをこめて呼び捨てで呼ばれ、団長や団員たちからは「ロミちゃん」と呼ばれていた。一番若かったし、可愛がられていたのだと思う。

やがて事務所の規模が大きくなり、別の場所に引っ越した。マンションの一室ではない、ちょっと大きな事務所を構えたのだ。といってもビルの一室だったが。

パソコンも導入され、経理担当の女性が新たに入った。28歳でイギリス人の夫と2歳の子供がいる、とても明るい人だった。彼女は、パンチパーマをかけた団員を「爆発くん」と呼んだりして、私の笑いをさそった。もうひとり、いつも枚数の多いカリスマ拡張員(こういう人が拡張団には何人かいる)の娘さんも、事務員として入った。この娘さんもとても明るい人だった。そして、このころおそらく暴力団絡みで狙われることもあったらしい団長が、ボディーガードとして雇った男性も入った。ボディーガードの男性は、朝団長を家まで迎えに行き、会社まで送り届ける。そのまま会社では事務員として働き、夕方団長が帰るときにまた同行する。最初にこの男性が来たときはみんな警戒した。強面でがっちりした体形の人だったのだ。しかし団長が外出したときにみんなで話すと、めちゃくちゃ当たりの良い面白い穏やかな人で、みんなに気に入られた。

もともといた女性事務員2人と私、新たに入った事務員2人、そしてボディガード兼事務員の男性と、都合6人がそこで働いていた。団長はとても良い人で、冗談を言ってみんなを笑わせてくれたりした。ときどき高級なイタリアンやフレンチのお店にみんなを連れて行ってくれたりもした。六本木のキャンティとか、歌舞伎町のニューハーフ店「黒鳥の湖」に連れて行ってくれたこともあったっけ。普通では行けないようなお店に連れて行ってくれて、みんなに気を遣ってくれて、いい人だった。

とはいえ、やはり団長がいるとちょっとどこか皆緊張している。けど、団長はしょっちゅう外出していた。団長がいないと、どこか皆リラックスしているようだった。

ある日、一日団長がいないことがあった。その日は月末でもなく、皆の仕事もヒマだった。雑談に花が咲き、「なんか今日楽しい」とみんなが言った。会社で働いているというより、学校に来ているみたいな感じだった。そのうち、皆でそのころ流行っていたディカプリオのロミジュリを鑑賞しはじめた。当時から尖がっていた私はすでにこの映画を観ていて、みなに映画についてあれこれ持論を話したりした(いやな学生だったな・・・)。やさしいみんなは、そんな若い尖がった私を笑って受け入れてくれた。この日はみんなで飲みに行ったんじゃなかったかな。ああ、楽しかったな。

こんな感じで楽しい日々は過ぎて行った。銀座のホテルで行われた忘年会はすごい規模だった。拡張団って余程お金があるんだろうか。高級料理や酒を飲み食いして、ビンゴゲームでは高額の商品が出た。実際私自身、なんと2万もの商品券が当たった。私のようなバイトがもらっていいのか・・・?と思ったものの、団長の「ロミちゃん、よかったねぇ」の一言で、ありがたくちょうだいした。

社員旅行にも連れて行ってもらった。ハワイだ。自分でいくらかは負担したけれど、数万で済んだと思う。かなりすごいことだよね。三泊四日だったかな?事務員たちや団員たちと夜に集まってしゃべったり、なんかいろいろ楽しかったな。

そんなこんなで、団員の間にシャブが広がった話は次回に続きます。


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