自分の音楽嗜好に関する最近の気づき

朧(https://twitter.com/ron_obo?s=21&t=00RP7yRDQESeTkhbSegE_g )です。こんばんは。

最近の気づきですが、自分はブラック音楽が好き、というよりかはルーツ感を感じる音楽が好きなのだろうなと思うことがある。
現に自分は雅楽やアフリカ、ケルト、ミュゼット、ジプシー、ザデコなどの土着の音楽を好んで聴いている。

何度挑戦してもクラシックに興味が湧かないのはそういうことな気がしている。
かつては土着性があったであろうその音楽も古典(Classic)になってしまってダイレクトにルーツを感じづらいんだろう。
この言い分だと雅楽もクラシックだろう、とは思うが、なんでしょう。鑑賞のため、演奏のためのものに形骸化しきっているというか…。土着性が漂白されてそこに精神性をいまいち感じづらいというか。雅楽には現代でもそれを感じられるんですよね。
(※それとも現代におけるクラシック音楽のあり方と当時のそれではそこまで変わらないんでしょうか。そうだとするとこの記事そのものが破綻しますけど)
(※日本にいることで、適切な場面で雅楽の土着的な側面に接する機会が多いだけなのかもしれないが。ヨーロッパに住んでると案外彼らにとってはそういうもんなのかもしれない)

土着音楽から遠ざかって大衆的になりすぎた音楽に物足りなさを感じるのもそういうことな気がする。

現代のポップスアーティストにも、土着のそれじゃないとしてもその人自身が直接的および間接的に影響を受けたルーツを感じられるものが好き(ルーツの意味合いが「土着」の意味合いを超えて若干広義にはなったが)。
ルーツミュージックと大衆音楽が相反するものとは思わないが、ルーツ感が薄れると物足りないんだろうね。

とは言っても全てのルーツミュージックに食指が動くわけではない。そういやカントリーとかそんなに好きじゃない。サウンドに依る嗜好ももちろんあるでしょうね。

以上の気づきから、ルーツとポップのいい塩梅を狙うのが今後の自分のテーマになりそう。
とか思ってたけど今までを振り返ると無意識的にそういうことをやっていた気はする。
ただ顕在意識にそれがあるだけで指針になっていいね。

この記事は自分が音楽に対する勉強が足りておらず見当違いの発言をしている可能性もありますので悪しからず。現状思ったことを日記にしたかっただけです。

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